目が見えない方の中には、素晴らしいミュージシャンがいっぱいいますよね。ジャズだと、ロランド・カークがサックスを2本使い、喜びに満ちた音楽を生み出しています。ピアニストでは、小さいころの病気で右手が変形したホレス・パーランや、骨形成不全症のミシェル・ペトルチアーニは誰にもまねできない個性的で独特なタッチで人々を魅了しました。辻井さんが、自分の特性で他の人より優れていると感じることはありますか?
音楽は、障がいかどうかは関係なく、さらに言葉も関係なくできるものだと思っています。うーん、なんでしょうね……自分が特別であるとは感じていません。弾くときに楽しくて、それが音に出ている、ということはあると思います。自分ではあまり意識したことはないですが、跳躍の多い曲を弾いても「(音を)外さない」と言われることがあるんです。
それは手が覚えているのでしょうか。吸い込まれる感覚がある?
感覚でわりと覚えてしまうほうですね。ぼくの両親は音楽家ではないのですが、小さい頃からピアノも何も教わっていないのに、いきなり歌に合わせてオモチャのピアノで曲を弾き出したと聞いています。なんか不思議だなあと思っていますね。今はピアノが身体の一部になっているのだと思います。
——私は目が見えない方たちと一緒に、ジャズの演奏会をしたことがあるのですが、目の見えないサックス奏者であるWolfy佐野さんが、演奏中はサックスの振動を通して、さまざまなものを手で感じているとお話されていました。辻井さんは、似たような感覚をお持ちだったりしますか。
心で感じている、見えています。お客様の空気や、会場全体が集中しているかどうか、すごく見えますね。拍手の振動も感じますし、海外では足踏みをするお客様もいるので、その振動を感じることもあります。例えば、クライバーン国際ピアノ・コンクールで優勝した直後、ヨーロッパで初めて演奏したことがありました。まだ名前も知られていなくて、「どんな演奏をするか聴いてやろう」という冷たい視線で見られているのを拍手で感じて、「イヤな空気だなあ」と珍しく緊張したことを憶えています。でも弾き始めると、だんだんお客さんがノってきて、終わったあとは温かい拍手をしてくれた。「ああ、よかった」って、ホッとしました。だから、そういった会場の空気というのは非常に感じますね。
アーティストにもさまざまなタイプがいて、自分に没頭する方もいますが辻井さんはお客様の空気を感じて演奏されるのですね。
そうですね。いつも客席と一体になって音楽を楽しみたいタイプです。