強くてチャーミングな選手との交流が私のパワー。【スポーツジャーナリスト・増田明美の場合】


1984年ロサンゼルスオリンピック出場など、マラソンランナーとして活躍した増田明美は、1992年の現役引退後はスポーツジャーナリストに転身。選手の人となりに迫る細やかな取材をもとにした、レース解説には定評がある。


取材対象としてパラアスリートに興味を持ったのは2009年。若手対象の国際大会「アジアユースパラ競技大会」で日本選手団団長を務めたことがきっかけだった。以来、驚き、感心することの連続だという。

最初の衝撃は全盲のスイマー、木村敬一だった。「明るくてユーモアがあって、すごく魅力的」と興味を引かれ、「人柄が素晴らしいのは、障がいを乗り越えてきたからだろう」と何の疑いもなく、そう考えた増田は、苦労話などを引き出そうとした。

すると、「増田さん、もっと競技のことを聞いて」と求めた木村の言葉に、「そうだ、“アスリート”なんだ、と教えられた。それから、パラアスリートに対する取材姿勢も変わりました」と振り返る。

取材機会も増え、驚きも増えていく。「目標を聞くと、オリンピック選手とは違って、『金メダル』とはっきり言う人が多い。その目標達成に向けた、ち密で現実的な練習計画を聞くだけでワクワクします」

努力を惜しまない、競技への真摯さにも目を見張る。例えば、視覚障がい者マラソンで女子初のパラリンピック代表を、そして表彰台をも目指す道下美里は、「引退してもう何十年にも経つ私に、マラソン練習の助言を求めてくるんです。『もっと速くなりたい』という意欲に、私のほうが教えられます。原稿書きがつらい、なんて言ってられませんよね」

とはいえ、障がい者スポーツは、まだ認知度が低い。史上最高の盛り上がりを見せたロンドンパラリンピックの少し後、増田はパラ陸上の国内大会を取材した。日本最高峰の大会のはずなのに観客席はガラガラ。「テンション下がります」とこぼした義足のアスリート、山本篤の言葉が、増田には今も忘れられない。

「認知度アップにはメディアの役割が大きいと思います。選手としての強さと人としてのチャーミングさを、もっと多くの人に知ってもらえるように、とにかく細かく取材して、しっかり伝え続けることが大切かな」。増田はいたずらっぽく微笑んだ。

text by Kyoko Hoshino
photo by Parasapo

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