日本代表の命運を託された金メダリスト 【車いすフェンシングのコーチ、フン・イン・キィの場合】


2020年の東京パラリンピックに向け、車いすフェンシング日本代表の命運を託された人がいる。香港からやってきた、フン・イン・キィ氏だ。


彼は現役時代、シドニーとアテネパラリンピックに出場し、金メダルを5個、銀と銅を1個ずつ獲得している。縁あって日本のチームスタッフと交流が始まり、2013年に東京大会開催が決定して以降は数ヵ月に一度の頻度で来日。特別コーチとして合宿に参加し、初心者も少なくない日本人選手たちに、実績ある車いすフェンサーとしての技術や経験を惜しみなく伝えてきた。そして、2016年10月、日本代表のヘッドコーチに就任した。
「僕の第一の使命は日本の選手を東京パラリンピックに出場させ、表彰台を狙うこと。でも、2020年より先の日本に、車いすフェンシングを根づかせることも大事なことだと思っています」

香港にはオリンピック・パラリンピック共用の、国立のトレーニング施設があり、メダリストも多数輩出している。地理的に狭く移動もさほど苦にならないという状況に比べ、日本における車いすフェンシングの歴史は浅く、競技人口も少なく、日々の練習環境も恵まれたものではない。専任コーチはキィ氏が第一号。国内唯一の常設の練習場が京都にできたのは2年ほど前のことだ。ここを拠点に、ようやく定期的な強化合宿もできるようになった。

「選手たちは仕事や生活よりも合宿を優先し、時間も費用も労力もかけて全国各地から京都に集まってくる。その真面目さやメンタルの強さが、日本選手の強み。だからこそ、もっともっと強くなる可能性がある」

とはいえ、選手それぞれに個性があり、実力も違う。各自に合ったコーチングは簡単ではない。時間は限られ、言葉の壁もあるなか、しっかりしたコミュニケーションも必要だ。

「僕はチャレンジが好き。だから、母国でなく、日本を選んだのです」

柔和な笑顔とは裏腹な、きっぱりとした口ぶりに、新天地での挑戦によせる固い決意がうかがえた。

text by Kyoko Hoshino
photo by AFLO SPORT

  • Share on Facebook
  • Share on Twitter
  • Share on Google+