超人特集

vol.1

昨日より今日。今日より
明日、進化する。(前編)

プロ車いすテニスプレーヤー

国枝慎吾 選手

選手プロフィール

1984年2月21日生まれ。千葉県在住。9歳の時に脊髄腫瘍のため車いす生活に。11歳から車いすテニスを始める。2004年アテネパラリンピックでは、齋田悟司と組んだダブルスで金メダルを獲得。07年に車いすテニス界史上初の年間グランドスラムを達成する。08年北京、12年ロンドンパラリンピックのシングルスで金メダルを獲得。09年にプロ宣言。ユニクロ所属。

5度のシングルス年間グランドスラム達成。
今なお進化し続ける。

日本が誇るトッププレーヤー国枝慎吾。その国枝にとって2015年は、自身の「進化」を実感するシーズンになった。1月の全豪オープンで8度目の優勝を飾った後、シングルスの連勝記録を伸ばし続け、全仏、全米オープンでも頂点に立った。自身5度目となるシングルスの年間グランドスラム達成という快挙。その前人未到の輝かしい戦績もさることながら、注目したいのは、世界のトップに君臨してなお“スケールアップ”に取り組む、その真摯な姿勢だ。
“パワーテニス時代”と言われる男子の車いすテニス界では、サーブが重視される傾向にある。国枝はもともとコントロールが抜群でサービスエースの数も多いが、サーブのスピードだけなら他にも優れた選手がいる。そこで、今年から一連のサーブ動作の改良に着手。威力とバリエーションを増やすことに成功した。さらに、過酷なトレーニングで最大の武器である俊敏なチェアワーク(車いす操作技術)にも磨きをかけた。技術面の引き出しが増え、戦術のアイデアもより自由度が増した。強く、かつ柔軟にコートを支配し続ける王者のパフォーマンスは、「打倒クニエダ」を掲げるライバルたちにさらなるプレッシャーを与えたことだろう。
車いすテニス選手にとって、目指すべき世界最高峰の大会はパラリンピックである。つまり、リオを翌年に控えた今シーズン、ライバルたちも最高の舞台を見据え、心身ともに少なからず強化を図ってきたはずだ。だが国枝は、前述のようにその挑戦を鮮やかにはねのけた。「結果はもちろん、内容が良かった点に満足しています。たとえビハインドな展開でも、このテニスを続けていれば最終的には勝つだろう、と思える状況になっている。自分のベストゲームがどんどん更新されていくという成長段階に、また入り始めたなと感じます」と、力強く話し、究極のステージに辿り着いた自信をのぞかせる。


己と真正面から向き合い、テニスを追求する意欲。

一般のテニスと同様、車いすテニスプレーヤーも世界ツアーを転戦する。国枝はかつて3年に渡って「107」というシングルスの連勝記録を打ち立てた。現在は、2014年の1月から(棄権した大会をのぞき)負けなしだ。
その数字に比例するように、世界で勝ち続ければ、“勝って当たり前”という重圧がかかってくる。勝利にとらわれ、テニスを楽しむという本質を忘れてしまいがちだ。事実、国枝も初めて世界の頂点に立った頃は、次の目標を見失いかけたことがある。練習に力が入らず、コーチに叱咤されたことも。だが、彼は自分を追い込むなかで、ひとつの答えを見つけた。心と身体を突き動かすもの――、それは対戦相手ではなく、内なる自分との戦いだ、と。
傍目にはまるで死角がないように思えるが、国枝は「自分はまだパーフェクトな選手じゃない」と言い切る。あえて課題を背負い、自分のテニスを追求する意欲こそが、結果につながる最大の理由であり、彼の原点だ。「自分はまだ強くなれる。それがやっぱり僕のテニスの根幹です。そこがブレないのが、この10年、世界一でいられる理由だと自分でも思っています。逆にそれが崩れた時は、終わる時でしょうね」 (後半へ続く・・・)
text by Miharu Araki
photo by X-1

2015-11-29

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