超人特集

vol.10

パラリンピック車いす陸上
7冠を目指す

車いすアスリート

タチアナ・マクファデン 選手

選手プロフィール

1989年4月21日ロシア生まれ。二分脊椎症による先天性下半身不随。6歳までロシアの孤児院で育つが、米国人のデボラ・マクファデンさんに養女として引き取られる。米国移住を機にスポーツを始め、車いす陸上で頭角を現す。パラリンピックは2004年アテネ大会以降3大会連続出場、ロンドンではT54クラス三冠。クロスカントリースキーにも挑戦し、生まれ故郷のロシアで開催の14年ソチ冬季大会で銀メダル獲得。

ロシア生まれアメリカ育ち
車いすアスリートとして開花

ロシア生まれでアメリカ育ちの車いすランナー、タチアナ・マクファデンのモットーは、“Ya sama(ヤ・サマ)”。ロシア語で、「私にはできる」といった意味だという。彼女はこれまでのドラマチックな人生において、その言葉を体現したような数々の偉業をやってのけてきた。
1989年、二分脊椎症という先天性の病により、腰から下が麻痺した状態で生まれたマクファデンは、「長くは生きられない」という医師の診断もあり、実母が手放し、孤児院に預けられた。だが、なんとか一命をとりとめ、他の孤児たちとともに幼児期を過ごす。
転機が訪れたのは1994年。視察のため孤児院を訪れた米国保健局の障がい者担当官、デボラ・マクファデンさんと出会い、養女となったのだ。6歳でアメリカに移住すると、学校に通うかたわら、デボラさんからスポーツの機会を積極的に与えられ、水泳や車椅子バスケットボール、アイススレッジホッケーなどさまざまなスポーツに挑戦。孤児院時代に車いすがなく、“逆立ち歩き”をしていたため自然と上半身が鍛えられていたようで、すぐにアスリートとしての才能を開花させる。
なかでも車いす陸上は、そのスピード感に夢中になった。2002年、13歳のときには米国ジュニア選手権で年代別の世界記録を更新して優勝。その後、2004年アテネパラリンピックの代表選考会で好成績を挙げ、その切符も手にした。米国代表チーム最年少の15歳は初の大舞台にも臆することなく、100mで銀、200mで銅を獲得。車いすアスリートとして一気に注目を集める存在になった。


4大マラソンの
グランドスラム達成!
新たな世界を自ら切り拓く

だが、いいことばかりは続かない。パラリンピアンとなったマクファデンは高校で陸上部に入るが、「車いすは危険」という理由から、健常の生徒に混じって競技することを禁止され、「車いすの部」として一人で走るよう指示されたのだ。そこで、マクファデンと母のデボラさんは2005年、地元メリーランド州の公立校制度に対し、障がいのある生徒の学校対抗戦への出場など「機会均等」を求める訴訟を起こす。勝訴した後もさまざまな運動をつづけた結果、2008年に同州で新たな法律(Fitness and Athletics Equity for Students with Disabilities Act)が制定される。これは、“タチアナ法”とも呼ばれ、のちに全国各地で行われた同様の法律づくりのきっかけになったという。これも、マクファデンによる「史上初」の功績だろう。
陸上でも順調に第一線で活躍をつづけ、2012年ロンドン大会でついに悲願のパラリンピック金メダルを400m、800m、1500mで獲得。その勢いのまま、2013年世界選手権では出場した6種目(100m、200m、400m、800m、1500m、5000m)すべてて金メダルを獲得。6冠達成は女子選手として「史上初」の快挙だった。
同じ年、彼女はもうひとつの「史上初」も達成している。実は2009年からマラソンにも挑戦し、シカゴマラソンで初出場初優勝の快挙を遂げていたが、2013年には4大マラソン(ボストン、ロンドン、シカゴ、ニューヨークシティ)を1年間で全制覇する「年間グランドスラム」を達成したのだ。これは、車いすランナーとしては男女を通じて「史上初」の快挙だった。彼女は2014年、2015年にも年間グランドスラムを連続達成。他の追随を許さない。


さらなる高みを目指して
終わらない挑戦

並行してマクファデンは、ロシアで開かれる2014年ソチ冬季大会への出場を目指し、クロスカントリースキーの挑戦も始めていた。「実母と養母、“二人の母”にレースに挑む姿を見てほしい」と思ったからだ。準備期間は短かったが、持ち前のセンスで出場権をつかみ、本大会では1kmスプリントで銀メダルまでつかむ。
「努力のおかげで、夢がかなった。一生、忘れられないレース」と笑顔で語った日から、2年半。リオパラリンピックで、マクファデンはまたひとつ「史上初」に挑もうとしている。彼女がカテゴライズされる女子T54クラスの種目は全部で7つ。彼女はそのすべてで金メダルを目指すというのだ。
トラック個人種目は100mから400m、800m、1500m、5000mの5つ。瞬発力と持久力とが求められ、4x400mリレーではチーム力も必要だ。そして、最終日に行われるマラソンには精神的な忍耐力が欠かせない。7冠達成となれば、男女を通じて「史上初」なのはもちろん、とんでもない偉業となる。
今年2月、東京マラソン出場で来日した際に尋ねると、「(7冠達成の)自信はある。だって、質も量もこれまでになく高い練習をしているから」と力強く語っていたマクファデン。大会を通して“Ya sama!”と口ずさみながら競技に臨む、彼女のパフォーマンスから目が離せない。

text by Kyoko Hoshino
photo by X-1,Rokuro Inoue

2016-09-07

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