超人特集

vol.2

昨日より今日。今日より
明日、進化する。(後編)

プロ車いすテニスプレーヤー

国枝慎吾 選手

選手プロフィール

1984年2月21日生まれ。千葉県在住。9歳の時に脊髄腫瘍のため車いす生活に。11歳から車いすテニスを始める。2004年アテネパラリンピックでは、齋田悟司と組んだダブルスで金メダルを獲得。07年に車いすテニス界史上初の年間グランドスラムを達成する。08年北京、12年ロンドンパラリンピックのシングルスで金メダルを獲得。09年にプロ宣言。ユニクロ所属。

毎朝、鏡に向かって叫んだ
入魂のフレーズ「オレは最強だ!」

国枝がテニスを始めたのは11歳。現在の丸山弘道コーチには17歳から指導を受けている。彼のテニスに最初の変化が現れたのは、コーチとともに海外の試合に出始めた2002年ごろのことだ。各国の強敵を相手に、いい試合はするが勝てない、という壁にぶつかった。世界で戦うには得意のストローク勝負ではなく、弱点だったサーブの改善が必要と気づき、同時に「1位になりたい」という意識が芽生えていったという。
2004年のアテネパラリンピックからの4年間も、大きなターニングポイントになった。年間300~400万円かかる海外遠征などの費用は、選手にとって大きな負担だ。国枝もアテネ後の引退を考えていたが、母校の大学のサポートが実現し、テニスに集中できる環境が整った。この頃、車いすテニス界の男子はスピードとパワーの時代に突入。国枝はそれに対応するために、グリップの握り方も180度変えて、一日1000回の素振りをやり遂げた。
世界ランキング10位まで順位を上げた2006年。オーストラリア人のメンタルトレーナー、アン・クイン氏との出会いが、彼のテニス人生を変える。全豪オープンの会場で受けたカウンセリングで、「『ナンバーワンになりたい』じゃなくて、これからは『俺がナンバーワンだ』と断言するトレーニングを始めましょう」と指導された。コートの中でも外でも、自分は最強なんだというオーラをまとうため、国枝は3年から4年もの間、毎朝「オレは最強だ!」と鏡に向かって叫んだ。当初は半信半疑だったが、それを続けるうちに、自分のなかに、ある変化が生まれたことに気づいた、と振り返る。
「テニスの試合は長引くと3時間はかかるので、やはりメンタル的な波が出てくるんです。それで、サーブを打つ時に『もしかしたらダブルフォルトしちゃうかな』と考えてしまうんですが、ラケットに刻んだ『オレは最強だ!』のフレーズを見て口に出すと、そういう弱気がパッとなくなるんです」
その年、国枝は全米オープンでも優勝し、初めて世界ランキング1位になった。それ以降の活躍は目覚ましく、北京パラリンピックで金メダルを獲得後、プロ車いすテニスプレーヤーに転向。ロンドンでは2大会連続優勝を成し遂げた。そんな今でも、弱気になった時に気持ちを奮い立たせてくれるのが、あのフレーズだ。
国枝をずっと傍で見守ってきた丸山コーチは、こう話す。「結果ばかりが注目されがちですが、彼は努力の天才です。プレーで追い込まれると、ラケットを見て『何万回打ってきたんだ!』と鼓舞しますが、それは本当にやってきた人しか言えない言葉ですよ」


センターポールに日の丸を。
リオで目指すは単複2冠!

リオパラリンピックまで1年を切った。「パラリンピックはグランドスラム大会とは比べ物にならないほど、特別で、怖い場所」と国枝は言う。ロンドンでも初戦から決勝戦まで1セットも落とさない“完勝”で金メダルを獲得したが、「スコアの数字以上に実力は拮抗しているし、1ポイントの重みも知っている」と話す。世界最高峰のコートの上では、想像を絶するようなギリギリの攻防が繰り広げられているのである。
パラリンピック本番の9月にぴたりとコンディションを合わせることが、3連覇のカギになる。常に緊張感に包まれるパラリンピックでは、過去2大会とも最後までトーナメントを戦い抜いた国枝の経験が、大きなアドバンテージになりそうだ。また、リオではダブルスも制し、初の単複2冠の完全制覇を狙っている。そしてその勢いを、2020年の東京につなげるつもりだ。
「今年、かなり自分のテニスを変化させることができました。リオまではあまりジタバタせずに、細かいところを少しずつ上げていって、より“隙のないテニス”を続けていけば、良い結果が出るのではないかと思います。期待や重圧が大きければ大きいほど、勝ったときの喜びはでかい。もう一度、あの鳥肌が立つような感動の瞬間を味わいたいですね」
プレシャーを力に変えて。金メダルを目指す王者の挑戦が、再び始まる。



text by Miharu Araki
photo by X-1

2015-12-23

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