超人特集

vol.4

走り幅跳び世界王者の
オリンピックにかける夢

義足のジャンパー

マルクス・レーム 選手

選手プロフィール

1988年8月23日、ドイツ・バイエルン州生まれ。2003年夏、ウエイクボード練習中の事故で、右脚のひざ下を切断。05年、義足を付けて同競技に復帰。陸上競技転向後は、特に走り幅跳びで才能が開花。08年から陸上クラブのTSV バイエルン04レバークーゼンに所属し、09年自身初の国際大会で優勝。12年ロンドンパラリンピックではT44クラス金メダル(7m35)、15年IPC世界選手権で世界記録更新(8m40)。

向かうところ敵なし。
世界を驚かせた大ジャンプ

アスリートなら誰でも、より高いレベルで自身の力を試したいと願うし、世界の頂点に立つことを夢見ることもある。今、その“世界一”の夢にもっとも近いパラアスリートのひとりが、ドイツの義足ジャンパー、マルクス・レームだろう。だが、彼の夢の真意は、少し別のところにある――。
ロンドンパラリンピックの走り幅跳び金メダリストであるレームは2015年10月、カタール・ドーハで行われたIPC(国際パラリンピック委員会)陸上競技世界選手権に出場。同種目で、2位の選手に1m以上の大差をつける圧倒的な強さを見せ、大会3連覇を飾った。
マークした8m40という記録は自身がもつT44クラス(片ひざ下切断など)の世界記録(8m29)を大きく塗り替えた。さらに、12年ロンドンオリンピックの優勝記録(8m31)を越え、15年北京世界選手権の優勝記録(8m41)にもあと1cmと迫る、“金メダル級”の大ジャンプだった。
「助走も踏切もよく、空中姿勢もバランスよく、手ごたえがありました。記録を見て、すごくハッピーでした。新記録が出せたのは、(この大会を目標に)故障なく練習ができ、ベストコンディションに調整できたこと。今日は気象条件も良く、試合自体を楽しめたのも良かったと思います」
シーズン最終戦での快心のジャンプはさまざまな要因が完璧に重なった賜物だと、レームは笑顔で、だが、冷静に分析した。


「義足は有利か?」
議論が大きな壁に

実はこのレーム、14年7月にも世界を驚かせている。ドイツ・ウルムで開催された国内最高峰のドイツ陸上選手権に出場し、オリンピアンら健常の選手を抑え、義足選手として初めて、「ドイツ王者」になったのだ。
同大会は翌月に開催されるヨーロッパ選手権ドイツ代表選考会も兼ねており、優勝したレームは筆頭候補に躍り出るなど、「パラリンピアンがオリンピアンを越えた!」と陸上界を揺るがした。しかも、マークした8m24は12年ロンドンオリンピックなら銅メダルになる記録だ。オリンピックとパラリンピック両大会でのメダル獲得にまで期待が高まった。
だが一方で、「カーボン繊維製の義足が跳躍に有利に働いたのではないか」との声が選手や関係者から上がり、議論を呼んだ。数日間の調査を経て、結局、ドイツ陸上競技連盟は優勝したレームでなく、2位に入った健常の選手を代表に選んだ。
義足を履けば、誰でも大ジャンプができるわけではない。「その陰にある努力をみてほしい」とレームは訴え、より高いパフォーマンスを目指して練習量を増やし、フォームの改良にも取り組んでいる。すでにリオデジャネイロオリンピックの参加標準記録(8m15)も突破している。だが、オリンピック出場への壁は高い。
最近、国際陸上競技連盟は、義足選手が国際大会に出場する条件として、義足の反発力が競技に有利に働いていないことの証明を選手自身に求めるという見解を示した。義足の開発技術は年々向上し、スプリント種目も含め記録も伸びている。一方で、レームの活躍前から数年来つづく「義足の有利性」についての議論にはまだ結論が出ていない。そうした現状への対応だろう。
証明には大学などの研究機関の協力が必要で、費用は数千万円かかるとも言われる。期間もどれくらいかかるか分からない。選手にはかなりの負担だ。

オリンピックにかける夢。
その真意と努力

ドーハで優勝を飾った直後、改めてオリンピックへの夢についてレームに聞いた。
「僕はパラリンピック・アスリート。パラリンピアンであることを誇りに思います。ただ、僕はオリンピアンとパラリンピアンをもっと近づけたい。そして、パラリンピアンも素晴らしいアスリートであり、素晴らしい結果を出している選手がたくさんいることを多くの人に知ってもらいたいだけ。オリンピックという世界最高峰の大会で健常の選手と戦うことは、その大きなチャンスの場だと思っています」
レームは14歳で右脚を失った。才能あふれる活発なスポーツ少年にとって大きなショックだったが、義足と出合いスポーツの世界に戻ることで、新しい人生を歩む自信と喜びを取り戻した。自ら義肢装具士の資格も取り、職人として日々、障がいを負った人たちを支えてもいる。
そして今、パラアスリートとして世界の舞台で活躍することで、パラ競技への注目と選手へのリスペクトを高めていくことが、レームがオリンピックを目指す最大の目的なのだ。
ドーハでは最後に、「あとどれくらい記録を伸ばせそうか」と聞いてみた。レームは一瞬、空を見上げて考え込むような表情をしてから、視線を真正面に戻し、きっぱりと答えた。
「8m40もかなりいい記録だと思っています。でも、もう少し伸ばせるかもしれません。ただし、今日のように体調にも、気象条件にも恵まれること。そして、ハードな練習をしっかり積めたら、の話です」
可能性を信じ、そのための努力は惜しまない。記録は、そのあとについてくる。

text by Kyoko Hoshino
photo by Takao Ochi

2016-01-29

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