超人特集

vol.5

日本を脅かし、押し上げる
スキー王国の革命児

アルペンスキーヤー

ロマン・ラブル 選手

選手プロフィール

1991年6月11日、オーストリア・チロル州生まれ。2007年、17歳のときにスキー滑走中の事故で脊髄を損傷。翌シーズンからチェアスキーを始め、その1年後にはレースに出場する。13年には、ワールドカップ初優勝を記録。14年ソチパラリンピックでは、回転、大回転、スーパーコンビの3種目で銅メダルを獲得している。障がい別クラスはLW12/1。

初めてのパラリンピックでも
実力を発揮。
激しく、鋭く、雪上を駆ける。

凍てついた雪の斜面で、ロマン・ラブルは躍動する。つねに攻撃的なその滑りは、ときに荒々しく映るが、鍛え上げた身体能力と技術で暴れるスキーをねじふせ、フィニッシュまで駆け降りていく。群雄割拠ともいえる現在のアルペンスキー男子シッティング・カテゴリーにあって、強烈な存在感を放っているひとりが、このラブルだ。2014年ソチパラリンピックでは、初出場ながら5種目中3種目で銅メダルを獲得し、その実力を証明している。
そして彼は、革命児でもある。そのことを説明するには、彼のバックグラウンドであるオーストリアという国とスキーとの関係について触れる必要があるだろう。
スキー、とりわけアルペンスキーは、オーストリアにとって国技ともいえるスポーツであり、国を代表する産業でもある。世界に名だたるスキーリゾートを数多く有し、スキー関連の有力企業を抱え、そして華々しい活躍を見せるスター選手を次々に輩出するアルペン大国。その伝統と誇りは、パラアルペンスキーにも息づいている。パラリンピックのメダリストを数多く生み出し、オーストリア製のチェアスキーは長く世界標準の地位にあった。オーストリア選手が自国のチェアを使って勝つ、それがスキー大国のプライドを満たす条件のように思われていた。
しかしラブルは、日本製チェアスキーに乗り換え、その性能に合った技術を磨くことで、世界のトップレベルに躍り出た。
「モリイ(森井大輝)やスズキ(鈴木猛史)のような滑りがしたかったんだ」
というラブル。実際、彼の滑りはそれまでのオーストリア選手とは明らかに異質で、日本製チェアスキーの挙動と日本選手の技術を徹底的に研究したものであることが見てとれる。その上で、サスペンション(スキーヤーの力を伝え、雪面とのコンタクトを保ち、衝撃を吸収する重要パーツ)やカウル(空力を考慮して装着される脚部のカバー)など、チェアスキーに独自の工夫を加えて進化させているのも特徴だ。


森井大輝の背中を追い、
2015-2016シーズンは
総合2位に。

瞬く間に強敵となったラブルのことを、日本選手たちは脅威に感じつつも、ともに競い合える仲間として尊重している。
「ロマンはつねに全力で、見ていて気持ちがいい」
と、日本の中心選手の一人である森井大輝は言う。今ではベテランの域に達し、あらゆる状況下で安定した滑りを展開するクレバーさを持つ森井だが、かつては速さと危うさが同居するリスキーな選手だった。荒削りな一面を持つラブルのスキーに、若き頃の自分を重ね合わせて見ているところもあるのだろう。
2015-2016シーズンのIPCアルペンスキー・ワールドカップでは、男子シッティングの総合優勝を森井が獲得し、ラブルは2位。技術系2種目も森井が制したが、しかし高速系種目では日本選手を上回る順位をラブルが記録している。障害の程度が軽いクラスで、腹筋が使えるラブルの滑りは、男子シッティングの最新トレンドだ。彼の成長が刺激となり、カテゴリー全体の限界値が引き上げられていると言ってもよいだろう。
そして注目すべきは、2018年ピョンチャンパラリンピックだ。実力を出すことが難しいと言われる初めてのパラリンピックで3個のメダルを獲得したラブルが、4年の経験を積んで臨む2度目の大舞台。そこで彼は、どのような滑りを見せてくれるのか。
「金メダル5個? それはちょっと高すぎる目標かな(笑)。ピョンチャンでは、とにかく自分のベストのスキー、一番速いスキーをしたい。その結果が金メダルだったら最高だね」
ピョンチャンパラリンピックでは、日本選手の活躍とともに、最強のライバルであるラブルが見せる最高にアグレッシブなスキーにもぜひ注目してほしい。


text&photos by Isao Horikiri

2016-03-15

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