超人特集

vol.7

僕のテニス人生には
最高のライバルがいる。

車いすテニスプレーヤー

ステファン・ウデ 選手

選手プロフィール

1970年11月20日、フランスのロワール アトランティック県生まれ。8歳からテニスに親しむ。96年にオートバイ事故で左大腿部を切断。義足をつけて行う障がい者ゴルフに取り組み、国内王者に。2005年、34歳で車いすテニスを始めてすぐに頭角を現し、08年北京パラリンピックのダブルスで優勝。12年ロンドン大会ではシングルス銀メダルを獲得。世界ランキング1位(16年6月現在)。私生活では、2組の双子の父。

「ナンバーワンの選手?
それは間違いなくシンゴだよ」

自分自身を選手として、また人間として成長させるもの。ライバルの存在は時として互いの壁となるが、自分を上へと突き動かす原動力にもなる。
「僕にとって、シンゴは欠かせない存在だ」
そう言い切るのは、車いすテニス選手のステファン・ウデ。男子車いすテニス界におけるトップ選手であり、日本の国枝慎吾の最大のライバルでもある。
記録によると、シングルスでは国枝と2006年に初めて試合で顔を合わせて以来、46回対戦。対戦成績はウデの10勝と、国枝の後塵を拝しているが、勝敗数やスコアの数字以上に、その内容はいつも厳しく接戦だ。10年に国枝の連勝記録を「107」でストップさせたのも彼である。
とりわけ、全仏オープンにおいてウデの存在感はぐっと増す。彼の武器である、最高時速160キロともいわれるサーブと高い打点から打ち込む強烈なストロークは、ボールが高く弾むクレーコートでより威力を発揮するからだ。両者が過去5回対戦したうち、3回がフルセットマッチ。そのうち2012、13年は決勝で対決し、ウデが死闘を制している。
2012年6月に初めてシングルスの世界ランキング1位に登りつめた。だが、同じ年のロンドンパラリンピックでは国枝に敗れて準優勝。そして今、再び世界の頂点に返り咲いている。だが、実は4年前も今年も、国枝が右ひじの手術をしてツアーから離脱していた、という共通の背景がある。それは、ウデ自身もわかっている。
「僕が世界1位? ノン、シンゴがプレーしてないからだよ。間違いなく、シンゴがナンバーワンだ」
柔らかい表情でインタビューに答えていたウデの表情が真顔に戻る。アスリートとしての矜持を感じさせる瞬間だった。


強い選手とのプレーを重ねて
自分のテニスを磨く。

1970年生まれの45歳。車いすテニスは一般よりも選手生命は長いとされるとはいえ、この年齢でパワーテニス全盛期の男子のトップに君臨することは並大抵の努力ではないだろう。彼が取り組むトレーニングに、いったいどんな秘密が隠されているのだろう。
本人に聞いてみると、意外な答えが返ってきた。
「僕はジムでの筋トレはあんまり好きじゃなくて、スカッシュやパドルを漕いだりしてるよ」
長い時間をストレッチに費やす国枝を見て「いつもすごいなと思う」とウデ。もちろんウデだってケアはしているだろうが、確かに大会の会場で見かける彼は、試合の待ち時間も木陰で音楽を聞いたり、スマホをいじったりしながら、のんびりと過ごしている。では、ウデのテニスはどのように作り上げられているのだろうか。
「僕はプレーすることが好き。それが僕のトレーニングでもあるから、できるだけ多くゲームをするようにしているんだ」
試合の数をこなすことで、状態をキープしているというウデ。たとえば2015年は、国枝がエントリーした大会は11で、ウデは18。20代の若手選手と同じくらいの数の大会に出場している。それでいて、これまでテニスでケガも手術もしたことがないというから驚きだ。
「うまくなる秘訣は、試合の中で工夫をし、相手と切磋琢磨すること。だから僕はシンゴとの試合が大好きなんだ。彼の実力は誰もが知るところだけど、加えて彼はフェアプレーだし、準備もパーフェクト。尊敬しながらプレーするから、いつもいいゲームができるんだ。ジョコビッチやフェデラー、ケイ・ニシコリたちの関係のようにね」


リオでは単複2冠を目指す。
「僕はチャレンジする
必要があった」

その実績と年齢から、“大ベテラン”と思われがちだが、実は車いすテニスのキャリアは11年と、そう長くはない。ケガの前にプレー経験があるとはいえ、車いすテニスを始めてからわずか3年で、パラリンピックのダブルスで金メダルを獲得したのは衝撃と言ってもいい。
「始めた頃は、スポークスに手を挟むし、ボールには届かないし、とにかくフラストレーションしか溜まらなかった。でもテニスで汗を流す気持ちよさを思い出して、次第に慣れていったんだ」と当時を振り返るウデ。そして、こう続ける。「確かに僕のテニス人生は注目される。でも、それをエネルギーに変える術を僕は知っているから、プレッシャーは感じないよ」
周囲の雑音に惑わされず、自分のやるべきことにフォーカスする強さ。それは、こんな取り組みからもわかる。リオを目指し、ウデは昨年、新たな競技用車いすを投入した。立ってプレーしていた時の球筋が理想と考え、そのポジションに近づけるため、座面を小さくし、片膝立ちをするようにしたカーボン製の異色の新型だ。上体をひねった時に下半身にパワーが伝わるようになり、ストロークはより強力になった。ただ、バランスを保つのが難しく、1月の全豪オープンでは「打球の瞬間に臀部を座席から離してはいけない」というルールに抵触したとして反則を取られた。現在は、新しく用意したベルトで身体と車いすを固定する工夫を加え、その不安は解消している。
新しい車いすは、他の選手からも賛否両論が寄せられている。だが、さまざまなリスクを承知で、自分の「脚」となる車いすを変える選択をした。そのチャレンジが、リオでの栄光につながると信じているからだ。
ウデは言う。
「シンゴとリオで戦うことが本当に楽しみだ。今度は僕が最高の結果を残したいね」
宿命のライバルとの決戦、果たしてその行方は――。


text by Miharu Araki
photo by X-1

2016-06-01

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