[第11回東京マラソン] 車いすレースの醍醐味が詰まった、新星・東京マラソン。男子は渡辺が制す

[第11回東京マラソン] 車いすレースの醍醐味が詰まった、新星・東京マラソン。男子は渡辺が制す
2017.02.28.TUE 公開

冬晴れの2月26日、東京都庁から東京駅前・行幸通りまでの新コースで競われた東京マラソン2017。男子車いすの部は渡辺勝が1時間28分01秒で初制覇し、同タイムの2位にリオパラリンピック金メダルのマルセル・フグ(スイス)が、1秒差の3位に鈴木朋樹が入った。さらに1秒差に6位までが入る大混戦となったレースは、車いす陸上の醍醐味が詰まった見応えのある一戦だった。

ライバルたちの緻密な駆け引き

フラットなコースになり、縦一列の状態が続いた
フラットなコースになり、縦一列の状態が続いた

11回目を迎えた今大会の注目点は主にふたつ。ひとつは、これまで選手を苦しめた終盤の高低差や海風の影響があった湾岸エリアがなくなり、全体的に平坦になったコース変更の影響だ。一般のマラソンでは「高速化」と言われたが、果たして車いすではどうだったのか。

車いすレースは自転車レースに似ている。実力がある程度拮抗している場合は集団でレースが進み、空気抵抗を避けるため、縦一列になることも多い。先頭の空気抵抗を100%とすると、後続では70~80%ほどになるといわれる。ペースメーカーはおらず、ペースをつくり維持したい選手らが先頭を交代しながらレースを進める。そして、アップダウンやコーナーなど「仕掛けどころ」でのペース変化によって余裕のない選手が一人、また一人と置いていかれ、集団は絞られていく。

積極的に前に出たり、集団内で力を温存したり、選手はそれぞれ、「自分の望むレース」をしようと、緻密な駆け引きを繰り返す。急なペースアップに対応が一瞬遅れ、あっという間に致命的な差が広がることもあり、ライバルたちの動向には気が抜けない。

選手は主に瞬発力に長けたとスプリント型と持久力を武器にするスタミナ型の2タイプに分かれる。これまでトラック種目をメインとしてきた渡辺や鈴木はスプリント型だ。渡辺は今回、「勝負に徹しようとペースが落ちても気にせず、最後は直線で勝負と思っていた。積極的に前には出なかったが、誰一人逃さない、誰かが出たらついていく、という思いで走っていた」と明かし、鈴木もスプリント勝負をにらみ、ラスト1kmで先頭に上がったが、「丸ノ内仲通りの石畳が思ったより長く、(スパート用の)体力を消耗してしまった」と悔しさをにじませた。

一方、マラソンを主戦とする、西田宗城や吉田竜太、洞ノ上浩太らのスタミナ派は、レース中盤で代わる代わる先頭に出てペースアップを図っていた。コース後半はほぼ平坦で“仕掛けどころ”がないため、「早めに仕掛けてライバルたちを消耗させたい」という意図が感じられた。果敢なアタックは見ものだったが、実力者揃いのなかでは決定打とはならなかった。

11回連続出場で昨年まですべて3位以内という東京マラソンに強い洞ノ上は初めて表彰台を逃し、「フラットになった分、仕掛けどころの少ない難しいコースになった。アタックしても集団がバラけなかった。来年はしっかり攻略したい」と話した。

結局、レースは41km地点でも6人の集団で、勝負の行方は予想できない混戦だった。最後の角を左に曲がると、あとは130mの直線だけ。6人が残る力を振り絞り、塊となってゴールに向かってくる渾身のスパート合戦は圧巻の一言だった。突き上げられた右腕が、勝ったのは渡辺だと教えてくれた。

包囲された絶対王者

第2の注目は昨年から国際化され、今年はリオパラリンピックの金メダリストで、今季メジャー大会(ボストン、ロンドン、シカゴ、ベルリン、ニューヨークシティ)でも全勝中の絶対王者、フグの初参戦だ。現時点で名実ともに世界一の車いすランナーに、日本のトップ選手たちがどう挑むのかに注目が集まった。

絶対王者のマルセル・フグ(写真左)
絶対王者のマルセル・フグ(写真左)

はたして、渡辺が王者に今季初めて土をつけた。フグはレースを振り返る。

「勝ちたかった。天候など条件はよかったが、レースは厳しかった。日本人選手が皆、強かった。集団を崩そうと何度か仕掛けたがリードを奪えず、逆にアタックされて差をつけられ、僕が追いかける場面もあった。ゴール前は位置取りも悪く、追いつけなかった」

マラソンで勝つために磨いてきたスプリント力を、またとないチャンスで発揮した渡辺。「力は圧倒的にマルセル選手があると思うが、トラックも含めて初めてマルセルに勝てたので、すごく嬉しい」と声を弾ませた。

鈴木も順位こそ3位だったが、「先頭集団のなかでマルセルの後ろにつき、ラストのスプリント勝負に持ち込むレースをしたかったので、楽しかった」と納得の表情だった。

頭ひとつ抜けた存在だったからこそ全員からマークされ、「包囲網」に封じられた王者。今年は出場せず、車いすレースディレクターとして外から見守った現役選手の副島正純は、「フグを中心に守りに入るかと思ったが、日本人選手がどんどん仕掛け、レースをつくろうとしていて頼もしかった。日本にもまだまだチャンスがあると感じさせた」と評価した。

張り詰めたリオイヤーの2016年を終え、今年、本格的な練習を始めてまだ1ヵ月だったというフグは、「仕上げ切れなかった。でも、今日の自分のパフォーマンスには満足している。初めての東京(マラソン)は素晴らしく、かなりの高速コースだと思う」と感想を話した。来年の出場こそ明言しなかったが、コース攻略のイメージはもうつかんでいるかもしれない。

東京マラソンの過去10大会の結果を紐解くと、男子は初めて国際化されクート・フェンリー(オーストラリア)が勝った昨年以外は、副島(5勝)、山本浩之(3勝)、洞ノ上(1勝)と「国内3強」の牙城だったが、新コースとなった今年、表彰台の顔ぶれも一新された。とくに渡辺や鈴木などリオ代表を逃し悔しい思いを糧にした若手が、その存在感を放った。来年以降、王者が実力を見せつけるのか、新星たちがさらに成長を示すのか、あるいはベテラン勢が巻き返すのか、目の離せない戦いはつづく。

なお、6人が出場した女子もラストの直線勝負になった。3選手がスパートし、リオパラリンピック銅メダルのアマンダ・マグロリー(アメリカ)が1時間43分27秒で初優勝。同タイムでマニュエラ・シャー(スイス)が2位だった。

text by Kyoko Hoshino
photo by TOKYO MARATHON FOUNDATION

[第11回東京マラソン] 車いすレースの醍醐味が詰まった、新星・東京マラソン。男子は渡辺が制す

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