2017.07.27

【陸上競技】2012年のパラリンピック開催地・ロンドンが熱狂。「世界パラ陸上選手権」で日本は過去最多のメダルを獲得

約90の国と地域から1150人以上が参加して、7月14日から23日までロンドンスタジアムで開催された「世界パラ陸上競技選手権大会」。10日間の熱戦で、世界記録は約30、大会記録も100以上が更新された。

リオパラリンピックが終わり、いよいよ2020年東京大会への道が本格的にスタート。2年に一度の世界一決定戦はまた、アスリートにとって現在の位置を知る貴重な機会でもあった。

リオパラリンピック銀メダルの佐藤が2種目で雪辱の金メダル

日本からは、世界ランク10位以内などの条件をクリアした50人の選手(身体障がい男子21、女子18、知的障がい男子7、女子4)が派遣され、過去最多となる全16個(金2、銀5、銅9)のメダルを獲得した。

実績ある選手は安定した戦いぶりをみせた。リオパラリンピック銀メダリストのT52(車いす)の佐藤友祈は、リオで金メダルだったレイモンド・マーティン(アメリカ)との一騎打ちを制し、400mと1500mで金メダルを獲得。「東京に向けて、大きな前進」と胸を張った。佐藤と同クラスで46歳の上与那原寛和も、2つの銅メダルを獲得。戦況を冷静に読み、3位を確保した対応力が光った。


大森ガイドの声に集中し記録を更新した高田

走り幅跳び大会3連覇を狙ったT42(大腿義足)の山本篤は、今季ベストの6m44を跳ぶも、金メダルまであと6cmの銀メダルに終わったが、「技術的にはまだやりたいことがある。負けたことでモチベーションは上がった」と前を向く。

T47(上肢障がい)の辻沙絵も400mで苦しみながら粘りの走りでリオに続く銅メダル。今季は調整が遅れたが、「1度で終わったら、まぐれと思われる。『メダル、メダル』と思って走った」と声を弾ませた。

ガイドとのチームワークがカギとなる視覚障がいクラスでは、T11(全盲)の高田千明が走り幅跳びで大森盛一ガイドと呼吸を合わせて日本記録を更新(4m49)し、銀メダルを獲得。同じくT11の和田伸也は国際大会初伴走の蓑和廣太朗ガイドと5000mの銅メダルを手にした。



ベテランによる嬉しい初メダルもあった。53歳の藤田真理子は砲丸投げ(F36)で、北京・ロンドン・リオパラリンピック出場の中西麻耶は走り幅跳び(T44)で、リオパラリンピックでは4位だった鈴木徹は走り高跳び(T44)で、それぞれ銅メダル。鈴木は、日の丸を背にウィニングランをして、「そこにいった人にしか見えない景色」と喜びを表現した。

初のメダルを手にし、自信をつかんだ若手選手もいる。23歳の芦田創(T47/上肢障がい)は、三段跳びで銅メダルを獲得。19歳の前川楓(T42/大腿切断など)は、リオパラリンピック4位からの銀メダル、24歳の高松佑圭(T38/脳性まひなど)は銀メダルに輝いた400mのほか、出場全3種目で自己新の快走。22歳の古屋杏樹も得意の800m(T20/知的障がい)で果敢な飛び出しをみせ、銀をつかんだ。


鈴木は2m超えのジャンプで悲願のメダルを獲得

見事メダルを獲得し、期待に応えた前川


メダルには届かなかったが、実力を出し切った初出場組も。T13(弱視)の19歳・佐々木真菜は200mで日本新(26秒36)をマークし5位、400mでも6位入賞。T44(切断など)の20歳・池田樹生も100m予選で自己ベストをマークし、銅メダルに輝いた4×100mリレーではアンカーを務めた。F46(上肢障がい)のやり投げで5位に入った21歳の山崎晃裕は1投目で今季ベストを出した。

出場選手の多いT54(車いす)クラスでは「ファイナリスト」が日替わりで登場。初出場の生馬知季と西勇輝がそれぞれ100mと200mで8位になり、前回は準決勝止まりだった鈴木朋樹が800mと1500mで5位と7位に入った。5000mは渡辺勝が5位、樋口政幸が7位と世界のなかで存在感を示した。
このクラスの絶対王者で、今大会でも3つの金メダルを手にしたマルセル・フグ(スイス)は、日本の印象を「若く強い選手が増えている。国内で競い合いがあるのは羨ましい」と話す。日本はこのアドバンテージを活かし、チームとしての成長に期待したい。

一方、日本代表チームの小林順一監督(日本パラ陸上競技連盟)は、「メダルの数だけを見れば健闘したと言えるが、リオ大会後で海外の有力選手の欠場や調整不足もみられた。上位選手の記録とも比較し、それぞれつかんだ手ごたえと課題を3年後に向けて活かしてほしい」と総括した。

世界選手権史上最高の盛り上がりに


連日多くのファンが観戦に訪れた

今大会は史上初めて、国際陸上競技連盟(IAAF)主催の世界選手権(8月4日から13日)と同年同一会場での開催が実現し、2つの大会はひとつの組織委員会によって運営されている。ロンドンは2012年パラリンピック成功のノウハウとレガシーを存分に活用し、今大会を過去最高のパラ陸上世界選手権として成功させた。

会場となったロンドンスタジアムは、2012年のメイン会場の跡地、クイーン・エリザベス・オリンピックパーク内にある。バリアフリーで、サブトラックも隣接で使いやすさは抜群だ。オリンピックパークは都市公園として再開発され、芝生の広場や遊具、カフェなどもあるほか、さまざまなイベント会場ともしても利用されており、2012年以降も市民の憩いの場として根付いていることがうかがわれた。



今大会の観戦は有料(大人10ポンド~45ポンド)だったが、チケット販売総数は30万枚を越えた。この数字は、世界選手権史上最高なのはもちろん、パラリンピックを除いたパラスポーツ大会すべてのチケット売上の合算よりも多いという。2012年大会でパラスポーツファンが育っていたこと、大会告知ポスターの掲示など事前プロモーションの効果も大きかっただろう。実際、週末の来場者は3万人を超え、平日には10万人を超える子どもたちが訪れたという。夜のセッションではビール片手に観戦する姿も多く、日本との違いに驚かされた。

観客の多くは陸上競技の楽しみ方やパラスポーツの見方をよく知っていた。イギリス選手だけでなく、世界各地の選手を称え、観戦マナーのよさも選手を後押しした。走り高跳びの鈴木は試技の際に手拍子を求め、「自分も楽しみ、観客も楽しんだことが結果につながった」と振り返り、視覚障がいの高田は、「幅跳びピットに立つと、自然にシーンとなってくれて感動した」と喜んだ。

毎晩7時半からの生中継はもちろん、会場にもパラスポーツを伝える演出があった。競技ごとにクラス分けを説明した映像を流したり、盛り上げるMCも楽しかった。パンフレット(有料)は試合時間やその日出場する有力選手のストーリーなど、1日毎に内容が少し異なっていた。

新たなファン獲得の試みも見られた。陸上競技の表彰式はスタジアム内で競技と平行して行われるのが一般的だが、今大会は初めて午前中の競技と夜の競技の間の休憩時間にスタジアム隣接のイベント広場で実施された。そのため、観戦チケットのない人も気軽に世界トップのパラアスリートを見ることができた。表彰の合間にはイギリス選手や著名選手のトークショーなどエンターテインメント性も付加。広場にはさまざまなパラスポーツ体験ブースもあった。

大会期間中、多くのイギリス人から励まされた。「2012年以前のロンドンに、この熱狂はなかった。2012年で変わったんだ。東京だって、きっと大丈夫だよ」

2012年の熱狂から5年。ロンドンで再び開かれたパラアスリートの祭典が成功を収めた理由に2020年へのヒントもありそうだ。

text by Kyoko Hoshino
photo by Getty Images Sport,Takao Ochi

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