2017.10.17

【テコンドー】「2020年のメダルへ一歩一歩」競技歴2年のパイオニア、伊藤力が歩む道

東京パラリンピックの新競技であり、注目度上昇中のテコンドー。まだ新しい競技(パラテコンドーの世界選手権が初めて行われたのは2009年)であることから競技人口が少なく、2020年に向けて競技に取り組む選手を増やすのが課題とされる。

そんなテコンドーを引っ張る存在として期待されているのが伊藤力だ。日本におけるパイオニアであり、世界ランキングでは7位にランクされる実力者だが、実はこの競技を始めたのは約2年前のこと。パラテコンドーを始めたきっかけや、この競技にかける思いなどを聞いた。

行動力が切り拓いた世界への扉

「2015年の4月に仕事場での事故で右腕を失いました。本当は2ヵ月くらい入院が必要だったのですが、毎日リハビリに通うからと言って10日で退院させてもらいました。じっとしているのが嫌だったんですね。5月には、所属していたフットサルチームの練習に顔を出していました」
小学校時代はサッカー、中学では剣道、高校ではテニス、社会人になってもフットサルと常に何かしらのスポーツをしていたという伊藤は入院している間も退院後にできるスポーツを探していたとのこと。そこで見つけたのが、上肢や下肢切断の選手がクラッチと呼ばれる杖を使ってプレーするアンプティサッカーだった。
「当時住んでいた北海道にもチームがあったので、退院してすぐに連絡を取り、参加させてもらいました。上肢切断者はゴールキーパーを担当するルールなのですが、正直を言えばフィールドでプレーしたいという気持ちはありましたね」

そんな時に、あるアンプティサッカーの関係者から声をかけられる。
「東京パラリンピックでパラテコンドーという競技が採用されたけど、選手が少ないので探しているという話でした。その人の知り合いがテコンドーの道場をやっていると聞いて、調べてみたら面白そうだなと思ったのでやってみようと思いました」

一度やると決まると伊藤の行動は早い。シドニーオリンピックの銅メダリストである岡本依子さんにSNSでメッセージを送る。
「すぐに電話番号を書いた返事がきました(笑)。電話をすると関西弁ですごい勢いで勧誘されました。今度NTC(ナショナルトレーニングセンター)で合宿があるから、そこに来ればいいと。北海道では練習できる場所が旭川にある道場しかなくて通うのが難しかったので、テコンドーの初体験が全国からトップ級の選手が集まるNTCでした」

初体験の感想を伊藤は「とにかく痛かった」と語る。
「一応、防具を付けてやるのですが、蹴られればもちろん痛いし、私は体が硬いので足を上げて蹴るのも痛かった。次の日は全身が筋肉痛でした。でも、ミットを蹴るのが気持ち良かった。初めてでしたけど、結構いい音がして、それが面白かったので続けようと思いました」

初めての国際大会で感じた「悔しさ」と「手ごたえ」


世界選手権を前にインタビューに応じる伊藤
photo by Asuka Senaga

ただ、その当時はパラリンピックを目指す気持ちはなく、「我慢できる痛さだし、ストレス解消にもなるから続けてみよう」という気持ちだったとのこと。意識が変わったのは2016年4月にフィリピンで行われた第2回アジアパラテコンドーオープン選手権に参加したことがきっかけだった。
「競技歴3ヵ月で、練習も合宿に何度か参加しただけの状態でした。しかも、1回戦の相手が世界1位の選手。でも、当時はよくわかっていなかったので、相手が誰かということより、高校のテニス以来、久しぶりに試合場にただひとりで立つことに緊張していました。リオデジャネイロオリンピックのアジア予選も兼ねていたので、観客もたくさん入っていましたし」



試合のほうは「相手の的になっていたような状態」で、自分の動きも全くできなかったという。ただ、この試合で伊藤の中で何かが変わった。
「負けた悔しさはもちろんありますし、全く相手にならなかったのですが、その中でも『届かない目標ではないな』と思えたんです。合宿ではオリンピックに出るような選手たちと練習をしていたので、それに比べれば強さは感じなかった。きちんと環境を整えて練習を詰めば4年後には何とかできるかもしれないと思えたんです」

2020年の東京パラリンピックを目指す。伊藤がそう決めたのは、この試合がきっかけだった。そのために、自身の生活・練習の環境を変えるという決断も下す。
「北海道にいては、練習場所も相手も限られてしまいます。パラリンピックでメダルを目指すのであれば、競技に集中できる環境を整える必要があると思い、家族と一緒に東京へ引っ越すことを決めました」

アスリートとしては真っ当な選択だが、伊藤には当時1歳の娘がおり、妻は地元の北海道から出たことがない。それでも正直な気持ちを相談すると「やってみたら」と背中を押してくれたという。
「その言葉がなければ、東京パラリンピックでメダルを目指すこともできなかったと思います。本当に感謝しています」

試行錯誤の末に見つけた己のスタイル

仕事のほうは日本オリンピック委員会(JOC)が主催する、アスリートの就職支援「アスナビ」を活用してセールスフォース・ドットコムに決まった。出社するのは週2日で、それ以外の日は練習に集中することができる。
「午前中にランニングをして、ジムに行って、夕方から道場での練習というスケジュールで週に4日は練習しています。練習はいくつかの道場に行かせてもらっていて、人によって教え方が違うので、色んなものを吸収させてもらっています。パラテコンドーは選手が少ないので、一般のテコンドーの練習をしながら“これはパラでも使える”というものを取捨選択をする必要があります。そのためには、1箇所で練習するのではなく、色んなスタイルを参考にできる今の環境は向いていると思います」

硬かった体も初動負荷理論に基づいたトレーニングを行っているジムに通うことで可動域が広がってきた。
「体の使い方もだいぶわかってきたと思います。その分、試合でも頭を使えるようになってきました。テコンドーの試合は2分3ラウンドあるので、その間に相手の動きを分析して対策する必要がある。そういう部分に面白味を感じるようになってきましたね。私は右腕がないのでガードができませんが、その部分をわざと狙わせてカウンターを合わせるのが今の得意技です。きれいに決まると気持ちがいいですね」


パラテコンドーの国内大会まだ少ない

最近ではパラテコンドーだけではなく、一般のテコンドーの試合にも出場しているという。
「パラの試合は多くありませんし、今は少しでも経験を積むことが必要なので、一般の試合にも出るようにしています。すごく練習していて体力もある大学生などとも対戦するのでいい経験になります。最近はパラテコンドーも競技人口が増えてレベルが急速に上がっているので、うかうかしていると抜かれてしまいますからね。幸いなことに私には伸びしろがまだたくさん残っているので、2020年までにできることをどんどん増やしていきたいと思います」



10月19日にはロンドンで世界選手権が行われる。そこには、初試合で対戦した世界1位の選手も出場する。
「この1年半くらいで自分がどれだけ成長したのか試すためにも、もう1回やってみたいですね。今回は以前のように的にはならない自信があります。ただ、対戦できるとしたらおそらく決勝なので、目の前の試合を1つ1つ勝っていければと思っています。まずは初戦ですね」

「1つ1つ」という言葉に力を込めた伊藤。東京パラリンピックでのメダルは、その先に見えてくるものなのだろう。パラテコンドーのパイオニア伊藤力の挑戦に注目だ。


text by Shigeki Masutani
photo by X-1
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