2016.09.30

【柔道】リオパラリンピック柔道日本代表チーム帰国会見・番外編

リオパラリンピック日本代表選手団を盛り上げた柔道チーム。帰国後、 成田空港内で行われた記者会見には、銀メダルを獲得した男子60kg級の廣瀬誠、銅メダルを獲得した男子66kg級の藤本聰、同じく男子100kg超級の正木健人、女子57kg級の廣瀬順子らが出席。詰めかけた報道陣の質問に答えた。
編集注)今回は、レポートでは盛り込めなかったメダリストたちのトークを紹介します。個性豊かな選手たちのかけあいをぜひお楽しみください!

藤本「自分の中では一番価値ある銅メダル」

──男子の3選手はこれまでにもメダルを獲得しているが、今回のメダルはこれまでのメダルと違う部分はあるか?

廣瀬誠 僕は2004年のアテネで銀メダルを獲って以来ですが、今回リオで銀メダルを獲得して、同じ銀メダルなんですけども、僕の中での意味合いは全然違っていて。前回は「自分のために」「ひとつでも上に勝ちたい」と、思いが自分のことだけだったんですけれど、今回は本当に多くの人に支えられて……もちろん自分のためでもあるんですけど、そういう支えてくれた方々に、結果で、カタチで恩返ししたいという思いがすごく強かったので、そういう意味で全然違うメダルかな、と思います。今回の男子チームは、本当にいいチームワークでリオに入ったし、リオでも一緒に練習して高め合ってきたということで、今回この場には73kg級の北薗新光選手、90kg級の廣瀬悠選手はいないんですけれども、一緒に乱取りをして、廣瀬悠選手はいろいろアドバイスもしてくれて、そういうおかげで勝てたというのもあったんで、本当に物理的な重み以上に、そういう思いのこもった、重いメダルです。

藤本 私は自身5個目のメダルで、金3つ、銀1つ、そして今回が銅ということでメダルの色的には下がっていってるんですけど、ただ、これだけ世界の強豪が、世界のレベルが上がっている中で……私自身、ひょっとしたら1回戦敗退なんていうのもあるのかな、と思ってしまっていたんですけど、ここにいる仲間たちと一緒に高め合ってきたおかげで、試合2日前くらいにですね、カチッと自分の中で心と体と技と、すべてがかみ合った感じがしてですね、「よし、いける!」と自信にあふれるような感覚になりました。そうしたらですね、運も引き寄せることができて。3位決定戦になるんだったら、強豪のモンゴル選手が出てくると思っていたらですね、体重オーバーで出ていなくてですね、「何? ビックリした~」って感じで(笑)、これは自分に風が吹いているな、と。日本では台風が吹き荒れていたんですけど、リオでは藤本のために追い風が吹き荒れておりまして(笑)。結果は銅だったんですけれども、これだけの世界の強豪の中で、手首のケガもあったりして、よく獲れたな、と。自分の中では本当に一番価値ある銅メダルかな、と思っています。

正木 自分の中では、ただただ悔しさの残るメダルかな、と思っています。なので、ロンドンで獲ったメダルは自分はあまり見たりしないんですけども、この銅メダルはしっかり目に焼き付けておこうと思っています。


「謝罪会見のようですね(笑)」
会見は、廣瀬誠(左)のこんなトークからスタート


「世界のレベルが上がっている中で、スゴイおじさんたちです(笑)」と正木


──女子の廣瀬順子選手にとっては歴史的メダルになったが?

廣瀬順 女子で初めてのメダルということは自分の中ではあまり意識していなかったんですけど、これまではいつも3位決定戦で負けてしまっていて、(監督の)井上先生をガッカリさせてしまっていたので。今回は先生に日の丸が上がるところを見てほしいと思って試合をしたので、先生が喜んでくれて嬉しかったです。

正木「メチャメチャ格好いいおじさんだなって(笑)」

──試合以外で、リオ大会で印象に残っていることは?

廣瀬誠 最終日、正木が銅を獲ったときに、僕らはサブ道場の液晶の大きな画面で……近づいたら見えるんで、見ていたんですけど、3位が決まって試合場から降りて来たとき、正木と熊谷コーチがふたりで泣いてて、僕もそれを見たら泣きそうになって、「あ、これ以上見たら泣いてしまう」と思って後ろに下がったら、廣瀬悠ちゃんが泣いてて(笑)。それで僕も泣いちゃったんですけど(笑)、これだけみんなが他の選手のメダル、他の選手の結果に一喜一憂できるくらいチームとしてひとつだったというのがすごく嬉しくて、それが一番印象に残っています。

藤本 私もですね、廣瀬誠選手と一緒で、男子のメンバーは、とても志の高い選手が、少しでも強くなりたいというメンバーが集まってですね。私はキャプテンをさせていただいていたんですけど、本当に何もすることがなく、名前だけのキャプテンだったんですけれども(笑)、本当にいい仲間と出会えて、一緒に戦えたことを誇りに思います。

正木 自分も初日、60kg級、66kg級のおふたりの試合を観て、廣瀬誠選手はメダルが確定したとき、藤本選手は3位決定戦が終わったとき、まだ自分の試合が控えていたので泣く訳にはいかなかったんですけど、本当に泣きそうになって。ロンドンのときには感じなかった、そういう感情がありました。本当に初日のおふたりはメチャメチャ格好いいおじさんだなって思って(笑)。

藤本 ありがとうございます(笑)。

正木 それくらい今回は団結力の高い、柔道チームだったと思います。

廣瀬順 今回お父さんも応援に来てくれていたんですけど、14年間柔道を続けていて、お父さんが試合を観に来てくれるというのがあまりなくて、お父さんはふだんあまり表情も変えないので、自分のことで嬉しそうにしている顔をほとんど見たことがなかったんですけれども、今回メダルを獲ったことをすごく喜んでくれて、試合が終わった後に、私の記憶にある中では初めての2ショット写真を撮れて(笑)。それがすごく嬉しかったです。

廣瀬誠「国際大会にはもう……でも、僕柔道好きなんで(笑)」

──廣瀬誠選手、引退はいつ頃決断したのか?

廣瀬誠 代表決定戦が5月にあったんですけど、その前から、もし代表決定戦で敗れたらその時点で引退。リオ出場が決まったら、結果のいかんに関わらずリオ大会後に引退しようと思っていました。理由はいくつもあるんですけど、ひとつは年齢的にいい歳ですし(笑)。それと、リオに出たいと思ったきっかけがもともと……子どもが6歳、4歳、2歳なんですけども、リオであれば長女と次女は現地に連れて行ったときに、お父さんが頑張ってる姿を記憶に残してくれるかな、という思いがあって、それで始めたので。

──4年後の東京大会に未練はないのか? 東京大会にはどのように関わるのか?

廣瀬誠 東京については自分は現役選手で出たいという思いはあまりなかったです。2020年については、僕は柔道──目が悪くなっても、柔道、視覚障がい者柔道が心の支えになったり、ここで出会った人にすごくお世話になってですね、障がいは不便だけど不幸じゃないと感じさせてもらった部分が大きいので、できれば、そういう思いを還元したいというか、恩返ししたいということで、何かしらの貢献ができればと思っています。今、全柔連とJPC(日本パラリンピック委員会)のアスリート委員会での活動もさせてもらっているんですけど、今後はそういう方にもっと力を入れて、2020年、それ以降のパラリンピックスポーツ、視覚障害者柔道の発展につながるような活動に力を入れていければな、と思っています。

──大会にはもう出ないのか?

廣瀬誠 国際大会にはもう……若手の選手にもっと出てほしいし、活躍してほしいので、出るつもりはありません。ただ、僕、柔道好きなんで(笑)、国内の大会は出て、またみんなと会ったり、柔道を楽しみたいなと思っています。

──第一線を退くということ?

廣瀬誠 はい、引退します(笑)。

遠藤監督「最高の場で力を発揮できる体制を」

──廣瀬誠選手が代表からの引退を表明したが、2020年の東京に向け、世代交代、人材育成は?


「本当に引退?(笑)」(遠藤)
「聞いてなかったんですか?(笑)」(廣瀬誠)

遠藤監督 日本の代表選手は海外の代表選手の平均年齢と比べ、かなり上なんですね。これまでもずっと若手育成をしっかりやってきたつもりですが、今回出たメンバーがそれ以上にですね、日ごろの鍛錬をしっかりやってですね、40歳過ぎてもメダルを獲れるという、そういう血のにじむような努力をしています。若手も決して育っていないというわけではありませんが、まだこの選手たちを倒すだけの技術、精神面を持っていないということだと思います。銀メダルを獲って、若手がまだ追い越せない状態での引退ということもあって、廣瀬も苦しい心境だとは思うんですが……(廣瀬誠選手に向けて)本当に引退?(笑)



廣瀬誠 え? 先生、僕の話聞いてなかったんですか?(笑)

遠藤監督 聞いてたんだけど(笑)。廣瀬、引退と言っています(笑)。……30代、40代の先輩方の後姿を追いながら、後輩も頑張っています。新たな人材の発掘と、しっかりやっている若手、そういう若い連中に負けていられるかというベテラン選手、そういう構成でですね、2020年に向けて、しっかりと頑張っていきたいと思っています。全柔連と一緒に連携して、特別委員会なども組んでいて、そのメンバーにもなっていますので、東京だけではなく、その先もありますので、障がい者柔道のための、パラリンピックという最高の場で力を発揮できる、結果を残せるという、そういう体制を作っていこうということでしっかりやっていきたいと思っていますし、そういう環境は整いつつあると思っています。


会見は終始和やかな雰囲気で行われた

井上監督 女子は今回4人出場したわけですが、メダルを獲得できなかった3人も今後につながる試合内容で、よく頑張ったな、と思っています。年齢的にも、東京まで行けるかな、と。他にも、今回代表になれなかった選手と、新たな選手の発掘も今やっているところです。世界のレベルが上がっていますので、選手については、まず一人ひとりがしっかり自覚を持って、日頃の練習が一番の基本ですので、そこをしっかりやってもらわないと困るな、と。それと連携して、世界に通用する選手を育てていけたらと思っています。



text & photos by NOB
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