2016.11.17

【陸上競技】走る喜びを多くの人に届けたい――パラリンピック金、銀メダリストがランニングクリニックを開催

病気やケガによる下肢切断者を対象に、スポーツ用義足で走る技術などを教えるランニングクリニックが11月11日から3日間にわたり、千葉県浦安市の明海大学で開催された。主催したのは本社をドイツに置く義肢メーカーのオットーボック・ジャパンで、リオパラリンピックの陸上競技走り幅跳び(T42クラス/片大腿切断など)の金メダリスト、ハインリッヒ・ポポフ(ドイツ)と、同種目銀メダリストの山本篤が講師となり、指導した。

義足ユーザーに動作のポイントなどを伝授


脚の運び方の見本を実践してみせるポポフ

ポポフによるクリニックは2012年から欧米をはじめ、世界各地で開催されており、日本では昨年に続き2回目となる。今年は公募で選ばれた10代から60代の男性14人が参加。「子どもの運動会で一緒に走りたい」「義足のトップ選手のアドバイスが聞きたい」など参加者の受講動機はさまざまだったが、多くはスポーツ義足の使用歴が短い人たちで、なかにはこのクリニックで初めて装着したという人もいた。

3日間のクリニックは「正しい動作できれいに歩く」を基本に、動きを支える体幹トレーニングも盛り込まれ、ランニング時の義足の動かし方などを段階的に学べる充実の内容だった。ポポフは、「歩行でもランニングでも断端(切断部位)をしっかり動かそう」「義足を信頼し、体重を十分に乗せよう」などと強調。さまざまな動きを何度も繰り返してみるよう指導した。


参加者最年長で62歳の柳雅満さんは、2年前に左太ももを切断し、今回初めてスポーツ義足を装着したという。「人並みのスピードで歩きたいと思ったのが参加の動機。スポーツ義足はテレビでしか見たことがなく、最初は怖かったけど、2日目に1㎞走るというメニューがなんとかできて自信になった。本当にゆっくりだったけど、できないと思っていたことができたのは嬉しい。いずれはジョギングで体力維持ができるようになりたい」と話した。

最年少16歳の吉田知樹さんは今年5月からスポーツ義足で陸上を始めたばかり。義足使用者でないと分からないことや、パラリンピアンの練習方法を聞きたいと思って参加したと言い、「今まで義足を『踏む』という意識が強かったが、義足を『振る』ことが大事だと分かった。リオパラリンピックをテレビで観て憧れていたポポフ選手や山本選手の話はとても参考になった。東京パラリンピックに出たい」と目標を口にした。

1日目と2日目に講師を務めた山本は参加者ごとに丁寧にアドバイス。クリニックの意義について「義足の使い方の基礎を学ぶことはとても重要。選手を目指さなくても、走れるようになるだけで人生の幅が広がる。このクリニックが素晴らしいのは、最後には皆、笑顔で帰っていくこと。今の日本は、パラリンピック選手はいても、それ以外の選手がいない状態。(このクリニックのような)底辺を広げる活動によって、頂点も高くなっていくと思う。僕はこれからも協力していきたい」と力強く語った。

ポポフもまた、「どんなプロ選手も基礎から始める。ポテンシャルは誰にもあり、義足でも体の動かし方を知れば、誰でも走れるようになる。そういう機会の提供が大切だ」と語り、「このクリニックは世界各地で開いているが、日本がいちばん熱心で、サポートも厚い。今後は初心者だけでなく、中・上級者や指導者向けのクリニックも開きたい」と将来の展望も口にした。

最終日には修了式が行われ、ポポフは「3日間、少し厳しいトレーニングもあったが、参加してくれてありがとう」と挨拶し、参加者一人ひとりに修了証と記念品を手渡しながら、最後のアドバイスを授けた。ポポフとハグを交わし、笑顔を見せる参加者の様子に、クリニックの成果がうかがえた。義足アスリートによるクリニックは同じ立場だからこそアドバイスが的確で、説得力を持って伝わるのだろう。ポポフの言葉通り、クリニックの今後の発展にも期待したい。


リオパラリンピック銀メダルの山本も指導に当たった


体幹トレーニングは「正しいやり方で、毎日、取り組んで」


金メダリストと児童が真剣勝負!

ポポフはまた、クリニック前日の10日、文京区立大塚小学校を訪問した。全校生徒約150人を前に、「立ち止まらない勇気の大切さ」をテーマに、骨肉腫のため9歳で左脚を切断してからリハビリにスポーツを取り入れ、脚がなくてもなんでもできると分かったこと。努力の結果、パラリンピックのメダリストになった経験などを話した。

「人生には辛いこともあるけど、前向きに笑顔でいることが大事。大人の言うことをよく聞き、お互いに尊敬し助け合い、素晴らしい人になって」と語りかけた。

リオパラリンピックで獲得した金メダルも披露。内部に鈴が仕込まれていて、振ると音が鳴る。「目の見えない人のための工夫で、金、銀、銅で音が違う。これは金の音だよ」とメダルを振ってみせた。その後、メダルに触れた児童からは「すごい!」「重~い」など歓声が上がった。

続いて3、4年生約50人を対象としたかけっこ教室が行われ、姿勢良く歩いたり、膝を上げて走ったりといったドリルで速く走るコツを伝授した。最後に数人ずつ競走し、児童はそれぞれ精一杯の走りで、金メダリストに挑んだ。

ポポフは、「子どもたちとの時間は本当に楽しい。素直だし、障がい者に対してもオープンで区別したりしないから。日本で初めての講演が子ども対象でよかった」と微笑んだ。トップ選手としてパラスポーツの普及活動に加わることは、「有意義であり、やらなければいけないこと。ロールモデルになることはメダルを獲るよりも大切」などと話した。

参加した男児の一人は「脚を切ったときに、『スポーツができないことが一番つらかった』というポポフさんの話が心に残った。僕もスポーツが大好きなので」と話し、ある女児は、「かけっこで『手と足の両方をしっかり速く振るように』と言われたのでやってみたら、いつもより速く走れて嬉しかった」と話した。金メダリストの言葉はさまざまな形で子どもたちの心に響いたようだ。


かけっこ教室の最後に、皆で競走


講演を終え、ポポフは児童とハイタッチを交わす



text&photos by Kyoko Hoshino
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