浦田 理恵

Rie URATA | ゴールボール | GOALBALL

写真=新津保建秀 聞き手=雑司が谷千一

見えてないけど、見えてる。
私がゴールボールから学んだこと
ゴールボール——その名を聞いて、具体的にどんな競技か想像できる人はどれくらいいるだろうか。コートに立つ選手は全部で6人。3対3に分かれ、幅9メートルのゴールへボールを投げ入れる。そう聞くと、なんてシンプルで簡単な競技だと思うかもしれない。しかし、コートに立つ選手はすべて「アイシェード」と呼ばれる目隠しをしなければならない。唯一の頼りは、重いボールに入った鈴の音。選手たちは暗闇の中で、会場に響くあらゆる音や気配から最大限の情報を得、自らのゴールを守り、相手のゴールを陥れる。
女子ゴールボールの浦田理恵は、2012年のロンドンパラリンピックで日本初の団体競技金メダル獲得にキャプテンとして貢献した。世界からも評される日本の守備の要である彼女に、奥深きゴールボールの魅力について聞いた。
浦田 理恵
常に自分の考えてることが100%ではないからこそ、
コートに立つ3人の意見を合わせて、
より確実さを高めていくんです
不安や迷いを消すために
見えなくても「声」がある
パラリンピックの金メダリストにインタビューをするという大役を仰せつかった身で恐縮ではありますが、私はゴールボールという競技を生で観戦したのは、じつは昨日の日本ゴールボール選手権大会が初めてでした。そして実際に試合会場で観戦することで、この競技の興味深い側面を非常にたくさん見つけることができました。今日は浦田選手に、ゴールボールの選手たちが普段コートの中で一体何を考え、何を実践しているのかを伺いながら、競技の持つ魅力を引き出していけたらと思っています。
はい、よろしくお願いします(笑)。
試合に出場する選手はみなアイシェードを着用してコートに立つわけですが、味方同士の声かけや、監督やベンチからの指示がかなり頻繁に行われる競技だなという印象を受けました。会場は静まりかえっていて、点が入ると一気に沸き立ちます。コートの緊張感を、観客を含めた会場全体で共有しているような面白さがありますね。
やはり一番意識をしているのは、コミュニケーションを取るということ。とくにブラインドの状態なので配慮して伝えないと裏目に出ることがありますし、逆に細かく言いすぎてしまっても、それはそれで問題が起きることもあります。コミュニケーションをどう取るかというのは、最初の頃はとても苦労した記憶があります。
選手同士で交わしている言葉は、戦術に関するものが多いのでしょうか。
戦術的なものと、モチベーションを保つためのものと、50:50(フィフティー・フィフティー)ですね。おもに攻撃でスローイングをするウイングの選手には、気持ちよく投げてもらいたいと思ってます。狙い通りのコースにいかないことが続くと、どうしてもドツボにハマっていってしまう。例えば、アウトボール*が続いた時に、それをうまくコントロールできていないと捉えるか、相手の選手を外の方向に意識づけしてできていると捉えるかでも、投げるほうの気持ちとしてはかなり違います。そういう時に「アウトなんだから中に入れてよ!」と伝えるのか、「相手は今外を意識しているから、逆にそろそろ中に入れてもいいんじゃない?」というようなニュアンスで伝えるのか、それだけでも言葉を受け取る側の意識は随分変わってくるんですね。
* スローされたボールがサイドラインを越えてコート外に出ること。ゴールボールのコートは縦18メートル、横9メートルの広さで、ラインテープには太さ3ミリメートルの紐が入っており、選手はその凹凸を頼りに自分の位置や方向を把握する。
見えないから不安になる気持ちの部分を、周りの選手たちの言葉でカバーするんですね。
スローイングをするウイングの選手と残りの2人の選手たちの間でも、ボールが相手のどの選手の、どの部分に当たっているかというのは考えが違うことがある。常に自分の考えてることが100%ではないからこそ、コートに立つ3人の意見を合わせて、より確実さを高めていくんです。ベンチとのやり取りも鍵になります。ベンチの修正の声を各ポイントで聞いて、それをコートの中で私たちが感じていることに合わせていく。私はセンターのポジションの選手として、そのパイプ役を担うのが大きな役割です。
それを戦況が常に変化する試合の中で行うのは、困難な作業ですね。選手たちの意見が割れる時は、どのように修正をしていくのでしょうか。
一番大事なのは、投げる選手が迷わないということです。見えない中でボールを投げるのは非常に繊細な作業で、少し気持ちがブレただけでも、ボールを投げる手先に迷いが伝わってハイボールになったりミスを生む原因になる。まずは、投げる人が投げるコースを判断して、投げ終わったあとでみんなで声をかけて共有していきます。コートの中では常に「次はここ」「次はこうしよう」という声が飛び交っているのですが、例えばもしそこで誰か一人返事をしない人がいれば、お互いの考えや気持ちに差異が生じてきてしまいます。コートの中では、自分が聞こえたこと、理解したことには何かしらのレスポンスをするということが徹底されているんです。
自分が持っている感覚とコーチやスタッフの指示が違う時に、それでも自分の感覚を信じる時はあるんですか。見えている人が言っていることと、だけど、自分が体感していることが明らかに違う時、それでも自分を信じることはありますか。
外からの指示を信じますね。なぜかというと、見えていない以上は、どんなに自分がそうだと思っていてもそれは100%ではない。客観的に見た分析の中でフィードバックをもらっている場合は、まずは外からの指示を信じてやってみて、そのうえで「こういう時はこうなるんだな」という自分の引き出しを増やすことが大事です。そうは言っても、以前は自分のボールの取りやすさとかを優先してプレーしてた時期もあったんです。でもね、怪我がちになったり、うまくいかないことのほうが多かったんですよ。自分を信じることの大切さはあるんですけど、信頼している、ずっと私を見てきてくれているコーチやスタッフが言うことなら、素直に受け入れるほうが成長すると思いますね。
私たちは実際にコートは見えていないけど、
それでもやっぱり見ているんですよ。
見えてないけど、見えてる
あらゆる音を取る
ゴールボールという競技の本質
相手が見えないということは、実際にコートに立って投げられたボールを受けるまでは、身をもって相手の実力を把握することはできませんよね?
そうですね。(ボールを)受けてみて初めて、っていう感じです。世界大会に出ると、ボールスピードもまったく違いますし、ボールが当たった時の衝撃も本当に凄い。競技を始めて間もない頃にブラジルのチームと対戦した時、胸をブチ抜かれてしまって……試合が終わって、肋骨が折れてるということもありました(笑)。今は練習でも男子に投げてもらっているので、日本の女子チームのディフェンスが評価されているのは、男子チームのおかげでもありますね。
練習で重点的に鍛えているのはどんな部分なのでしょうか。
体力と筋力の強化もあるんですけど、やっぱり一番は感覚の部分をいかに合わせていくかの作業です。私たちは実際にコートは見えていないけど、それでもやっぱり見ているんですよ。見えてないけど、見えてる。相手のコートの端から端までの距離とか、相手がどこに立っているとか。それを正確に「見る」ために、いろんなところにボールを落としてもらって、音を取るトレーニングをするんです。具体的には、ゴールは9メートルあって、それを1メートルごとに番号を振っていって、移動の足音やボールの投げ出しの位置から予測する。他にも、音からボールの軌道を捉えて自分の体のどこでボールを受けるのか、とか――そういうことを、普段のトレーニングで鍛えています。
実際に見えている人は自分の目に映ることの範囲でバランスはとっていけますけど、見えていない人の場合は、自分の体の動きを常に固定化する必要があるんです。安定したパフォーマンスのために、基準を作るというか。だから、自分の体の動きを知ることは、すごく大事な作業なんです。
練習から、感覚の解像度をあらゆるレベルで高めていく必要がある、と。会場の床の質感や観客の雰囲気などが違えば、それを毎回チューニングするのも難しそうだなと感じました。
まったく変わってしまいますね。天井の高さや観客席の配置、壁の有無で音の響きが変わってしまう。そうすると相手のコートを真っ直ぐに見られなくなるんですね。大会や試合の中で、どれだけスピーディーにチューニングしていけるかが力の差になってくるんだと思います。
「音を取る」ということですが、具体的には試合を通してどれだけの音を取っているのでしょうか。
相手の足音や息づかいは、相手がどれだけ疲れているかを判断する材料になりますし、攻撃面では逆に音をフェイクに使って相手を撹乱させることもあります。あとは、すね当てやプロテクターをしている選手もいますから、それもボールが当たった時の音を判断するうえでは重要な要素になってきます。試合中は本当にいろいろな音が聞こえるんですよ。私もそのことを理解できるようになるまでに、競技を始めて1年間くらいはかかりました(笑)。
浦田さんはパラリンピックへの初出場が2008年の北京大会ということですが、競技を始めてからわずか3年でのことですよね。最初のパラリンピックでは、どんなことを感じましたか。
最初は衝撃的でしたね。こんな大舞台で自分がミスしたらどうしようっていう気持ちと、観客の声援の凄さと……それで結局、雰囲気に飲まれちゃって。体は硬いし、普段の練習でできていることもまったくできなくなってしまった。普段だったら気づける音にも気がつけないし、自分の世界に入ってしまう感覚が強くて、周囲のことにアンテナを張れなくなってしまいました。集中していれば、拾いたい音だけ拾えるのに、それができないと全体がざわざわしていろんな音が気になっちゃうんです。
40歳を過ぎて、一般的にはアスリートとしての肉体的な向上はなかなか見込めない年齢だと考えられていますが、ゴールボールはむしろ感覚的な部分を研ぎ澄ましていく競技でもあるから、成長の伸びしろはまだまだ感じられますよね。
感じます。たとえ見えていても見えていなくても、100%を追求しようとすれば、年齢は関係ないなって思っています。金メダルを獲った試合でも、あのボールの投げ出しはどこからだったのかとか、最後までわからないこともあるから、やり切ったということは絶対になくて。それが自分の中でまた引き出しを増やすきっかけにもなるので、ゴールボールに関しては経験値とか感覚的な能力の向上はすごく大きなウェイトを占めていると思いますね。
見えないから、音に気がつける。
そこで見えるものがある。
それはマイナスじゃなくて、
自分の強みになっていくものなんだって。
見えていると気づけない
見えなくなって初めて、気づける
十数年におよぶ競技キャリアを振り返って、自分個人としての歩んできた道のりや、あるいは日本のゴールボールチームの成長をどのように感じていますか。
ゴールボールに出会って、自分の世界が本当に変わってしまったんですよね。私は見えないことがとてもコンプレックスで、見えないからあれもできない、周りと同じことができないんだって、すごく後ろ向きの考えを持っていて。でも、ゴールボールは当然ですけど、見えないことが言い訳にならないんですよ(笑)。ミスしても、「あ、見えなかったんで、すいません!」って言えない。そうすると、自分自身と正面から向き合うしかないんですよね。見えないから、音に気がつける。そこで見えるものがある。それはマイナスじゃなくて、自分の強みになっていくものなんだって。本当、性格変わりましたよ、私(笑)。
性格が変わったんですか。
やっぱり自分の可能性をすごく感じられるようになったというか。私たちは見て学んだり、ビデオを見て相手の研究をしたりとかできないから、どうしても何かひとつのことを習得するのに時間がかかるんです。自分でやってみて、違うよって言われて修正して、その微調整の繰り返しなので。そうすると、今自分がこうして競技に取り組めているのも、ゴールボールの歴史とともにあるというか、その積み重ねてきたものをもらって、できていることがあるんだなと考えるようになったんです。今の若い子たちはさらに積み重ねてきたものを得ているわけですから、これからもっとこの競技は成長していくし、そのスピードも上がっていくんじゃないかと思うんですよね。
今後、ゴールボール日本代表チームが強くなるためには、競技人口を増やしていくということも大事なことですよね。今日、浦田さんのお話を伺っていると、何かしら後天的でも先天的な理由でも目が見えなくなったり、見えづらくなった方が、ゴールボールをやることで感覚が鍛えられるというメリットもあるのかな、と。そうすると、競技がさらに普及していく可能性を秘めているんじゃないかと思ったんです。
その通りだと思います。もっと言えば、ゴールボールは視覚障がい者だけがやるものではなく、一般の方もぜひやってみる価値はあるんじゃないかと思っているんです。実際に普通校の体育の授業で取り入れている学校があるみたいなんですけど、何が良かったかって、お互いが意思疎通をするのに、相手を思いやる気持ちが大事だってことに気がつけるということで。例えばお互いにアイシェードをしていたら、「こうだよね?」という問いに「うん」と頷いているだけじゃわからないとか、ボールをパスする際にノーバウンドで渡したら危険だとか、そういう気づきがたくさんある競技でもあるんですよ。それって、日常生活においてもすごく大事なことじゃないですか。だからもっと、競技人口を増やすこともそうですけど、一般の中でこの競技が広まっていけばいいなって思うんです。
見えていると気がつけないことにたくさん気がつくことができる。ゴールボールの選手たちが普段コートの中でやっていることの中には、障がいの有無に関係なく、普遍的な人間生活において重要なことが多く含まれているということですね。
きっと見えていれば、それが必要ないからやらないんですよね。でも、見えない状況になった時に、そこで初めて見えてくるものがあるってことに気づけるんじゃないかと思うんです。

浦田 理恵 | Rie URATA

1977年、熊本県出身。ゴールボール女子日本代表候補。ポジションはセンター。20歳の時に網膜色素変性症を患い、両目を失明。一時はそのショックから引きこもるも、ゴールボールに出合いその魅力にのめり込む。競技を始めてわずか3年の2008年、北京大会でパラリンピック初出場を果たすと、2012年のロンドン大会で金メダル獲得。2016年のリオ大会では5位入賞。守護神として活躍する。2016年までは日本代表のキャプテンとしてもチームをまとめた。