人をつなぐ、街をつくる、社会を変える。さまざまな課題を解決に導く“eスポーツ”の可能性
近頃よく耳にする“eスポーツ”。パソコンで行う対戦ゲームというイメージが強く、「たかがパソコンゲームにすぎない」とか「ゲーム依存症になる」など、ネガティブに捉えている人も多いのではないだろうか。しかし近年、地方創生や教育、共生社会の実現のために積極的にeスポーツを活用しようとする動きが出てきている。そんな中、「ICT×eスポーツ」を通じて新しい文化や社会の創造、地域社会と経済への貢献を目指して設立された株式会社NTTe-Sportsの取り組みが注目を集めている。同社副社長・影澤潤一氏にeスポーツの可能性についてお話を伺った。
高齢化社会の問題、共生社会の実現にeスポーツで取り組む
影澤氏を訪ねたのは、配信スタジオやカフェも併設するeスポーツ施設「eXefield Akiba」。最新の機材を備え、幅広い層へのeスポーツの文化の定着と場を提供することを目的に、NTTe-Sportsが2020年8月に秋葉原で開業した。eスポーツの市場規模は年々増大しており、2018年には世界全体で約1000億円に達したと言われている。注目を集める一方で、ネガティブな反応も多いが、影澤氏はeスポーツをどのようなものと定義しているのだろうか。
「たかがゲームでしょ? とか、ゲームばかりしているとろくな大人にならないなどと言われますが、eスポーツはそれだけじゃありません。とは言え、eスポーツに関連してこんな職業があるとか、プロゲーマーになると賞金が稼げるなんて言うと胡散臭くなりますよね。そうではなくて、ゲームをすることで成功や失敗の体験を積み重ねながら課題を解決し、目的を達成していくことができる。そういう体験を身近で楽しみながらできるのがeスポーツで、みなさんが好きで日々取り組んでいることと同じなんですよ、と説明して共感してもらうのが第一歩。そこから次のフェーズとしてeスポーツは教育や福祉、地域の人たちが抱えている課題にも活かせるというメリットがあるという話はよくしますね」
地域の人たちが抱えている課題という言葉が出たが、事実NTTe-Sportsの設立にも、さまざまな課題解決の必要性の高まりが深く関係している。
「元々私はNTT東日本の新規事業を検討する部署にいました。地方では若者が土地を離れていき、高齢化社会が長年の問題でした。そして、障がいがある方との共生社会の実現も課題としてあり、そんな地域の活性化をメインミッションとして考えていたところ、2018年にeスポーツがずいぶん取り上げられるようになってきていて、じゃあeスポーツを利用して何かできないかということになったんです。多くの課題を抱える自治体の方と協議を重ねるうちに、eスポーツをフックとして新しい価値や体験を想像する会社を作ろうということになり、副社長に就任しました」
実は影澤氏は、知る人ぞ知る筋金入りのゲーマーだったのだ。eスポーツを盛り上げていこうという話になったときも、自身のゲーム活動は周囲にはまだ知られていなかった。ところがある配信イベントに出演していた記事を会社の人が目にし、ゲーマーであることがバレてしまう。そこで、新事業のリーダーとして白羽の矢が立ったのだそうだ。
「好きなものを仕事にしたいという気持ちはありましたが、たとえばゲーム業界で働きたいかというとそうではなくて、純粋にゲームを楽しめなくなっちゃう気がしたんです。僕自身はインターネット黎明期に大学生で、ネットを通じていろいろな人と出会ったり、いろいろなことを知ったりして、ネットの可能性に大きな魅力を感じたので、それを仕事にしたいと考えて通信業界を志望しました」
eスポーツで不登校の子どもたちの将来の道を切り開きたい
影澤氏にとっては、思いがけない形で自分の好きなものと仕事が結びついたということだろう。会社設立は2020年の1月末。しかしここで、コロナ禍という壁が立ちはだかることになる。緊急事態宣言の発出などによって、イベントは中止になり、同年8月に開業したeスポーツ施設「eXefield Akiba」も営業が制限された。
「コロナに関しては、いろいろ大変なこともあるんですが、eスポーツに関してはオンラインが普及したことで、もう一歩進んだんじゃないかと思っています。たとえば、老若男女どんな方でも、障がいがあってもeスポーツはできますよと言っても、一人ではその場所に行けないとか、人の目が気になるとかで難しいと感じる方はいました。でも、オンラインならばハードルが一段下がります。じゃあやってみようかと思う人は確実に増えたのではないでしょうか」
「eXefield Akiba」では、引きこもりの生徒を支援するフリースクールを運営するNPOから場所を使わせてほしいという依頼があり、生徒たちがやってきてeスポーツに興じるということもあるのだそう。
「そういった子たちが来ても、一般のお客さんが楽しんでいるのと何も変わることがない。むしろ、もっと楽しそうに生き生きとパソコンに向かっている姿を見ると驚きますね。見学に来た人たちに、実はあの子たちは……という話をすると、みんなびっくりします。“実は知り合いにも同じような子がいるので声をかけてみよう”とおっしゃる方もいて、一歩一歩は小さいかも知れませんが、eスポーツのイメージを変えることに繋がっているんじゃないかなと思います」
NTTe-Sportsは、若者がeスポーツを楽しめる環境を提供し、eスポーツ業界を成長させていくことを目的として、4月に株式会社ディー・エヌ・ケーが開校した「eスポーツ高等学院」の設立と授業運営の支援も行っている。教育事業は、同社のミッションとして掲げる5つの事業、「eスポーツ施設事業」「サポート・教育事業」「プラットフォーム事業」「イベントソリューション事業」「地域の活性化コンサル事業」のひとつではあるのだが、単にゲームの技術やプログラミングなどを教えるという意味での「教育」を対象にしているわけではない。
「部活動や授業などで提携できないかというお話は、いろいろな学校さんからよくいただきます。確かにeスポーツに興味を持って将来的に選手になりたいと目標を持つのは良いと思うんですが、このeスポーツ高等学院の場合は若者が将来自分が進むべき道をきちんと作れるように、何か理由があって高校に行けないとか、普通科に行けないという生徒も将来がだめにならないようにしていきたいと考えているんです。好きなゲーム、eスポーツを学びながら高校生活を送って将来に繋げていきたいというのがコンセプトだというお話しをされていたので、じゃあ一緒にやりましょうと『eスポーツ高等学院』と提携することになりました」
実は、影澤氏の知人には軽度の発達障がいのあるお子さんがいるそうだ。小学校入学当初は勉強についていけないというようなこともあったらしい。しかし、誰か大人が教えたわけではないのだが、いつの間にかYouTubeなどを見ながらいろいろ調べてゲームが得意になっていたのだという。
「親はeスポーツで食べていけるようになってほしいとは思っていないようですが、ゲームを通じて字が読めるようになったり、コミュニケーションがとれるようになって一緒にゲームをして友達ができたりしているのを見ると、eスポーツの可能性は広がっているなというのを実感しますね」
eスポーツの魅力は老若男女、性別、障がいの有無を超えて楽しめること
eスポーツは、どちらかというと地方で注目を集めているような印象もある。それは、さきほど影澤氏が述べたように高齢化社会や共生社会という課題解決の可能性に地方自治体が希望をもっているからではないだろうか。
「最近NTTe-Sportsでやらせていただいた自治体の事業で印象に残っているものが2つあります。ひとつは昨年11月に開催された群馬県の“U19eスポーツ選手権”。群馬県ではeスポーツの特性を活用した“地域創生(ひとづくり、まちづくり、しごとづくり)”と“群馬のブランド力向上”に取り組んでいて、このイベントも県をあげて大きな予算をつけて開催されました」
『U19eスポーツ選手権』は、学校の枠にとらわれず、19歳以下の国内最強のチームを決定する、全国初のeスポーツ競技大会だ。5人1組のチームで対戦し、チームワークやコミュニケーション能力、戦略思考などを競う。第1回大会は、全国から61チーム、327名の応募があったという。
そして、影澤氏の印象に残っているもうひとつのイベントは、大分県で開催された『おおいたeスポーツグランプリ2022.March ~5Gとeスポーツで新たな可能性がつながり、ひろがる!~』。こちらは、年齢や性別、障がいの有無にかかわらず誰でも参加できるイベント。一般部門と障がい者部門のそれぞれで予選を行った後、各部門の上位4名で混合チームを4組つくり決勝トーナメントを行うというもの。
「自治体のイベントだと税金を使うので、税金を使って遊んでいるのかという否定的な意見はありました。でも、課題解決のためにやっているわけですし、みんなが楽しんでいる様子を目にすれば、そういう意見は少なくなっていきます。両県でのイベントは僕も行きましたが、家族連れでみんなが楽しんでいて、雰囲気もとてもよかったです。大分では障がいのあるなしにかかわらず参加できるということで、事実、優勝されたのは発達障がいのある方でしたが、意識しなければ障がいがあるかどうかなんてわかりません。それでわかったのは、障がいの有無で線を引いていたのは、むしろ僕らサイドだったということですね。そういう線引きを取っ払うことができたのはとてもよかったと思います」
市場拡大に向けて、社会人のためのeスポーツリーグを開催
NTTe-Sportsは、設立から丸2年がたった。冒頭に述べたようにコロナ禍により、当初予想していたほどにはeスポーツは盛り上がりを見せていないのは事実だという。そんな中、影澤氏は今後どのような展望を持っているのだろうか。 「時期的なことを言うと、25年の大阪万博、26年の名古屋で開催されるアジア選手権大会までには、eスポーツをもっと普及させたいと思っています。そういった意味で今年来年は勝負の年です。もっと多くの人が関わって参加したり応援したりできるように、僕のように社会人で働きながらゲームをやっている人たちを対象にした社会人eスポーツリーグ“B2eLEAGUE”を5月に開幕することになりました。目的は、社会人のゲーム好きが仲間を作り合って、その仕組みを全国展開して、各地域で自走できるような形にしていくことです。これをきっかけにもっともっと盛り上げていこうと思っています」
eスポーツというと所詮ゲームだという否定的な見方が相変わらず強い。しかしそれは、eスポーツのひとつの側面しか見ていないのではないか。コロナ禍で思うように人と接することができない局面では、貴重なコミュニケーションのツールにもなる。影澤氏は「一緒にオンラインでeスポーツをしている仲間が、最近入ってこないとなったら、なにかあったのだろうか? と心配するようになる。高齢の方には、そんな風な使われ方もあると思う」と語った。eスポーツでみんなが興じるゲームはあくまでもツールだ。どんな楽しみ方をするか、どこまで活用できるか、さまざまな可能性が秘められている。
text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
photo by Kazuhisa Yoshinaga, NTTe-Sports