本当のダイバーシティが体系的にわかるおすすめ本5冊
今さら言うまでもなく、多様性(ダイバーシティ)を受け入れることは日常生活ではもちろんのこと、企業が行う経済活動でも必須の要件。変化の激しい時代に柔軟に対応できる組織作りには、さまざまな属性、特性のバラエティに富んだ人材が集まることが大事であるのは、みなわかっている。ただ、実際のところどうしたらいいかわからないという人は少なくないのではないか。そんな、ダイバーシティ、多様性について本当のところを学びたい人におすすめの5冊をご紹介する。
今回、本を選定しコメントを寄せてくれたのは、以前『ダイバーシティ(多様性)、D&Iとは?多様性は日本の社会をどう変えるか』の記事でお話を伺った羽生祥子氏。女性が「生涯就業力」を身に付けることの重要性を説いた大学学長の著書から、アジア系アメリカ人の詩人が人種アイデンティティーへの複雑な想いを綴ったものまで幅広く網羅されている。どんな立場にいる人にも気になるテーマがあるはずなので、是非読んでみていただきたい。
本当のダイバーシティが体系的にわかるおすすめ本についての目次
“女性活躍”はまだ道半ば。今こそ“真の女性活躍”に向けて考える時
『女性の一生』大日向雅美著(日本評論社)
著者は、恵泉女学園大学学長。心理学者で、1970年代初めのコインロッカーベビー事件を契機に、母親の育児ストレスや育児不安の研究に取り組んできた。内閣府や厚労省が立ち上げた子育て支援関連の委員会の委員のほか、NHK Eテレの育児応援番組「すくすく子育て」のアドバイザーを長年務めている。
女性活躍推進が叫ばれ、女性の活躍の場が増えたと考えられている日本の社会だが、若い女性たちと触れあう機会の多い著者の視点から見ると、女性の生きづらさはまだまだ解消されていない。それはいったいなぜなのか。
本書は、未来に希望をもって社会に出て行こうとする女性たちを逃げ腰にさせるものの正体を明かし、自分を大切にするのと同じように他者や社会に尽くす“生涯就業力”を身に付けることを勧める。特に若い女性たち、娘をもつ母親たちに向けて書かれた“女性の生き方”を考える一冊。
【羽生氏おすすめコメント】
「男は働き、女は家事」という性別役割分業が、なぜここまで日本にはびこっているのか? それは1970年代の高度経済成長期や福祉予算削減期に、当時の政府が “家庭基盤充実構想”のもと、家事育児に専念する女性を賛美した政治経済的な背景があると、大日向先生は鋭く指摘します。50年以上も前の「1970年代モデル」はすでに改革されています。擦り込まれた性別ステレオタイプは時代遅れだと痛感。女性への愛と喝にあふれる必読書です。
失敗しない決定を導くために必要なものは多様な意見
『集団浅慮』アーヴィング・L・ジャニス著(新曜社)
“集団浅慮”とは、文字通り皆で議論し考えたにもかかわらず、好ましくない判断をしてしまうこと。会議などで自分の意見を言いにくい空気を感じた経験は、誰にでもあるのではないだろうか。そうした同調圧力によって失敗を招いてしまうリスクが、多様性に乏しい集団でより大きくなることは想像に難くないだろう。
本書は、ベトナム戦争やキューバのミサイル危機、ウォーターゲート事件など、アメリカの歴史的に重大な政策決定の事例(しかも、失敗に終わった)を取り上げ、論議の過程を詳細に検証。よりよい結論を導くために、リーダーはメンバーにどのような働きかけをすべきか。まさに多様な意見を検討することが、よりよい組織作りにつながることがわかる一冊。
【羽生氏おすすめコメント】
均一的なメンバーでできた集団が、いかに同調圧力や自己抑制にさらされているかが分かるおすすめの一冊。“多様性ゼロ組織”に働く心理的な影響が、意思決定をどのように失敗に追い込んでいくのか、豊富な事例とともに読めます。私は企業での多様性研修で、8章の「集団浅慮の症状」を引用して解説しますが、多くの方が「心当たりがある!」と危機感を抱きます。10章は企業や学校など一般的な組織にも当てはまるヒントが満載です。
目立たない小さな差別こそ、危険な破壊力を持つ
『日常生活に埋め込まれたマイクロアグレッション』デラルド・ウィン・スー著(明石書店)
2020年5月にアメリカでアフリカ系アメリカ人の男性が白人の警察官に首を圧迫されて死亡した事件。それに端を発して全米に広がった抗議運動は、私たちの記憶にも新しい。この事件でBLM(Black Lives Matter)運動について知った人も多いのではないだろうか。
“マイクロアグレッション”とは、マジョリティの人々が自覚や悪意なく、何気ない言動や行動でマイノリティの人々に向けてしまう先入観や偏見、差別のこと。本書は、有色人種、女性、LGBTQに対するマイクロアグレッションの破壊的影響について分析するとともに、それらを乗り越えるための具体的な提案を記している。D&Iを推進する上で避けては通れない壁を突き破るための一冊。
【羽生氏おすすめコメント】
無意識で、あいまいで、生活に溶けこんでしまっている小さな差別を「マイクロアグレッション」と呼び、実態を解明していく本。日本でもアンステレオタイプという言葉が浸透してきていますが、アメリカでも数的少数派(マイノリティ)の葛藤と挑戦があると分かります。数的多数派(マジョリティ)が、職場・家庭・教育の現場で、知らず知らずのうちに加害者となってしまうという現実を知る一冊。公平性という視点を持つきっかけになります。
詩人が語る少数派に対する差別への複雑な想い
『Minor Feelings: A RECKONING ON RACE AND THE ASIAN CONDITION』Cathy Park Hong著
人種差別は、BLMの問題だけではない。コロナ禍では、アジア系に対する人種差別が広がった。日本人の著名なジャズピアニストがニューヨークで暴行を受け、大事な腕に重傷を負ったというニュースに、日本人も少なからずショックを受けたのではないだろうか。
本書は同じくアジア系アメリカ人の学者であり詩人のキャシー・パク・ホンが、日々感じる・体験する差別についての想いを綴ったエッセイ集で、大きな話題となり全米批評家協会賞を受賞した。まだ日本語に翻訳されていないので読むには原書をあたるしかないが、電子書籍もある。英語はハードルが高いという方には、グレタ・リー主演のドラマ化の話が進んでいるという報道もあるので、それを待っても良いかもしれない。
【羽生氏おすすめコメント】
韓国人の両親を持ち、アメリカで生まれ育ったアジア系女性学者による、人種の多様性と差別を考察する一冊。ここでいう差別とは、周囲によるものだけでなく、国・学校・地域など各コミュニティにおいて常に少数派だったアジア出身者の複雑な心理と歴史のこと。多様性や集団心理とは、自己の内部にも生まれるものであり、それを乗り越えていく過程が必要だと分かります。表紙の炎の絵とは裏腹に、冷静でポエティックな語り口が魅力。
多様性は“建前”ではない。むしろ“本音”になるべき概念
『SDGs、ESG経営に必須! 多様性って何ですか? D&I、ジェンダー平等入門』羽生祥子著(日経BP)
今やある程度の規模の企業・組織なら、SDGsやD&Iに前向きな姿勢を取るのが当たり前になっている。なぜなら、そうしないとまっとうな企業・組織として認められないからだ。しかし、現実では日本の組織は依然としてダイバーシティの実現が進まず、世界経済フォーラムが発表した2022年のジェンダー・ギャップ指数の日本の総合順位は、146か国中116位と、目も当てられない状況。なぜ日本ではD&Iが進まないのか。
そこでおすすめする1冊は、上記4冊を推薦してくれた羽生祥子氏の著書。羽生氏はメディアでの取材経験、そしてさまざまなデータを元に日本の現状を分析。“多様性に欠ける組織によくある言い訳トップ5”に答える形で、“なぜ組織には「多様性」が必要なのか”を明らかにしていく。実のところ多様性はよくわからない、どうしていいかわからないという企業人は必読の一冊。
D&I、多様性については、わかったつもりでもわかっていないことが多い。今回羽生氏が推薦してくれた4冊と羽生氏の著書には、筆者もハッとさせられるテーマがあった。特にマイクロアグレッションについて、自分でも知らないうちに誰かを分類し、差別していることが果たして絶対にないと言えるだろうか。どんな人も排除せず、皆がそれぞれ居場所のある社会を作り出すためにも、必要なことが網羅された5冊なので、是非じっくりと読んでいただきたい。
PROFILE 羽生祥子
著作家・メディアプロデューサー、(株)羽生プロ代表取締役社長
京都大学農学部入学、総合人間学部卒業。2000年に卒業するも就職氷河期の波を受け渡仏。帰国後に無職、フリーランス、ベンチャー、契約社員など多様な働き方を経験。編集工学研究所で松岡正剛に師事、「千夜千冊」に関わる。05年現日経BP入社。12年「日経マネー」副編集長。13年「日経DUAL」を創刊し編集長。18年「日経xwoman」「日経ARIA」を創刊し総編集長。20年「日経ウーマンエンパワーメントプロジェクト」始動。内閣府少子化対策大綱検討会、厚生労働省イクメンプロジェクトなどのメンバーとして働く女性の声を発信する。22年羽生プロ代表取締役社長。直近は内閣府小倉大臣検討会「女性活躍と経済成長の好循環実現のための政策検討会」委員を務めG7に向けて提言を作成した。
text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)