エスコンフィールド秘話ーーバリアフリーから見る新球場の理念「誰もが自分なりに楽しめる場所に」
2023年3月に開業した北海道日本ハムファイターズの新球場・エスコンフィールドHOKKAIDOと、周辺エリアを含めた北海道ボールパークFビレッジ。斬新な設備や仕掛けで、野球ファンのみならず大きな注目を集めています。まさに、新時代のスタジアムと言うにふさわしいエスコンフィールドとFビレッジですが、現代社会には欠かせない視点であるバリアフリーについては、どのような考えで設計・運営されているのでしょうか。
パラサポWEBでは、主に設計を担当した株式会社ファイターズスポーツ&エンターテイメント事業統轄本部 企画統括部 ファシリティ&デベロップメント部部長の小川太郎さんにインタビュー。自称「日本で一番、球場で野球観戦している車いすユーザー」のブッキーこと伊吹祐輔さんが、根掘り葉掘り伺いました。
「障がい者」と「健常者」を区別しない世界観
伊吹祐輔さん(以下、ブッキー):昨日、今日とエスコンフィールドとFビレッジをいろいろと見て回ったのですが、嬉しかったことが2つあったんです。1つは、とにかくバリアフリーが当たり前のようにできていたこと。凄いなと思いました。
小川太郎さん(以下、小川):ありがとうございます。
ブッキー:そしてもう1つが、障がい当事者と健常者とを分けている世界がないと言いますか、あまり感じることがなかったことです。特に印象的だったのが、コカ・コーラゲートからお花畑の中を下りるスロープがあるじゃないですか。
小川:はい、ガーデンのところですね。
ブッキー:あのスロープを通っていた時に、後ろから自転車の2人組がスーッと僕を追い抜いて行ったんです。その光景がすごく自然だったんですよね。今までこういう場所を通るときは、ここは車いすの道だからと、自転車の方たちが申し訳なさそうに「ごめんなさい」と言いながら通るとか、もしくはその逆で、自転車用の道を僕が行かせてもらって「ごめんなさい」とか。でも、ここのスロープではそんなことがなく、お互いがすごく自然に通れたんですよ。
小川:なるほど。そんなことがあったんですね。
ブッキー:はい。それで、なぜだろう?と考えたら、あのガーデンのスロープには全く柵がなかったんです。何かこう“安全面”を強調しすぎると、それを守らなきゃいけないと、柵が増えたりしてどうしても人工物的なものになってしまう。ところが、ここでは「障がい者のために作られているものですよ」ではなくて、「障がい者の方も来るんでしょ? だから、これがあるんだし、使えばいいじゃん」という、この感覚を久しぶりに味わいましたね。
小川:そう言っていただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます(笑)。
ブッキー:このバランスって難しいですよね。
小川:はい、そこは本当に難しいです。ガーデンも含めたFビレッジの大きな思想として、多様性を持って、色々な方が自分なりに楽しめるということと、それぞれが違うことを許容するということを目指していて、この人はこの人、あの人はあの人と変に分けて意識はしたくないなと思っていました。
車いすの方に限らず、Fビレッジやエスコンフィールドは野球が好きな方々がたくさん来る場所ではありますが、でも野球に興味がなくても楽しめる。野球が主目的ではなくても色々な趣向をもった人たち、例えば温泉に行ってみたい、子どもを遊び場で遊ばせたいとか、そういう多種多様な人たちのハードルを下げて、簡単に来ることができるということを、すごく大事にしています。
その中で、バリアフリーや、車いすの方でも健常者でもストレスがないように意識する、という考え方は全体の設計の根幹としてありました。一方で、Fビレッジは傾斜がけっこう多い立地なんです。
ブッキー:はい、そういう土地だと感じました。
小川:なので、どうしても大階段が必要になります。ベビーカーを押すお母さんであったり、自転車の方、車いすの方など、様々な人の利用がある中で、コカ・コーラゲートから下のエリアに行くためには球場内を通ってエレベーターを使って行ってもらうのか、外にスロープがある方がいいのか話し合い、「やっぱりスロープがあった方がいいよね」となって、あの形になったんです。
ハードルを下げて、色々な人が楽しめる場に
ブッキー:なるほど。やっぱり、シミュレーションは結構されましたか?
小川:はい。気持ち良く歩いていただけるようにとの思いから、エレベーターではなくあのガーデンの形になったんです。ただ、先ほどお話しいただいたように、安全面から「もしかしたら危ないのではないか」という意見も出ていました。安全性と施設の魅力とのバランスは開業後もレビューをしているのですが、すごく難しいなと感じています。良いところがある一方、でもやっぱり安全を大事にしなければいけないとなると、何かをルールとして制限しなくてはいけない。
ブッキー:そうなんですよね。僕個人としては、今の形のままで残してほしいな(笑)。
小川:僕もどちらかと言うとそう思いますが、難しいバランスだなと思いながらチームの中でも検討しています。
ブッキー:バリアフリーやアクセシビリティを考える中で、印象に残っていることはありますか?
小川:私は設計の部分を担当していたのですが、私だけでは気づかないことも多く、「そういう考えがあるんだ」という発見が仕事をする中でたくさんありました。先ほどのお話の中にもハッと気づくことがありました。時には「車いすの方はこちら側」と分けることは大事なことでもあると思いますが、それをあまりやりすぎずに、自然と楽しめる雰囲気に溶け込めるといいんだろうなと、今ブッキーさんのお話を聞いていて思いましたね。ですから、冒頭にお話いただいた言葉は本当にありがたいなと思いました(笑)。
難しい面はあるのですが、ハードルを下げて、色々な人がいるけれど、それぞれが許容しあって、お互いに嫌だなとも思わず、それぞれで楽しんでいる。Fビレッジやエスコンフィールドはそんな感じの場所にしていきたいと思っているんです。
ブッキー:先ほど、ファイターズで近距離モビリティ「WHILL」の導入を担当された方にお話をお聞きしました。その方のお母さんが車いすユーザーで、担当者の方は野球をやっていたけれど、球場にはなかなか連れていけなかったそうです。そんな思いから、エスコンフィールド担当になって「これがあれば自分の母のような人も野球場に観に来られるだろう」と「WHILL」を導入したところ、利用台数が増えているそうですね。
小川:そうなんですよ、今では倍ぐらいに台数を増やそうと話しているところです。
ブッキー:ですので、何かこう、自分のサイドストーリーと自分のやっていることって紐づくし、思い入れも強くなる。そうした人たちがこの球場に携わっているということに、僕はこれからの可能性をより感じましたね。
大きなテーマは「次世代の子どもたち」「若い世代」
――360度コンコースを歩きながら、ブッキーさんが「車いすからでもフィールドをよく見渡せる。これは偶然なのか、狙ってのことなのかは分からないけれど」と、ポロっと感想を話していました。この点は意識されていたんですか?
小川:はい、そこはメチャメチャ重視したところです。コンコースも座席も、健常者も含めて、サイトライン(観客から見える視界・目線)はものすごく細かく設計しましたね。これまでの球場よりもさらに細心の注意を払って、「最大公約数的に(なるべく多くの方が)よく見える」ためにどう設計するかということはかなり注力しました。
――360°コンコースにある立見席からでも、ブッキーさんがひょいっと顔をのぞかせただけで、フィールド全体がよく見えたんですよね。
ブッキー:そうなんです。ちょうど、立ってビールを飲んでいる男性の隣にお子さんがいたんですよね。結局、僕らのような車いすユーザーも、親子で見るのも一緒なんですよ。お父さんは上からビールを飲みながら見る、子どもも下から一緒になって見ることができる。そういった部分をもっと表に出していってもいいと思います。球場外のガーデンを下りた先に子ども用の球場みたいな遊び場がありますよね。
小川:ええ、Fプレイフィールドですね。
ブッキー:そこで撮影してもらったときに、僕の目線を測ったんです。100~110cmでした。ちょうど小学校2、3年生くらいだと思うんですが、そこでの「最大公約数」って、実は何か生まれるかもしれないですよね。
小川:おっしゃる通りだと思います。我々の大きなテーマの1つは「次世代の子どもたち」「若い世代」に少しでも良い機会、きっかけを作ること。ですので、遊び場も多く作っていますし、業界では初めての取り組みなのですが、エスコンフィールドは小学生を入場無料としています。
ブッキー:えー、そうなんですか!?
小川:座席で座って試合を観戦するのは有料なのですが、球場内に入ってしまえば、色々とグルグル見て回れるじゃないですか。
ブッキー:はい、確かに球場内に入るだけで楽しめてしまいますね。
小川:そのことを意識して、あえて有料の座席にしないでも何となく雰囲気を味わえる場所を作り、お子さんは自由に楽しんでもらうことにしたんです。
ブッキー:その取り組み、考えはすごいですね。子どものころの体験が大事というのはまさにその通りで、僕は生まれつき車いすユーザーなのですが、実家は甲子園球場の近くにあって、親が好きだったこともあって子どものころからよく連れていってもらっていたんです。そんな僕の小学校のころの夢はプロ野球選手でした。やっぱり、車いすに乗っている僕でも球場で選手のプレーを見ると憧れました。
小川:インパクトがありますよね。
ブッキー:ええ。いまだに親との思い出と言いますか、一緒に球場に行ったというのは印象深いです。エスコンフィールドでも、娘さんが車いすユーザーでお父さん、お母さんと一緒に観戦している親子を見かけたのですが、すごくいい光景だなと思いました。車いすユーザーの家庭では、子どもと大人が何かを一緒に共有できるということが一般的な家庭よりも少ないのかなと個人的には思っています。そんな中で、親子で一緒に楽しめる環境の一つがこのエスコンフィールドだと思います。
小川:冒頭でもお話させていただいた通り、色々な人があまり隔たりなく、自然と、お互いがストレスなく交わって、みんなが楽しんでいられることが、この場の目指していることの一つです。行った人の記憶の中に良い思い出としてエスコンフィールドやFビレッジがあるというのは、仕事をしてきて最大に良かったこと。地域や人々の生活に少しでも良い影響となるという意味では、思い出の場所にここが連想されるようになることはすごく大事なことだと思っていますね。
ブッキー:なるほど。
小川:また、ハードもそうですが、運営している人たちの役割も重要です。ハードだけで解決できなくても、運営側で一緒に仕事をする人たちがきちんと意識をもっていれば、イレギュラーな対応でも、その場、その場でよく考えて「じゃあ、こうしてみよう」となる。その点は、開業してから数カ月、まだまだこれからです。
バリアフリーの視点から見えてきたのは、どんな人も楽しめる空間にするというエスコンフィールドとFビレッジに込められた理念。多様な利用者の一部として障がいのある人のこともしっかり意識し、議論と検討を重ねて作り上げ、そして今も改善と進化を続ける姿勢は、まさに「インクルージョン」を実現する方法のひとつともいえるのではないでしょうか。 多様な人が集うボールパークがさらに発展していくと、どんな景色が見えるのか。これからも目が離せません!
text by Atsuhiro Morinaga
photo by Haruo Wanibe
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