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世代交代が加速!? 「2023ジャパンパラ水泳競技大会」を沸かせた男子S9のスイマーたち
S9。パラ水泳において、身体の機能に関する障がいの二番目に軽いクラスだ。片腕の肘から下がない選手や片足で泳ぐ選手らが該当する。
とりわけ男子のS9は世界的にレベルが高く、イタリアのシモーネ・バルラームが持つ50m自由形23秒96の世界記録は、健常者女子の日本記録よりも速い。
そんな世界でメダルを獲得した日本のパラスイマーが、リオ2016パラリンピック銅メダルの山田拓朗。3歳で水泳を始め、パラリンピックに5回出場した山田が引退レースと位置づけた「2023ジャパンパラ水泳競技大会」で10代の選手が躍動した。
「勝ち逃げさせない」を有言実行! 自己ベストをマークした大学生の岡島
愛知の日本福祉大2年の岡島貫太(おかじま・かんた)は、生まれたときから右上肢が欠損している。幼少期に水泳を始め、14歳から競技生活をスタート。憧れだった山田の背中を追って練習を積み、来月、中国で開催される杭州アジアパラ競技大会で初めて日本代表に選出された。
「アジアパラはパリパラリンピックを目指す上での通過点。メインの50m自由形(S9)は、(自己ベストが)パリのMQS(最低出場資格基準)である26秒29にあと少しで届くので、その記録を目標にしています。しっかり記録を縮めて強化指定選手になりたいです」
今大会は、アジアパラのリハーサルを兼ねて4種目にエントリー。3種目目の50m自由形は前回2位で、今大会に向けて水泳部の坂口結子コーチ指導のもと、水をかくプルの角度や腰の位置を改良し、飛び込みも特訓した。大会初日から調子もよく、「勝ってパリに向けて自信をつけたい」と考えていた。
もうひとつ、今後の岡島のキャリアにとって重要になるのが「憧れの人に勝つ」という経験だ。今大会は尊敬する山田と勝負できるラストチャンス。前日から「勝ち逃げされるわけにはいかない」と語っており、強い気持ちで最終日の50m自由形に挑んだ。
そして迎えたレースは、プールサイドの選手たちやスタンドの観客らが山田の名前をコールし、独特の緊張感が漂う中で行われた。木村敬一らトップスイマーは記念Tシャツを着て山田の功績をたたえ、日本代表の同期・鈴木孝幸も囲み取材を切り上げてラストレースを見守った。この日、山田への敬意を示して同じ種目にエントリーした富田宇宙も涙を流した。
山田は27秒03でゴール。岡島が26秒71の自己ベストで先着した。
「約1年ぶりの自己ベストもうれしいし、(初めて山田に勝てたことが)めちゃくちゃうれしくてダウンに向かう通路で泣いちゃいました。すごくうれしかったです」
そう満面の笑みで振り返った岡島。8月の大会時に、山田の持ち味である速いピッチ、飛び込み時の頭の角度などを教えてもらったと明かし、「拓朗さんのように後輩思いで、いろんな人から応援される選手になりたいです。これからは拓朗さんの日本記録(26秒00)を追いかけていきたい」と力を込めた。
2位で現役を終えた山田は悔しさではなく喜びをにじませた。
「岡島選手が自己ベストでシンプルにすごくよかったと思います。僕がもうちょっと速く泳いでれば、もうちょっと出たかもしれないと思うと申し訳ないけど、僕としてはやれることを全てやった結果です」と淡々と語り、「もう泳ぎたくないなって思うほど、全てを出し切った。水泳人生を悔いなく終われてよかったです」と続けた。
岡島の勝利は、これまで道を拓いてきた山田に対する、最高のはなむけになったに違いない。
もうひとりの新鋭・川渕も「S9クラスで結果を出したい」
忘れてはならない存在が、前回のジャパンパラで、山田、岡島と50m自由形の表彰台に上がった川渕大耀(かわぶち・たいよう)。左足を切断しており、多くのパラリンピアンを輩出する宮前ドルフィンを主な拠点として練習に励む15歳だ。
今大会は、4種目に出場。山田の引退を知る前に出場種目を決めてしまったといい、50m自由形はエントリーしなかった。
だが、プールサイドでそのレースを見て大いに刺激された。「緊張感のあるレースで岡島選手が山田選手を差して勝った。鳥肌が立ちました。僕も出たかったな」と苦笑い。
その川渕は初日、400m自由形で4分22秒51のアジア記録を樹立。世界ランキング7位相当の記録とあって、来年のパリパラリンピック出場が期待される自己ベスト更新だ。
「もとは山田選手と同じ50m自由形で世界を目指していたのですが、世界の選手を見て400mは手がない選手より足がない選手の方が有利だと感じ400mに挑戦することにしました。萩野公介ら健常者のメダリストのストロークやキックや作戦を参考にして練習をしています」
自己ベストを出すたびに声をかけてくれたという山田については、「S9というすごくレベルの高い世界で戦っていた」と敬意を表し、「次は自分が世界と戦って結果を出し、周りの選手に影響を与えられる存在になりたいです」と話し、日本におけるS9クラスの第一人者を引き継いでいく覚悟を見せた。
最終種目の100mバタフライは岡島との新鋭対決に。結果は、自己ベストをマークした岡島に敗れたものの、一喜一憂せずに前を向く。「次は勝てるようにがんばりたい」と語り、今大会で感じた悔しさを来月のアジアパラで晴らすつもりだ。
パリパラリンピックの前哨戦でもあった8月の世界選手権(イギリス・マンチェスター)ではベテラン勢がメダルを獲得したものの、若手の存在感に欠けた日本代表。パラ水泳をけん引してきた山田の引退レースを通じて、明るい兆しが見て取れた。
text by Asuka Senaga
photo by X-1