子どもにどう伝える? “多様性”の大切さ。平井理央さんに聞いてみた
最近、至る所で耳にする“多様性”という言葉。日本だけでなく世界中の人々が、それぞれの違いを認め合う社会へ向かって歩み始めています。そんな多様性の時代を生きることになる子どもたちに、私たち大人は何ができるのでしょうか。
今回は、6歳のお子さんのママであり、パラスポーツとも関わりの深いフリーアナウンサーの平井理央さんに、子どもたちへの多様性の伝え方についてお話を伺いました。
子どもたちの未来に多様性はどう関わってくるの?
―― まず、さまざまな場面でダイバーシティ(多様性)が話題になっていますが、平井さんがダイバーシティの大切さについて実感したのはいつですか。
「ダイバーシティが大事だとみんなわかりつつも、なぜ大事なのかと訊かれると明確にこうだと答えられる人は少ないのかなと思うのですが、私がすごく実感したのは、2016年にリオデジャネイロで開催されたパラリンピックを取材した時です。オリンピックパークには、国籍や年齢、性別、障がいなど、さまざまな違いを持った人たちが集まっていたのですが、みんなが笑顔で行き交っていて、すごくのびのびとしていたんです。私自身もそこに居ることがとても心地がよくて、なぜだろうと考えた時に、道幅が広いとか段差がないとか、車いすや杖を使っている人にとってアクセシビリティがいい空間というのは、誰にとっても心地いい空間なんだと気が付きました」
―― 多様性というと少数派を優遇しているように捉えられがちですが、実際はすべての人にとってメリットがあるということですね。
「そうですね。今は違っても、誰でもマイノリティ側になることがあると思うんです。それまで当たり前のように通り過ぎていた階段や段差が、ある日突然、大変だと感じることってありますよね。例えば、私は子どもが生まれてからベビーカーで出かけた時などに、これがなければスムーズだろうな、こういう声掛けがあると嬉しいな、といったことを感じるようになりました。
だから、私たち大人だけでなく、小さな子どもたちがこの先どんな人生を歩むことになっても、みんなが幸せで心地よく生きやすい生活を叶える、それが多様性の実現だと私は感じています」
子どもに多様性を理解してもらうために、何ができる?
―― 平井さんは、多様性についてお子さんにはどのように説明されていますか?
「子どもが街の中で点字ブロックを見つけて、『これは何?これは何のためにあるの?』と訊いてきた時は、『視覚に障がいのある人が白杖を使った感覚でここが道だとわかるんだよ。だから横断歩道の前で止まれるんだよ』と説明すると同時に、『だから、この上に自転車とかあると歩けないから危ないよね』といった話をするようにしています」
―― 小さな子だと「ちゃんと伝わるかな?」と感じることがありませんか。
「確かに、子育てをしているとこれってどう説明すればいいんだろう?と思うことがよくありますが、私は絵本に助けてもらっています。今は、SDGsやLGBTQなど多様性がテーマになっている絵本も結構あって、大人が読んでもすごく勉強になるんですよ。
ただ、子どもには丁寧に伝えるよう努めていますが、私自身、無意識のうちに思い込みや偏見を持っていてそのことに気づいていない可能性があるので、子どもにはパラスポーツ観戦などを通じて、なるべく私のバイアスをかけないようにしています。私が教えるよりも実際に“見る・感じる”ということのほうが大切なのかな、と」
―― 大人の価値観や感覚を植え付けず、実際に多様性を感じてもらう。どちらもお子さんの感受性を育むのにとても大切なことですね。
「そうですね。自分が子どもの時を振り返ると、車いすユーザーの方を見かけることもほとんどなかったんですけど、娘は車いすバスケットボールのような激しいスポーツをする人を見ているので、私とはまったく違った感覚を持った人間に育ってくれるんじゃないかと、私自身も楽しみにしています」
多様性への理解が深まるきっかけとなったパラアスリートとの出会い
―― 多様性について考える上でもパラスポーツの存在は大きいと思うのですが、平井さんがパラスポーツに出会ったきっかけは何だったのでしょうか。
「ラジオ番組の仕事で、谷真海選手(パラトライアスロン)にインタビューさせていただいたことですね。局アナ時代にスポーツ番組を担当していたので、色々なアスリートの方々を取材してきましたが、パラアスリートにお話を伺うのは谷選手が初めてで……。
谷選手は、競技だけじゃなく社会とも真剣に向き合っていて、自分がプレーすることで社会にどういうメッセージを届けられるかということまで考えていらっしゃるのに、それがちっとも堅苦しくなくて、すごく自然体だったんです。その姿勢が印象的で、もっとパラアスリートを取材してみたい!とインタビューを重ねるようになりました」
―― それが、現在も放送されているラジオ番組“渋谷の体育会”(渋谷のラジオ)につながるんですね。
「そうなんです。パラアスリートの持つバックグラウンドの多様性に魅力を感じて、パラアスリートにフォーカスした番組を自ら企画して立ち上げました。今、8年目になります。毎週ゲストを迎えてお話を伺っているのですが、みなさん、すごく個性的なんですよね。身体に障がいをもったきっかけも競技に出会うまでの生活もそれぞれ違うので、興味深いエピソードをたくさん持っていらっしゃる方が多くて、楽しく発見の多い番組です」
―― パラアスリートとの関わりから、ご自身に何か変化はありましたか。
「パラアスリートだけでなくパラスポーツに携わる方たちって、いろんなことにワクワクして、どんなこともすごく楽しんでいらっしゃって私まで元気になるんです。それで、“何が起こったとしても自分の人生を切り開くのは自分なんだ”と考えるようになりました。自分の可能性を自分で狭める必要はないんだなって」
子どもたちに楽しく多様性を伝えられる『パラスポーツすごろく』を製作
―― パラアスリートに取材を重ねて『パラスポーツすごろく』を作られたんですよね。
「はい。パラアスリートの本当の魅力を伝えたくて、パラアスリートの半生を体験できるすごろくを作りました。どんなスポーツ選手でもそうだと思いますが、メディアで取り上げられる時って、どうしてもキラキラした姿だったり怪我や負傷だったり、そういうドラマチックなところばかりがフィーチャーされるじゃないですか。でも、取材を重ねるとそうじゃない部分にも魅力が詰まっていることが多くて、小さなエピソードも含めてすべてを伝えられるメディアがないかと考えていた末に、すごろくにたどり着きました。すごろくって、コマが止まったマスのエピソードは必ず読むので、手にマメができて大変だったという話も、世界選手権の話と同じ大きさで読んでもらえる媒体なんですよね」
―― スタート時にマイナスチップを持ってスタートするのも特徴的ですよね。
「最初はサイコロの出た目から2を引かないといけない設定になっているのですが、アスリート力を高めていくとマイナスチップを返すことができて、だんだん進みがよくなっていきます。これは、“リハビリをしている時は体感的に時間がかかるけど、そこから競技と出会ってアスリートとして輝いていけばいくほど時間の流れを早く感じる”という、スロースタートなパラアスリートの感覚を体感してほしいと思ったからなんです」
―― 今日は会場に体験型『パラスポーツすごろく』が展示されているということで、私も実際にやってみましたが、ボードに書かれたエピソードのひとつひとつがとっても濃くて、読ませるものが多いなと感じました。
「パラアスリートの皆さんが、実名で具体的なエピソードを提供してくださっているのも、このすごろくの魅力です。ただ、リアルなエピソードを集めたくて、プラスとマイナスのエピソードを両方教えてくださいとお願いしたのですが、皆さん、マイナスの話があまり出てこなくって(笑)。何事もポジティブに転換される方が多いんですよね。
たとえば、パラ卓球の渡邊剛選手が、とある理由から練習場を使わせてもらえなくなってしまったことがあるとおっしゃっていたんですけど、『そのおかげで逆に“よし、見てろよ!”と思って、頑張れました』と。私だったらどうしよう、とマイナスに考えるようなことでも、こんなにしなやかに『よし、次も頑張ろう』と思えるその考え方などすごく魅力的で勉強になりました。ただ、とにかくマイナスのエピソードを集めるのが大変でしたが(笑)」
―― 日本中のお子さんにパラスポーツすごろくで遊んでもらえるといいですね。
「そうなんです。今回、たくさんの方に協力していただいて2000個ほどすごろくをつくったのですが、子どもたちに届けたくて、小中学校や児童館など日本各地の教育機関に寄贈させていただきました。小学校で実際に体験してくれた子とお話しすると、感じることも印象に残るポイントもそれぞれ違うのですが、パラアスリートをすごいと思った、すごろくが楽しかったと言ってくれる子が本当に多くて、取り組んでよかったなと実感しています。
すでに配布は終了していますが、教育機関の方に限り、申請していただければパラスポーツすごろくの全データをお送りしますので、プリントして楽しんでもらえたらと思います。あと、今回のような実際に車いすに乗ってすごろくを体験してもらえるイベントもいろいろな場所で開催したいですね」
―― 最後に、多様性の伝え方について悩まれている親御さんに、アドバイスやメッセージがあればぜひ教えてください。
「子育てをしていると、子どもの発想や考え方に驚くことがあると思いますが、私は、子どもの純粋で無垢な気持ちをなるべく壊さないように、まっすぐ伸びていけることを重視して接するようにしています。
今後、小中学生の時から多様性を学んでいる子どもたちや、生まれた時から多様性社会を生きる子どもたちがどう育っていくのか楽しみにしていますし、彼らを応援できる大人でありたいと私は思っています」
今回の取材で、平井さんの「大人が無意識のうちに持っているバイアスに触れさせたくない」という言葉がとても印象に残りました。私たちは、多様性をどうやって子どもたちに伝えればいいかと難しく考えがちですが、大切なのは、子どもたちが直接感じること。実際に見たり、話を聞いたり、遊びを通して体験したりすることで、子どもたちは自然と多様性を理解するのではないでしょうか。その機会を与えることが、私たち大人の役目なのかもしれません。
PROFILE 平井理央(ひらい・りお)
1982年東京生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、2005年フジテレビに入社し、アナウンサー・キャスターとしてスポーツ報道に従事。2013年からはフリーアナウンサー兼タレントとして幅広く活躍している。
interview by Mariko Amano, text by Uiko Kurihara(Parasapo Lab)
photo by Yoshio Yoshida