ラグビーを子どもの習い事に。「危険?」「何を学べる?」 疑問を元日本代表主将に聞いてみた!

2023.12.11.MON 公開

2019年のワールドカップ以降、ファンや競技人口が増えているラグビーは、子どもの習い事としても近年注目を集めている。一方で、激しいコンタクトスポーツなだけに、怪我や体格差による向き不向きなどを懸念する保護者も多いようだ。そこで、習い事としてのラグビーのアレコレを、元日本代表の主将で、小中学生を対象にしたラグビーアカデミーなどを運営する「ブリングアップ・アスレチックソサエティー(BU)」の代表取締役・菊谷崇氏に伺った。

教育的な要素が豊富!ラグビーだからこそ得られるもの

ラグビー元日本代表の主将で、現在は「ブリングアップ・アスレチックソサエティー(BU)」の代表取締役を務める菊谷崇氏

ラグビーといえば屈強な選手たちが体をぶつけ合う激しいスポーツというイメージがある。それと同時に、近年では頭脳戦であることも注目され『ラグビーは頭脳が9割』などといった書籍も出ている。

「ラグビーは、1チーム15人、相手チームもあわせると30人と、1つの試合の競技人数が最も多いスポーツです。しかもボールを前に投げてはいけないというルールがあるため、ボールを持っている人ではなく、残り14人のボールを持っていない仲間たちが瞬時にコミュニケーションを取ってどうやってボールを繋いでいくかを考えるわけです。ですから状況把握力、判断力、決断力など、さまざまな能力が鍛えられる。その他にもラグビーは教育的な要素が非常に多いスポーツだと言えると思います」(菊谷氏、以下同)

実際、ラグビーのチームプレーといった特性を生かし、企業研修や新人研修に活用している企業もあるそうだ。またラグビーは主体性を育むのにも適しているという。

選手の主体性が生んだ奇跡の逆転

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「野球やバスケットボールなどアメリカのスポーツは、どちらかというとヘッドコーチが全てを差配します。たとえば野球では“今バントしなさい”など、選手に監督やコーチが指示を与えることができます。ところがヨーロッパのスポーツには、あまりそういった文化がありません。サッカーもラグビーも、試合中に監督が指示をすることはほとんどない。サッカーは監督がグラウンドにいますが、ラグビーはスタンドにいます。監督たちは試合当日までに自分たちがやりたいラグビーはこうです、こういう試合をしますという情報を与えて練習メニューを作りますが、結局本番で状況判断をするのは監督ではなく選手です。自分たちに判断が任されているっていうのもラグビーの醍醐味のひとつですね」

そんなラグビー特有の他のスポーツにはない特徴のひとつを象徴する例として菊谷氏が挙げてくれたのが、「ブライトンの奇跡」としてラグビーファンの間で今も語り継がれている試合だ。

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2015年、イングランドのブライトンで行われたラグビーワールドカップでのこと。過去2回の優勝経験を持つ南アフリカ共和国と対戦した日本代表は、後半戦の試合終了間際、29ー32という絶体絶命のピンチに陥っていた。そこで、ペナルティキックのチャンスを得た日本代表にエディー・ジョーンズヘッドコーチが出した指示は、成功すれば3点入るペナルティゴールで「同点を狙え」というもの。しかし、当時のキャプテン、リーチ・マイケル選手は決まれば5点入って逆転の可能性があるスクラムを選択したのだ。結果、見事に奇跡の逆転を果たしたのだった。

「エディさんはコーチングボックスで怒って、着けていた無線のヘッドセットを床に叩きつけたそうです(笑)。それだけ聞くと、エディさんとリーチは仲が悪いんだなって思うかもしれませんが、実はめちゃめちゃ仲がいい。こうした選手の主体性が尊重されるのもラグビーの魅力、面白さだなと思いますね」

ラグビーは何歳から始めることができる?

Bring Upラグビーアカデミーでは小学校3年生からラグビーを学ぶことができる

ラグビーから学べることが多いことは分かったものの、テレビなどで見るラグビーの試合は迫力満点で、その分、選手が怪我をするケースも多い気がする。我が子が小さいうちから、そんな危険なスポーツをさせるのは不安だという保護者も少なくないだろう。いったい、何歳ごろからラグビーを始めることができるのだろうか?

「元日本代表で最多キャップホルダーの大野均さんは、大学からラグビーを始めたそうです。それは極端なケースだとしても、ラグビーは始めるのが早ければいいというわけではありません。たとえばフィギュアスケートや体操は、体が成長しきる前のしなやかさを担保できる若い頃から始めるのがいいとされます。でもラグビーはどちらかというと、体がある程度成長し終わった後に活躍できるコンタクトスポーツなので、高校生から始めても遅くはありません」

また、ラグビーは野球やサッカーと違い、まだまだルールが変動しているスポーツのため、今からガチガチに技術をたたき込む必要はないと菊谷氏は考えている。直近では、ワールドラグビーの執行委員会が今年3月、タックルの高さを胸骨の下に下げるという試験的ルールの導入を各加盟協会に対して推奨。これを受け、日本ラグビーフットボール協会も今年9月1日から、リーグワンを除くミニ、ジュニア、高校、大学、社会人、クラブの全カテゴリーでの適用を決めた。

「僕らが知っているルールがこの先も使えるかは分からないんですよ。ですから、小学生くらいであれば、無理にコンタクト要素のテクニックを教える必要はないと思っています」

ラグビーを習わせたいけれど怪我が心配?

とはいえ、判断力や決断力、主体性などは小さい頃から身につけさせたい。コンタクトプレーをせずにラグビーのいい面だけを取り入れるなどということが可能なのだろうか?

「ラグビーといっても、必ずしもコンタクトプレーがあるわけではありません。実際、僕がやっているBring Upのラグビーアカデミーでは、コンタクトプレーはしません。うちだけでなく調べていただければ、コンタクトプレーをしないことを特色にしているアカデミーは結構あるはずなので、ラグビーが怖い、心配だという場合は、まずはそういった場所を探して見学してみるといいんじゃないでしょうか」

ラグビーといえば激しいコンタクトプレーというイメージだが、それをしないアカデミーでは、いったいどんなことを指導しているのだろうか。

「Bring Upの場合で言えば、ラグビーの専門的技術を高めるというよりは、スポーツを使って子どもたちが成長するきっかけや環境を作る、というのが大きな柱になっています」

具体的には1コマ70分のレッスンの中で毎回違ったメンバーでチームを組み、相手にタッチしたらタックルと同じ、というタッチラグビーを行っている。その中でも子どもたちのさまざまな能力を引き出すため、頻繁にオリジナルのルールを導入するそうだ。

「たとえば、5人1組のチームに3色のビブス(ゼッケン)を渡して、相手チームの同じ色のビブスをつけた選手にはタッチできませんよというルールにします。そうなると、アタックの時は、相手チームの選手がいない場所はもともと空きスペースですが、同じ色のビブスをつけた選手がいる場所もタッチされないわけですから、空きスペースと見なすことができる。そうなった時にどこに空きスペースがあって、どういうボールの運び方でアタックするのかということを、子どもたちは瞬時に考え、判断していくわけです。すると、子どもたちは試合中にすごく喋ってコミュニケーションを取るようになるんです」

このように、Bring Upのラグビーアカデミーでは子どもの年齢や成長などに合わせ、少しずつ変化をつけたゲームを行っている。これを繰り返すことで、将来子どもたちが何が起こるかわからない社会に出たときに、冷静に予測を立て、判断できる力をつけられるのではないかと菊谷氏は期待しているそうだ。

嬉しい子どもたちの変化

子どもたちと真剣に作戦を練る菊谷氏。この時間が重要なのだそうだ

Bring Upのラグビーアカデミーでは、毎回チーム編成を変えるのだが、時には1つのチームにリーダーシップのある子どもたちが集中してしまうこともある。だからといって、そのチームが勝つとは限らないのだという。

「アカデミーでは作戦タイムを大切にしているんですが、大切なのはみんなで話し合って作戦を立て、それをどれだけ遂行できるかということです。率先して意見を言える子もいれば、喋るのが得意ではないけれど、作戦遂行能力は高い子もいる。ですから、そこでは僕たち大人はラグビーの技術の指導者ではなく、そうした子たちの能力を引き出すファシリテーターになるのです。時には作戦に一緒に参加するんですが、勝ち負けに関するキーワードが3つ出たとします。その時に、僕がどのキーワードが良いか悪いかを判断するのではなく、『3つは実行できないから、1つ選ぶとしたら、この場合の解決に一番近いのはどれだと思う?』と問い掛け、それぞれが言語化して意見できるような環境を作ります」

こうした、解を自分たちで考え、話し合うという環境を積み重ねていくと、子どもたちの日常生活に変化が生まれるという。

「保護者の方から、いろいろな嬉しい報告をいただきます。たとえば学校の通知表にリーダーシップが取れるようになってきましたと書かれていたとか。アカデミーの帰りにお子さんが『今日はこういうルールでこういうことをして、こんな解決をした』というのをきちんと言語化して説明できるようになったとか。学校に行けなかった子が行けるようになったというケースもあります。ラグビーから得るものは、なかなか数値化できませんが、そうした変化がやっていて何より嬉しいですね」

過去の「WHY」を、未来の「HOW」へ

ラグビーに限ったことではなく、人生において振り返りや反省はその後の成長に繋がる。スポーツはそうしたことを学ぶのに最適な環境なのかもしれない。

「たとえば、チームが勝った試合でも、自分にあまりパスが回ってこなかったとき。『どうしてパスをしてくれないんだよ』と、仲間に対して文句を言うのではなく『なぜパスが回ってこなかったんだろう』という過去に対して問い(WHY)を立てる。こうした反省を踏まえ、次の試合、未来をどう組み立てればいいのか(HOW)を考えるなど、WHYとHOWを常にみんなで繰り返すことが、小学生時のスポーツの習い事では重要なのではないでしょうか」


菊谷氏は自身の日本代表時代を振り返り、次のように語る。

「日本代表までいくと、最終的にはテクニックがずば抜けていることよりも、人間性が重要だということを学びました」

2015年以降、日本で急速にラグビー人気に火が付いたのは、ラグビーというスポーツの魅力もさることながら、代表選手たちが仲間を信じて全力で戦う姿や、相手選手にも敬意を払う姿など、その人間性に惹かれるからなのかもしれない。ラグビーの習い事を単なる専門的技術の習得ではなく、子どもの人間性を高めるためとして考えてみると、子どもの可能性が広がるのではないだろうか。

菊谷氏が代表、ラグビーコーチを務める「Bring Up Athletic Society」
https://www.bu-as.com/

text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
photo by Bring Up Athletic Society, Shutterstock

『ラグビーを子どもの習い事に。「危険?」「何を学べる?」 疑問を元日本代表主将に聞いてみた!』