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バドミントン
2連覇のバドミントン・里見紗李奈、敗戦からたぐり寄せた金メダル
パリ2024パラリンピックのバドミントン女子シングルス(WH1/車いす)で、里見紗李奈が東京2020パラリンピックに続く連覇を達成した。背景にあったのは、悔しい敗戦を正面から受け止め、そこから何かを学び取ろうという潔いチャレンジャー精神だった。
大会中には見ない敗戦動画を何度も視聴
8月29日にあった1次リーグ初戦。里見は同組に入った中国の尹夢璐に敗れた。21-12、18-21、15-21の逆転負け。試合時間64分という、健常者のバドミントンと比べるとロングラリーになることが少ないパラバドミントンとしては長時間の熱戦だった。
世界選手権で敗れてシングルスの連勝を59で止められていた最大のライバルにパラリンピックでも敗れ、その夜は両腕がつって上がらないほど疲労がたまったという。
シャトルを打つだけでなく、車いすの操作でも腕は酷使される。
里見は「負けると疲労がたまる感じがしますね」と苦笑いしながらも、尹と決勝トーナメントで再戦することを見据え、動画を何度も見返した。
「これまでなら負けた動画は大会が終わるまで見ることができなかったんです。でも、今回はしっかり見ました」
コーチからフィードバックを受けたのはもちろんのこと、「バドミントンを知らない人の意見もちゃんと聞こうと思って」(里見)、日本でテレビ観戦していた両親に電話で訊ねた。
「試合、どうだった?」「あら? 素直に聞くのね」
電話の向こうで驚いている様子があった。
「今までは親に何か言われても『はい、はい』と受け流していて、自分から質問することがなかったので、ビックリされちゃいました」
両親からのアドバイスは「紗李奈は強気でいなきゃダメだよ」。
負けを受け入れ、すべてを次につなげようとしたことはパワーを生むことにもつながった。
「ルル(尹)には世界選手権で負けたときから挑戦者という気持ちだったけど、さらに気が引き締まり、パラリンピックの舞台で倒したいという思いが一層強くなりました」
強気で貫いた準決勝、決勝
そして迎えた9月1日の女子シングルス準決勝で尹と対戦。事実上の決勝戦と目されたこの試合で里見は21-17、22-20と勝利を収め、感極まって涙を流した。実は東京大会でも、尹には1次リーグで負けて、準決勝で勝利を収めていたのだ。
翌2日。決勝の相手も、東京大会と同じくタイのスジラット・プックカムだった。
決勝戦では風向きが前日までと変わり、里見がコイントスで選択したコートが、シャトルの飛びにくい側であることに試合が始まってから気づいた。決勝の日は、別クラスの表彰式が試合の合間に行われるため、試合コートでのアップ時間がほとんど取れないという特殊事情もあった。
けれども里見は強気だった。「疲れも、アップが短いのも、スジラット選手と条件は同じ。腕の痛みも試合が始まれば関係ない」
試合では第1ゲームの序盤に先行を許す苦しい流れから18-21で落としたが、そこでも強気を貫いた。
「この展開もそれこそ東京大会と同じだった。東京で逆転して勝った経験があったので、大丈夫という気持ちが強かった」
自分を信じることに徹した里見は第2ゲームを21-13で取って1-1とすると、ファイナルの第3ゲームを21-18で競り勝ち、逆転勝利で頂点に立った。
「負け」を受け止めるから強くなれる
「2連覇となると、東京大会と違ってすごくプレッシャーを感じてしまった。でも3年間、金メダルを獲るために頑張ってきた。本当に良かったなと思った」
バドミントンが初めて競技に採用された東京大会で、シングルスとダブルスの2冠に輝いた。元々、勝ち気な性格だが、2度目となるパリ大会では「勝ちたい気持ちが前よりもすごく強い。そこに対してのこだわり、欲がすごく強くなっている」と語っていた。
守備範囲の広い里見はラリーで抜群の粘り強さを誇るが、相手のミスを待つだけでなく、将棋で詰めていくように組み立て、コートの奥行きや角度を巧みに使う戦術眼がある。
コースを狙い澄ました精度の高いショットは見応え十分。外国人の観客から「サリナ!」と声がかかることもあり、有観客開催の醍醐味を里見自身も味わっていた。「パラリンピックは特別感があってすごく嬉しい。国が違っても応援してくれて、温かいなと思いながら試合ができた」
そこには、負けを認めたことで強くなった里見がいた。
「予選でルルに負けてしまったときに、受け入れて切り替えようと思い、そこでちゃんと受け入れられて、準決勝でルルを倒せた。だから決勝にも立てた。パリで自分は成長できたんじゃないかなと思いました」
里見には「車いすであってよかったと思える人生で終わりたい」という「人生の目標」がある。
パラリンピック3連覇への挑戦権を手にし、人生の目標に向かってまた一歩前進したその胸に、金メダルが輝いていた。
edited by TEAM A
text by Yumiko Yanai
photo by Hiroyuki Nakamura