「60代でブレイキン!?絶対に面白い」生涯“青春”を楽しむシニアに海外メディアも注目

2025.02.26.WED 公開

パリ2024オリンピックで正式競技になった「ブレイキン」。若者文化というイメージが強いこのジャンルに挑戦する60歳以上のシニア女性チームが、東京都江戸川区で2023年に誕生した。地面に手をつくムーブの「フロア」や早いテンポに合わせて膝を上下に動かすような動き「トップロック」はシニアにとってハードルが高そうに見えるが、参加者は少しずつ増えてきているという。チームを率いるダンサーの新井佑典さんとメンバーの女性は、シニアが未経験だったブレイキンに足を踏み入れるチャレンジを「青春」と呼ぶ。

68歳で初ブレイキン。「頭で回るの?」と周囲もびっくり

フロアの技を決めるメンバーたち

「生活にリズムが生まれる。踊るのは本当に楽しい」

東京都江戸川区にあるダンスレッスン教室「ARA STYLE」。そこにはガラスの前で軽快なステップを踏み、時折リズムに合わせてポーズを決める女性たちの姿があった。彼女たちはシニアクラスの参加者で、その平均年齢はなんと60代後半。メンバーの一人、松尾良子さんは68歳からブレイキンを始めたというが、年齢を感じさせないくらいに動き、心からダンスを楽しんでいる。
中には頭と手を地面につけて、逆立ちの様な動きをする姿も。
若いダンサーが披露するようなブレイキンとは違えど、彼女たちの動きから取り組んでいるダンスがブレイキンであることは十分に伝わってくる。

教室は月に2回開催され、1回あたりの時間は1時間。「シニアの運動不足解消が目的でしょ?」と思う人もいるかもしれないが、定期的に行われるイベントや発表会など、誰かに“見られるため”の練習を重ねている。

動画で自分たちの動きをチェックしたり、教室以外で自主練をしたり。全員で難しいパートを成功させた時には拍手が自然と沸き起こるという。

喜び合う姿は中高生の部活のよう。年齢を重ねれば、真新しいことは減っていき、何かにときめく回数は減ってしまうかもしれない。しかし、全く異なる世界はまだまだあり、踏み出すことで得られるものがある。

無縁に見える「シニア」と「ブレイキン」の組み合わせだからこそ、生まれる新しい体験がそこにあるようだ。

きっかけはパリ2024オリンピック

ポーズを決めるシニアブレイキンチーム。写真中央が新井さん

ダンサーの新井佑典さんがシニア向け教室を始めたきっかけは、新井さんの母の友人、丸山れいこさんから持ちかけられたことだった。現在リーダーとして活動する丸山さんは、パリ2024オリンピックで新競技に採用されたブレイキンに興味を持ち、大会で優勝経験もあるダンサーの新井さんに開催を提案した。

新しいことをやるのが大好きな新井さんも「シニアでブレイキン!?絶対に面白い」と快諾。
最初は丸山さんを含め2人しかいなかったというが、新井さんの直感通り意外な組み合わせがウケ、国内メディアはもちろん、イギリスの新聞社などからも取材依頼が寄せられた。
認知度は徐々に上がり、今ではメンバーが20人ほどにまで増加。江戸川区外での開催をお願いされることもあるという。

「生活にリズムが生まれる。踊るのは本当に楽しい」

フロアに挑戦する松尾さん

「テンポの早い16ビート(1小節で16の音をカウントする)を刻みながら、振付を入れていくのが難しいです」。入会3カ月の松尾良子さんは初めて経験するブレイキンに四苦八苦しているようだ。
「バレエダンスの経験はあるんです。でも、バレエは手や足を伸ばす踊りで、『下へ下へ』と重心を低くするのが基本になるブレイキンとは真逆でした。リズムの乗り方もトランポリンで弾んでいるような動きなので難しいです」

松尾さんは2024年の夏、タウンペーパーで新井さんの教室を知った。自分と同年代の女性が頭を床につけ、果敢にフロアの技を決めている写真を目の当たりにした時、「私もああいうふうにできればな」と挑戦したい気持ちが芽生えたのだという。周囲にブレイキンをすると伝えると「頭で回るの?」と驚かれたというが、スポーツが好きな彼女を応援してくれた。

入会をきっかけにブレイキンの面白さに目覚めた松尾さん。犬の散歩をするときに16ビートを意識して速足になったり、家事をしながら頭でリズムを刻んだり、早くもブレイキンは生活の一部になっているようだ。

松尾さんは「教室にはシニアと呼ばれるのを嫌がるくらい意識が若いメンバーが多く、だからこそ、こうやってブレイキンを楽しめています。ブレイキンは人生の幅を広げてくれているし、違う世界が見えました。いろいろな背景を持つメンバーと関わり、新しい刺激を受けることで若さが保てている気がします。自分の思い一つで、いつまでたっても青春なんですよ」と笑う。

アメリカ発のブレイキンをシニア向けにアレンジ。日本から「逆輸入」?

発表会の幕が上がる

幅広い年代にブレイキンを教えている新井さん。シニアの教室で心がけていることは特別なことではなく、「ブレイキンを嫌いにならないこと」という当たり前のことだった。どういう思いがそこにあるのだろうか。

「まず、痛いと感じることは絶対に避けなければなりません。せっかく始めたブレイキンをとにかく嫌いにならないでほしいんです。怪我が無く安全が第一。無理なくみんなができるステップから始めるのが大原則です」

とはいえ、フロアや低い姿勢の振付はブレイキンと切っても切り離せない見せ場だ。こうした動きをどのようにシニアブレイキンは取り込んでいくのだろうか。

「もちろん立ってするステップなどは全体で合わせます。でも、例えば座る振付があった場合、無理なく座ることを優先するんです。立った姿勢のまま腰をかがめる人や片脚ずつ座る人。無理にそろえる必要はなく、それぞれができる座り方を振付にしていくんです。その座り方を『かっこよくアレンジしてみて』とメンバーに伝え、そこでみなさんが考える振付はもう立派なブレイキンだと思うんです。メンバーがやりたい技があるならできるやり方を一緒に考える。それが目指しているシニアブレイキンの姿です」

国内外問わず注目を集めるブレイキン。

新井さんは「元々アメリカの若者が始めた文化ですが、始めたその年代ももうシニア。高齢化社会と言われるこの日本からシニアブレイキンを逆にアメリカに広げていきたいですね」ともくろむ。


歳を重ね、周りからシニアと呼ばれる年齢になったとしても、それを理由に新しいスポーツに挑戦することを諦めるのは早いのかもしれない。「年齢を重ねて動けなくなるからやれない」ではなく、「自分ができる動きに合わせてやれるようにしていく」。このシニアブレイキンが広まることで、できないかもしれないと思っていたスポーツにいくつになっても挑戦できる潮流ができていくかもしれないと感じた。

text by Taro Nashida(Parasapo Lab)
写真提供:新井佑典

『「60代でブレイキン!?絶対に面白い」生涯“青春”を楽しむシニアに海外メディアも注目』