スポーツ施設の真横に巨大な津波避難タワー!「日常生活から防災を」設置した高知県南国市の狙い

近年、災害が多発する日本列島。そんな中、年々警戒感が高まっているのが「南海トラフ地震」だ。太平洋側の広い地域で震度7を観測するほか、10mを超える大津波の襲来が想定されているこの地震。高知県では被害への備えが必須で、海を臨む南国市(なんこくし)では、スポーツ施設と隣接する場所に津波避難用のタワーを設置した。巨大な建造物の周りでは、親子連れがアスレチックを楽しんだり、若者がスケートボードを楽しんだりしている。
人が日常的に集まる場所だからこそ、いざという時に避難する場所が必要になる。そして、避難をするための建物が目立つものであるからこそ、集まった市民に「いざ」という時を考えさせるきっかけにもなっていく。
南国市は、日頃から防災を意識するための仕掛けとして、このタワーの意義を見出しているという。一体どういう経緯で建設されたのか、危機管理課の坂口翼さんに伺った。
40分でグラウンドは水の下。津波の高さは最大4.4m
高知県の県庁所在地高知市の隣、空の玄関口「高知龍馬空港」がある南国市。県内では高知市に次ぐ2番目の人口を抱えている。
空港の近く、海からの直線距離約1km強の場所に市が建設したのが、津波避難用の「スポーツセンタータワー」だ。
1997年にできた南国市立スポーツセンターなど周辺の運動施設の避難場所として、2022年10月に完成した。
このエリアは地震発生後40分で30センチの津波が来るとシミュレーションされていて、その後、高さは最大で4.4mにもなると予想されている。周囲には山や高台はなく、田畑が広がる場所。
かつて空港の近くには津波の時に避難できる「室岡山」という小高い丘があったというが、戦時中の空港拡張に伴って無くなった。その山を地元の人たちは「命山」と呼んでいたという。
「東日本大震災後、国の津波対策の考え方に従い、5分以内に避難できることが求められるようになりました」(坂口さん)。
市内で5分以内に避難できる場所がない地区に14基のタワーを建設した南国市。スポーツセンタータワーを作った場所は、スポーツセンターそのものが3階建ての建物だったことから、建物内に避難することが当初の構想だったという。しかし、津波の威力の高さによって建物がダメージを受けるとの診断が出たため、新設が決まった。
ここでスポーツをする人たちにとって、このタワーはもしもの時の「命山」となる存在なのだ。
スポーツをする身近な空間にある”防災拠点”
スポーツセンターには、体育館とグラウンドがある。県内の中高生の大会なども開かれるといい、利用者は年間およそ8万人にも及ぶ。
階段を登ったところになる2階部分と、さらにその上の3階部分に避難ができる設計で、収容人数は最大820人。この人数は、一日当たりで最大となった過去の利用者数を目安にした。
2階部分の高さは7.5m、3階部分の高さは10.5m。最大津波高の4.4mからゆとりを持った高さになっているという。
「この場所は避難所ではなく、あくまで津波から身を守るための緊急避難場所という位置づけです。ただ、利用者が少しでも快適に過ごせるよう、設備は日頃から整えています」(坂口さん)
例えば、暗くなった際の避難ができるよう、太陽光パネルを利用したライトをタワーの各所に設置。水や毛布、段ボールベッドなどが入っている備蓄倉庫や授乳ができる更衣室も設けている。備蓄倉庫や更衣室は平時は施錠されているが、震度5弱の揺れを感知した際に入室用の鍵が入った箱が自動開錠され、中に入れるようになる仕組みだ。
その他の2階と3階の避難スペースは平時から自由に上り下りが可能といい、子どもが上がっている姿をよく見かけるという。
「日頃から日常的にスポーツをする中でこのタワーを見かけ、登ったりする人がいることはそれだけ身近になるということなのでいい傾向だと思います」と坂口さんは話す。
利用者には年に数回、タワーへの避難訓練も実施。高齢の市民にも参加してもらい、緊急時にも速やかな避難ができるように市として取り組んでいる。
若年層が防災を意識できる場所に
タワーの近くには、芝生の公園やアスレチック、スケートボードなどが楽しめる多目的スペースも併設。この一帯を総称して「なんこく防災パーク」と名付けた。
芝生やアスレチックは子どもに人気で、親子連れが来ることも多く、幼稚園や保育園、小学校などから「利用したい」との問い合わせもあるという。スケートボードやBMX、ローラースケートなどが自由に楽しめる多目的スペースには、若者も多く訪れるなど、災害でないときから市民の憩いの場になっている。
また、こうしたアスレチックや多目的スペースから見えるタワーの1階には、防災の啓発を目的とした展示を常設。姉妹都市であり、東日本大震災の津波で甚大な被害の出た宮城県岩沼市の慰霊用の鐘と同様の鐘を設置し、「学びの鐘」と名付けて啓発を促している。
「子ども連れの親御さんからスケートボードユーザーまで、若年層の方々にも来場していただいています。とにかく多くの人に災害やそれに備える防災を身近に感じてもらえるという点で、このタワーは単に周辺のスポーツ施設の避難場所という位置づけ以上に市民の防災に貢献してくれていると思います。『これなんだろう?』と思って興味を持ってもらえればその時点で防災意識は芽生えてきていると思います」と話す。
無縁じゃないスポーツと災害。防災の基本は体力づくりから
こうした防災への取り組みを進める中で、坂口さんは「日頃からの体力づくり」が防災においてもいかに重要かということに気が付いたという。
「スポーツセンターでは毎年、市が主催で運動と健康に関する催しを実施しています。一見、防災はこのイベントに無縁に見えますが、そんなことはないんです。災害時の対応には、自助、共助、公助というものがあり、まずは自分の力で自分や身の回りの人を守る自助と共助から始まります。ですが、自助や共助には、そもそも身を守るための体力が必要不可欠。その体力づくりを日頃から行っておくことが重要になります」と語る。
たしかに、大きな地震が発生した時、転倒を防止したり、とっさにしゃがんだり、逃げたりするのにも運動能力が必要だ。また、避難生活の中でも基礎的な運動能力は求められるだろう。丈夫な足腰は日常生活だけでなく、避難においても重要な要素なのだ。
「催しでも、揺らしたマットの上に乗ってもらい、地震が起きた時に倒れないように姿勢を維持するにはどうすればいいかを考えてもらいました。なかなか苦戦する人が多かったですが、少しでも日頃の運動が防災につながることを認識してもらえればうれしいです」
多くの人にとって、スポーツや運動は生活の一部だ。その身近な場所の近くに防災の施設があることは、市民の防災意識を高める大きな意味をもつだろう。そして、スポーツや運動を習慣化することで、いざという時に動ける体力をつけておく。こうした市民の意識を醸成する取り組みは、各地域でこれからますます必要になっていくのではないだろうか。
text by Taro Nashida(Parasapo Lab)
資料提供:南国市