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パラリンピックの馬術とは? 視覚障がい&肢体不自由、男女もミックスで競う
人と馬の息の合ったコンビネーションで美しい演技を魅せる馬術競技。
オリンピックでは、日本選手として最年長の71歳でロンドン大会に出場した法華津寛という選手の名を耳にしたことがあるかもしれない。とはいえ、馬術といっても日本人にはなかなかなじみがないのが正直なところ。
馬場馬術(ドレッサージュ)種目のみが採用されているパラリンピックを観戦するならば、まずは国内の選手を通して、どんな障がいの選手が馬に乗っているかという点に着目してはいかがだろう。決められた歩き方“常歩(なみあし)、速歩(はやあし)、駈歩(かけあし)”や課題である図形を描く正確さ、さらには馬の動きの美しさが規定数の審判によってフィギュアスケートのように、各運動や総合的な観点から10点満点で採点され、その合計の得点率(パーセンテージ)で順位を競う。
東京パラリンピックは男女ミックス11種目!
・「個人」インディビジュアルテスト:グレード(クラス)ごとに指定の競技課目があり、I~Vの各クラスで競う・「団体」チームテスト:選手3名で構成され、障がいクラスオープンで競う
・「自由演技」フリースタイルテスト:個人課目上位者が進出し、音楽に合わせてI~Vの各クラスで競う
障がいの種類や程度に応じて5つのクラスに分けられる“パラ馬術”の世界をのぞいてみよう。
■グレードⅠ(重い障がいがある人)
このクラスでは、もっとも基本的な技術である常歩で、馬場内の決められたコース上に図形などを描く。2004年アテネパラリンピック日本代表の鎮守美奈(ちんじゅ・みな)は、脳性まひの選手。一般的に馬術では、馬に合図を送る際に下半身を使っているが、障がいゆえ自分の体を思い通りにコントロールするのが難しい。
では、どうしているのか。パラ馬術では特殊な馬具を使用することが認められており、鎮守の場合、座面を改良したり、力の弱い手足にゴムを装着するなど工夫を施しながら、馬を操って国内外の競技会で安定したパーセンテージを残している。
■グレードII(重い障がいがある人)
元JRA(日本中央競馬会)の調教助手であり、2016年のリオパラリンピックでは唯一の日本代表だった宮路満英(みやじ・みつひで)。脳出血の後遺症で右半身にまひが残っており、右側の手や足をできるだけ固定させて馬に乗る。また、高次脳機能障害という障がいのため、経路(コース)が覚えられない。だが、地道な反復練習と、馬場の近くで次の動きの号令を出す妻の由美子さんのサポートで欧州遠征を積み重ね、東京パラリンピックの夢舞台を目指している。
■グレードIII(やや重い障がいがある人)
先天性脳性まひの稲葉将(いなば・しょう)は、両下肢がまひしている状態で馬を操る。特殊馬具は、ムチと鐙のカバーを使用。もともと体を動かすことが好きで、小学6年のとき、母のすすめで馬術を始めた。当初はリハビリ目的だったが、2017年より東京パラリンピックを目指して練習を本格化させ、2018年の世界選手権の出場権を得ると、本大会のチームテストで自己ベストの65.500パーセントを記録(騎乗馬はファムファタール)。東京パラリンピックに向ける活躍が期待できる23歳の若手注目選手である。
■グレードIV(やや軽い障がいのある人)
日本のトップ選手のひとりであり、元JRA騎手という経歴の持ち主である高嶋活士(たかしま・かつじ)は、このグレードIVを土俵にする。2013年に障害レースで落馬し、一命を取りとめたが、右半身にまひが残った。そのため、体が使いづらい部分あるが、右脚を使って馬をコントロールしたいというときは、右に重心をかけるなど、事故以前より鍛えてきたバランス力で補っているのだ。
「もう少し馬に対する当たり方を、柔らかくしていきたい」と今後の課題を語っている。
~視覚障がいの選手も出場!~
国内では現在、世界で戦う選手は不在だが、視覚障がいの選手もいる。実は、パラリンピックで肢体不自由の選手と視覚障がいの選手が同一の種目でひとつの金メダルを争うのは馬術だけだ。
約20年前にモンゴル旅行で大草原を走りたいと思ったことがきっかけで馬術を始めたという宇野由紀子は、ほぼ生まれつきの全盲でグレードIVに区分される。
「馬は生き物なので難しい。でも、だからこそ飽きないし、そこが面白い」と馬術の醍醐味を語ってくれた。
競技会では馬場の各ポイントに「A」や「S」などのアルファベットが記され、そのポイント間を決められたステップで歩くのだが、視覚障がいの選手が演技をする際は、各ポイント付近などにガイドをつけることができ、ガイドは声を発してその位置を知らせる。
同協会の三木薫コーチによると、ガイドは最大13人つけることができるが、欧州などのトップ選手は、馬場の外に2人つける程度で演技ができ、それぞれ異なる音を発するピーコンと呼ばれる電子機器を使って練習しているのだそうだ。視覚障がいの選手の数は少ないが、東京パラリンピックで視覚障がい選手の演技に遭遇したら、とりわけマナーを守り静かに観戦したい。
■グレード Ⅴ(軽い障がいがある人)
2018年9月にアメリカで行われた世界選手権で、日本のパラ馬術界に初めてのメダルをもたらしたグレードⅤの中村公子(なかむら・ともこ)は、ケガをする前の2014年、アジア競技大会(2014/仁川)に出場し、団体で銀メダル、個人で8位に入賞しており、パラ馬術のなかでも異彩を放つ存在だ。オリンピック出場を目指していた矢先の2016年に足を骨折したが、リハビリを経てその翌年に競技に復活し、国体(成年女子・自由演技)で相棒のパシフィックBとともに2連覇を達成。競技会では馬術で高得点とされる70パーセント以上をマークし、東京パラリンピックに向ける日本の希望の星となっている(2018年12月現在、障がいクラス見直し中)。
選手たちの障がいや状態、残された能力を活かすための工夫を知れば、馬術について詳しく知らないという人も、その奥深さにきっと興味が湧く。東京2020大会をきっかけに、これからパラ馬術を観戦してみようという人は、静岡県御殿場市や兵庫県三木市で大会や合宿が開催されているので、足を運んでみてはいかがだろうか。
text by Asuka Senaga
photo by X-1