パラ水泳選手権大会代表選考戦、リオパラ組の代表切符も厳しいシーズン幕開け

パラ水泳選手権大会代表選考戦レポート
2019.03.08.FRI 公開

3月2、3日の2日間、「2019パラ水泳春季記録会 兼 世界パラ水泳選手権大会代表選考戦」が富士水泳場で開催された。

2016年にリオパラリンピック日本代表選考戦となった同記録会は、2020年には東京パラリンピックの代表選考戦になるとみられており、選手たちは独特の緊張感のなかで今シーズン最大の目標である世界選手権の派遣標準記録突破を目指した。

エースたちが着々と“東京への準備”

まず、順調な仕上がりを見せたのが、“パラ水泳の海外組”木村敬一鈴木孝幸。木村は銀2、銅2個に終わったリオパラリンピック後、刺激を求めて練習拠点をアメリカに移し、アメリカの金メダリストらと同じプールでトレーニングに励む。200m 個人メドレー(SM11)など4種目で派遣標準記録をクリアし、大会2日目に100m バタフライ(S11)で1分1秒17のアジア新をマーク。 「今まではまだまだと思っていたが、細かい技術をもっと詰められれば世界記録(1分1秒12)は見えてくる。世界選手権では世界新記録を出して優勝します」と力強く宣言した。

100m バタフライでアジア記録をたたき出した全盲のスイマー木村敬一

木村と同様、世界選手権でも複数メダルを期待される存在がインドネシア2018アジアパラ競技大会で日本代表選手団主将を務めた鈴木孝幸。イギリス・ニューキャッスルで大学院に通いながら東京パラリンピックを目指し、2日目の50m 平泳ぎ(SB3)では、「スタートが合わなかった割には速く泳げた」と余裕の表情。派遣標準をクリアした自由形(S4)と平泳ぎは(ターンが不要な)50mだったが、この冬はターンなど技術面を改良。さらには、飛び込みの飛距離も上がっているといい、集中した練習の成果による充実感がみなぎっていた。

冬の練習の充実ぶりを感じさせた鈴木孝幸

一方、オーストラリアを主な拠点とするリオパラリンピック日本代表の一ノ瀬メイは100m自由形(S9)、100mバタフライ(S9)などに出場したが、派遣標準記録をクリアできず。「この選考会のためにやってきたのに……」とあふれる涙を抑えきれなかった。

リオパラリンピック日本代表選手も進化中

そして、記録会で地力を見せたのが、パラリンピックに何度も出場しているベテランたち。リオパラリンピックの50m自由形(S9)で銅メダルの山田拓朗は同種目で26秒43。派遣標準の26秒44までわずか0.01という際どいタイムに「アップまで調子が良かったのに……」と首を傾げながらも、ほっとした表情で話した。冬の練習では「力で押し切る意識を高めた」というが、「このプールは水の感覚が軽い」と言い、東京に向けてより高い派遣標準記録が設定されるだろう来年への課題を残した。

ギリギリのタイムで世界選手権出場を決めた山田拓朗

48歳のベテラン成田真由美も、50m背泳ぎ(S5)で派遣標準記録を突破した。昨年12月から、2つのパラシュートを引きながら泳ぐハード練習を取り入れ、47秒76をマーク。「今日は緊張したが、48秒台が続いていたので……すごくうれしいです」と笑顔で語った。

ベテラン成田真由美は50m背泳ぎで派遣標準記録を突破

続いて派遣標準記録をクリアした中村智太郎は、100m平泳ぎ(SB6)で日本記録を更新したが、クラス変更前のSB7時代の日本記録、1分21秒97を上回ることができず。「この悔しさを世界選手権にぶつけたい」と前を向いた。

新世代組も躍進

東京で初めてのパラリンピック出場を目指すスイマーも負けてはいない。昨年のアジアパラで4つの銅メダルを獲得した辻内彩野は、50m 自由形(S13)で27秒92の日本新記録を樹立し、派遣標準記録もクリアした。「自主的に朝練を行い、スタート姿勢を改善することに注力した。入水も直角からゆるやかになったと思います」と課題克服に手ごたえを得たようだ。「派遣を切ることが目標だったので、(フィニッシュ後に派遣標準突破を知らせる)音楽が流れ名前もコールされて泣くほどうれしかったです」。また、同じく50m自由形(S11)の石浦智美も日本新で派遣標準記録を突破。「ピッチを落とさず、腰の位置などに気をつけて泳げた」と笑顔を見せた。

スタートの“特訓”の成果を喜んだ辻内彩野

また、同じ視覚障がいS11クラスの富田宇宙は、200m個人メドレー(SM11)、400m自由形(S11)、100mバタフライ(S11)の3種目で派遣標準記録を突破。「世界選手権では木村(敬一)くんとワンツーフィニッシュを決めたい」と明るく話す。100mバタフライでは、腕がコースロープに当たってしまう視覚障がいクラスならではのアクシデントがあったものの、「体が浮く感覚があったので大きな影響なく泳げた」と、どこ吹く風。木村の背中を追いつつ、日ごろ練習を共にする健常のトップスイマーの泳ぎを追求しながら、富田はタイムを伸ばしていく。

世界選手権の活躍が楽しみな富田宇宙

群雄割拠の知的障がいクラスは5人が派遣標準記録を突破

知的障がいクラスは、2大エースの中島啓智と東海林大が200m個人メドレーなどで派遣標準記録をクリア。「(レースの合間に)マッサージで疲れを取ることができ、後半のタイムを落とさなかったのがよかった」と中島が言えば、「5種目にエントリーする挑戦をし、やり切ることができた」と東海林は言い、それぞれに充実感をにじませた。また、18歳の山口尚秀もストロークの力強さを増し、100m平泳ぎ(SB14)で派遣標準記録を突破。東京パラリンピック日本代表候補に名乗りを上げた。

世界選手権で返り咲けるか? ロンドンパラ金の田中康大
100m平泳ぎで好記録をマークした山口尚秀

同じ100m平泳ぎで力強い復活劇を見せたのはロンドンパラリンピック金メダリストで29歳の田中康大。1分7秒74の「すごいタイム」を記録し、「がんばりました。背中をぴんと伸ばし足も意識して使うことができました。とてもうれしいです!」と声を弾ませた。

また、女子は芹澤美希香が専門の100m 平泳ぎ(SB14)で自身の持つ日本記録を更新する活躍。派遣標準記録も突破し、報道陣からの「自信がついた?」との質問に「自信をつけられるようもっと練習をがんばりたい」と控えめに語った。また、自由形を得意とする北野安美紗は派遣標準突破ならず。「絶対に世界選手権に行きたいと思って過ごしてきたが、こういう大会で記録を出せないのはまだまだということ」と話し、唇を噛んだ。北野は選考戦後の日本代表選手発表で、リレー要員として日本代表入りに滑り込んだ。

平泳ぎの日本記録を更新中の芹澤美希香

今回の結果を受けて発表された日本代表選手から、池あいり(S10)、宇津木美都(SB8)、小池さくら(S7)、齋藤元希(S13)ら東京パラリンピックで活躍が期待される若手スイマーが落選した。

「厳しい結果となった」。2日間の戦いを終え、峰村史世日本代表ヘッドコーチは、標準記録突破はおろか自己ベストが更新できなかった若手や女子トップ選手について「戦う集団にするため、派遣標準を突破できなかったら世界に連れて行かない」「冬の練習に問題があるとしか思えない」と厳しい表情で語った。

世界選手権は当初7月にマレーシアのクチンで開催される予定だったが、政治的理由で国際パラリンピック委員会から承認されず、新たな開催地と時期は未定となっている。

S14クラスの自由形日本記録保持者・北野安美紗はリレー要員として選出された
独特な緊張感の中で行われた選考戦。来年もこのプールでドラマが生まれる……

*2019パラ水泳春季記録会リザルトはこちら(外部サイト:日本身体障がい者水泳連盟)
*2019パラ水泳春季記録会における世界パラ水泳選手権大会日本代表選手決定についてはこちら(外部サイト:同上)

text by Asuka Senaga
photo by X-1

『パラ水泳選手権大会代表選考戦、リオパラ組の代表切符も厳しいシーズン幕開け』