[東京2020内定1号と語る] “ゾーン”は来なくても、今の私が一番強い。

香取慎吾×上地結衣「ゾーンは来なくても、今の私が一番強い」
2019.03.28.THU 公開

 text by Number編集部(Sports Graphic Number)
 photograph by Takuya Sugiyama

※本記事はSports Graphic Number との共同企画です。


大きな反響を呼んでいる連載、「語ろう! 2020年へ 新しい地図×Paralympic Athletes」。稲垣吾郎、草なぎ剛、香取慎吾の3人が、東京パラリンピックでの活躍が期待されるパラリンピアンと対談していくシリーズ企画だ。

連載4回目のホストは香取慎吾さん、ゲストには女子車いすテニス界を牽引し、常に世界No.1の座を巡って熱戦を繰り広げる上地結衣選手を迎えた。
試合中の心の整え方やユニークなライバルたちの存在まで、2人が大いに語り合う。


香取 1月の全豪オープン、準優勝おめでとうございます!

上地 ありがとうございます。でも、かなり悔しい結果でした。

香取 決勝で戦ったのはオランダのディーデ・デフロート選手。手強い相手なんですか?

上地 はい、彼女とはここ1年くらい、ずっとライバルというか、2人で出た試合はどちらかが優勝するような状態です。でも、全豪オープンは「いけるな」と思っていたんです。

香取 そうなんだ。でも試合中に「あれ、なんか思っていたより強いぞ」と?

上地 完全に対策で上をいかれてしまったんです。昨年末の大会で彼女と戦って負けたときに、このままではずっと勝てないなと思い、そこから1カ月弱、狙われたバックハンドでの返球を中心に戦略を練って練習してきました。その成果で全豪の前週には勝てたのですが、全豪ではさらにデフロート選手が新たに戦略を立ててきて、今度は私が対応できなかったんです。

技術と体力、そして頭脳戦。

香取 技術や体力だけの勝負ではなく、頭脳戦ですね。上地選手は対戦相手ごとに戦法を変えているんですか?

上地 私は海外の選手と比べると、身体も大きくないし、パワーも足りません。だから相手によって戦い方を変えていかないと勝てないんです。

香取 そういう頭を使っているアスリートのお話、大好きです。ちなみにデフロート選手はどんなタイプ?

上地 彼女は男子選手並みのパワーを持っています。だからパワーだけでも押し切れるはずなのに、海外選手の中では珍しくとても練習熱心。戦略性も兼ね備えていて、東京パラリンピックでもライバルになりそうです。

香取 上地選手は2014年に20歳で世界ランキング1位になっていますよね。20歳で世界女王ってすごすぎる……。車いすテニスはいつから始められたんですか?

上地 11歳くらいからです。私は生まれつき、二分脊椎症という神経の病気を持っています。小さい頃は歩けていたのですが、成長とともに足が自分の身体を支えきれなくなり、小学校4年生のときに車いす生活になりました。体を動かすことが大好きだったので、体育の授業にみんなと同じように出られないことが悔しくて。テニスを始める前は、車いすバスケを1年くらいやっていましたが、その後、姉が中学校で軟式テニス部に入ったのがきっかけで、「私も!」と車いすテニスを始めました。

国枝選手と会って驚いたこと。

香取 車いすバスケを本格的にやろうとは思わなかったんですか?

上地 当時、地元には車いすバスケは成人男子のチームしかなかったので、そこに混ざって練習させてもらっていました。ただ、私は体の線が細く小さかったので、ボールがゴールに届かなくて。チームのみなさんが「ゴールの縁にボールが当たったらいいよ」と気遣ってくれるのですが、それが悔しかった。どうせやるならみんなと同じ土俵で勝負したい、と思ったんですよね。その点、テニスならネットの向こうに打ち返しさえすれば、相手と対等に戦えるなと。

香取 僕は昨年、男子車いすテニスの国枝慎吾選手にお会いしたんですが、そのときに聞いて驚いたことがあって。テニスの大きな大会では車いすの選手と健常者が、同じ時期に試合をしているんですよね。統括する協会も同じとのことで、健常と障害の垣根が他競技に比べて低いなと思ったんです。

上地 ルールもほとんど変わらないので、一緒にプレーを楽しむこともできます。

試合途中の「セルフトーク」。

香取 国枝選手からはアドバイスを受けたりするんですか?

上地 国枝さんは、私がテニスをはじめた時にはもう大スター。全ての面でお手本で本当に色々なことを教えていただきました。グランドスラムに参加したときの過ごし方や練習コートの予約の仕方、飛行機のチケットの取り方……。

香取 そんなところまで!

上地 特にグランドスラムは「他の大会とは大きく違う」と言われていたんですが、一番驚いたのは、選手1人に車が1台ずつ用意されていたこと。セレブって(笑)。普段はシャトルバスに乗って選手みんなで移動していたのでびっくりしました。

香取 世界、すごいね。1月の全豪オープンで優勝した大坂なおみ選手は、ゲーム中に「もうだめかも」みたいな暗い表情になっていたじゃないですか。試合途中、選手はどう気持ちを整えているのか気になります。

上地 私は「セルフトーク」で対応しています。

香取 セルフトーク?

上地 試合中に、体の状態や、戦術を声に出して自分に言い聞かせるんです。例えば、良い状態のときは、調子に乗らないように「今のはもうちょっとこうできたやん」とか。逆にミスをしたときは「でも、ここが良かった」とか。兵庫県出身なので関西弁が出ちゃうんですけど(笑)。試合中に一番大切なのは平常心でいること。そのために、自分の言葉でぺースを保つようにしています。

知っているのに知らない状態。

香取 誰かに教わった技なんですか?

上地 いえ、最初は自分でも無意識だったんです。周りの人に「試合中なんか喋ってる」と言われて「え、そうなんや」って(笑)。でもセルフトークをした方が調子が良いなと分かってからは意識的に取り入れるようにしました。香取さんは長年お仕事されている中で、平常心を保つ方法はなにかあるんですか。

香取さんのテニスの腕前は「未経験とは思えないです!」と上地選手を唸らせるほど。

香取 うーん……。先のことについて、意識的に「考えない」ようにできる、というのはあるかもしれない。「知っているのに知らない」状態でいられる、というか。

上地 どういうことですか?

香取 頭の中には明日、明後日、その先のスケジュールまで入っているんだけど、ひとつひとつについて深く考えずにいられるんです。というのも、僕はもともと頭の中の作業が大好きで、休日でも気が付けば仕事のことを考えてしまう。だから全ての仕事にその姿勢で臨んでしまうと、パンクすると思っていて。だからこそ、先のことは考えすぎない、あたかも「知らない」かのような状態でいますね。この習慣がなかったら僕はこの仕事を続けてこれていないと思います。

上地 面白い! 私も取り入れたいです。

想定外に「勝つ」ほうが楽しい。

香取 仕事も試合も、現場にいかないと分からないことがたくさんあるじゃないですか。今日も上地さんのことを調べまくってから対談することもできます。でも、スポーツで例えると僕は想定内で「勝つ」より、想定外に「勝つ」ほうが楽しい。あまり知識を入れずに、上地さんとお話ししたほうがいいかなって。心に余裕をもって、自分のふり幅を大きくしていたいと思っています。

上地 私も想定外の動きをする相手と戦い、ポイントをとられると悔しいんですけど「じゃあ次どうしたらいいんやろ」と燃えてくる。その瞬間はすごく楽しいですね。

代表内定第1号になった喜び。

香取 上地選手は国枝選手とともに、東京パラリンピック、代表内定第1号に決まりました。ほっとしていますか?

上地 代表選考を兼ねていたアジア大会で初優勝できたのが嬉しかったです。あまり相性の良くない大会というか、いつも苦戦する選手がいたのですが今回は当たらなくて。タイのカニタ・ストーンという選手なんですけど、私と同じ左利きで、年齢は40代後半とベテラン。恰幅の良い選手で、試合中、あまり動かないんです。そのかわり、とにかくボールの読みが優れていて、なぜか私がボールを打ち返す位置に必ずいる。

香取 それは怖い(笑)。

上地 読みが当たらないとボールを追いかけもしないんです。でも、攻略しにくい選手ですね。

香取 車いすテニスの選手は、特徴的な選手が多いんですか?

上地 アジアには多いですね。実力はあるのに金銭的な問題でツアーを回れない選手が多く、あまり大きな大会に出てこないんです。だから私たちも研究ができない。実力はあるので、ポンとでた大会で優勝する人も多いです。

ロンドン後、テニスを辞めようと。

香取 上地さんが18歳で初出場されたロンドン大会は、パラリンピックの成功例としてよく取り上げられますが、参加していかがでしたか?

上地 大会の盛り上がりもすごかったですし、現地の人々のホスピタリティ、ボランティアの方々の心構えも違うなと思いました。テニスはイギリスの国技なので、お客さんの見る目が肥えていて、プレーしていて楽しかったです。国に関係なく良いショットには拍手をくれるし、すごく気持ち良かった。それにもしロンドンが初めてのパラリンピックでなかったら、車いすテニスを辞めていたと思うんですよ。

香取 えっ!? そうなんですか。

上地 15歳から海外ツアーを転戦していて、3年間目一杯やったので次は何か別のことに挑戦してみようかなと本気で思っていたんです。出発前には、大学受験や就職活動の資料を集めていました。

香取 なんてことだ(笑)。でも、その気持ちを変えてくれるくらい、ロンドンの雰囲気が良かったんですね。

上地 はい。それに試合で力を出し切れた、というのも大きかったです。出し切れたのに、まだまだ勝てない選手が世界にはたくさんいることを体感できたので、それも続ける原動力になり、「リオでは金メダルを狙おう」と。結果は銅で、とても悔しかったんですけど。

今の状態は「一番強い」と思う?

香取 まだ手にしてない金メダルを狙う東京に向け、車いすをチューンアップしたりもするんですか?

上地 車いすは2年前に、7年間乗ってきたものを大きく変えたんです。タイヤを1インチ大きくして、座面も高くしました。フレームの素材もマグネシウムを入れて軽くしてみたけれど、動きに違和感が残って元のアルミ製に戻したりと試行錯誤しました。でも、考えるとキリがないので嫌になって(笑)、それよりプレーのことに時間を費やしたいと思い、今の車いすに固定しました。東京はこの車いすでいきます。

香取 上地選手の今の状態は、自分自身で分析して「一番強い」と思いますか。

上地 うーん、考える視点によって違います。例えば、今より10年前の方ががむしゃらにプレーできていました。いわゆる「ゾーン」に入ることも多く、マッチポイントということも知らずに気が付いたら勝っていたこともあります。今は試合中も冷静なぶん、そういうことはなくなりました。たまに「ゾーン、こないかな」と思うときもありますが(笑)、長い目で見れば今のほうが強いかな、と。

香取 僕も2020年は会場まで観に行くので、冷静かつ、時にゾーンに入る上地さんを応援するのを楽しみにしています。

上地結衣 Yui Kamiji / Wheelchair Tennis
1994年4月24日、兵庫県生まれ。車いすテニス選手。先天性二分脊椎症で両脚に麻痺がある。11歳より競技を始め、’12年ロンドンでパラリンピック初出場。’16年リオで銅メダル獲得。4大大会では複数回優勝。143cm。

香取慎吾 Shingo Katori
1977年、神奈川県生まれ。画家としても精力的に活動。3/15〜6/16まで、日本で初めて行う『サントリー オールフリーpresents BOUM! BOUM! BOUM! 香取慎吾NIPPON初個展』がIHIステージアラウンド東京で開催。

本連載は約2カ月に1度の掲載、次回は4月25日発売号の予定です

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