知的障がいの新星、続々現る! 2019日本ID陸上競技選手権

知的障がいの新星、続々現る! 日本ID陸上競技選手権
2019.06.07.FRI 公開

知的障がい選手による日本最高峰の2019日本ID陸上競技選手権大会は、6月1日、2日、40都道府県から男女合わせて311選手が集まり、埼玉県・熊谷スポーツ文化公園陸上競技場で行われた。10月のINASグローバルゲームズ大会、11月の世界選手権を見据える選手たちは躍動し、大会記録は16、日本記録は4、アジア記録が2つ生まれた。ここでは東京2020パラリンピックの実施種目である400m、1500m、走り幅跳び、砲丸投げの勝者の姿をお伝えする。

男子・走り幅跳びは小久保が好調を維持して優勝

「行きます!」

前日、20歳の誕生日を迎えたばかりの男子・走り幅跳びの小久保寛太は、競技場に清々しい声を響かせると、1本目に大会タイ記録となる6m65を叩き出した。その後、記録は伸びなかったが、「もう7mは見えてきている。早く出したい、いつなんだろうという感じです」とワクワクした表情を見せた。

小久保が手ごたえを感じているように、東京パラリンピック出場が近づく7m超えの達成は目前に迫っている。

昨年10月のインドネシア2018アジアパラ競技大会で6m79の日本記録を出し、今シーズンも5月に埼玉県での地方大会で6m95を跳んだ。地方大会の記録は非公認ながら、小久保の確かな自信になり、今回の日本選手権の4回目の試技では「(審判員に)ファールじゃなかったら6m95行ってたよ、と言われました」という大ジャンプで、会場をどよめかせる場面もあった。

伸び盛りのロングジャンパー、小久保寛太

もともと100mと200mの選手で、走り幅跳びを始めたのは高校2年からと決して早くない。小久保が特別支援学校に入学した際、樋口進太郎コーチが「この子は走りが違う」ときらめきを感じ、本格的に東京パラリンピック出場を見据えたトレーニングをスタート。(東京パラリンピック実施種目の)400mに取り組んだ時期もあったが、才能は走り幅跳びに眠っていた。

樋口コーチは明かす。
「400mはつらそうだったので、試しに走り幅跳びをやってみたら、本人が『これがいいかな』って。成長は本当に一つずつでした。最初は踏切板のすぐ手前から跳び、跳べたら4歩前、6歩前、10歩前と助走の距離を少しずつ伸ばして、フォームを固めていきました」

その甲斐あって、小久保の助走は力強い。観客席にいても地面に踏み込む足音がドンッと聞こえるほど、一歩一歩がどっしりしているが、それでいて100mを大会記録11秒05で制した実力が示す通り、走速度を失っていないのだ。

樋口コーチが「まだ伸びしろがある」と太鼓判を押す小久保。本人も「普通に跳べば、世界選手権はいい成績が出るはず」と快活に笑っていた。

日本初を目指す高校生の川口が女子・走り幅跳びを制す

女子・走り幅跳びの日本チャンピオンは16歳の川口梨央

女子・走り幅跳びでは、16歳の川口梨央が4m71で日本一に輝いたが、酒井園実(今大会は途中棄権)の日本記録を塗り替えられず、「優勝はうれしいけど、またたくさんファールを出してしまった」と悔しい表情を見せた。中国での国際大会や地元・鳥取での大会でも推定5m以上を跳びながら、つま先が踏切板をわずかに越し、ファールだったという。

「クセになっている部分があるので、しっかり直して次の大会に臨みたい」

そんな急成長中の高校生は、中学に入学した当初、運動部ではなく、科学部に所属していた。だが、体育教師に目をかけられたのがきっかけで陸上競技をスタート。体育の授業で川口のフォームの美しさに目を見張った体育教師は「1日だけでいいから陸上部に入って」と川口に手を合わせた。

恩師は慧眼の持ち主だったといえる。川口は今大会の200mでも優勝、さらに400mで3位入賞を果たしている。「走り幅跳びと400mの組み合わせでパラリンピックに出た日本の選手はいないと思うので、私が日本初になりたい」と意欲を見せていた。

優勝した新鋭の川口(右)と前回チャンピオンで2位の十代茜

男女400mは茶山が初V&外山が連覇

女子の400mでは、川口、そして伸び盛りの菅野新菜の猛追を僅差でかわし、21歳の外山愛美が1分1秒71で頂点に立った。レース展開は狙い通り。200m付近で前に出て、そのまま逃げ切った。レース中、10代の2人がぴたりと後ろにつけており、「プレッシャーがありました」というなかでの勝利だった。

400mで後続をかわして優勝した外山愛美(右から2人目)

フィニッシュ後に倒れこんだことから分かるように、今後の課題はスタミナだ。「いまはスピードだけで走っているので、もっと筋力をつけないと……」と日本記録保持者はより高みを見つめている。

一方、男子は「昨年、400mを始めたばかり。この大会に400mで出るのは初めて」という17歳の茶山健が51秒54で制し、幸先のいいスタートを切った。

200mが得意だった茶山が400mを始めたのは、もちろんパラリンピック出場を意識してのことだ。大会記録保持者の倉本翼、日本記録保持者の石田正大を抑えての堂々の力走で、「2人に勝てたことがうれしい。次は50秒台を出したい」と明るい顔で振り返った。

混戦の男子400mを制した茶山健(右から2人目)

男女1500m日本一の赤井&山本は目標タイムにわずか届かず

優勝しながら「悔しい」と落胆したのは男女1500mの赤井大樹と、山本萌恵子だ。赤井は予選で日本新となる3分59秒83を記録したものの、「世界選手権出場の(派遣標準)タイム3分59秒20を切れなかった」と顔を曇らせ、4分52秒35で走った山本は、ラスト200mで大会記録保持者の蒔田沙弥香を抜く作戦通りの勝利を飾ったが、目標だったタイムに0.02秒届かず、「レースに勝てたことはうれしいけど、タイムが悔しい」と涙を流した。

蒔田沙弥香(左)を振り切り、優勝した山本萌恵子

ともに働きながら、東京パラリンピックの出場を目指している。奈良の名門・智辯学園高に推薦入学した実力を持つ赤井は、卒業後、燃料用のゴムホースを加工する会社の現場に週2日立ち、週3日はフルタイムで練習する生活だ。愛知県の光ヶ丘女子高校の職員である21歳の山本は、高校生の練習に参加しながら東京パラリンピックへの出場を目標にしている。悔しさをバネに、どこまで巻き返せるかが見物だ。

フィニッシュ後、悔しそうな表情を見せる赤井大樹

砲丸投げは男子・綛谷と女子・中田が盤石V

男子・砲丸投げは、綛谷和也が脇腹に痛みがあるなか、5回目に10m57を飛ばし、昨年に続いて優勝を飾った。女子の中田裕美も5回目に10m52を投げ、独走で連覇している。

綛谷が「東京パラリンピックに出たいので、頑張ります」と語れば、中田も「東京に向かっていきたいので、毎日、練習します」と進化を誓っていた。

男子・砲丸投げで優勝した綛谷和也(中央)
力強く砲丸を投げる中田裕美も連覇

*2019日本ID陸上競技選手権大会リザルトはこちら(外部サイト:日本知的障がい者陸上競技連盟)

text by Yoshimi Suzuki
Photo by Yoshio Kato

『知的障がいの新星、続々現る! 2019日本ID陸上競技選手権』