馬術「CPEDI3★Gotemba 2019 Autumn」、東京パラリンピック出場有力選手の明と暗

2019.10.25.FRI 公開

東京2020パラリンピックの日本代表人馬の選考対象になる第65回東京馬術大会「CPEDI3★Gotemba Autumn」が10月17日から19日まで、静岡県御殿場市馬術・スポーツセンターで開催された。すでに最低基準を超えている5選手は、初日のチームテストと、2日目のインディビジュアルテストの平均得点率が60%を越え、3日目の自由演技に進んだ。東京パラリンピック出場の有力候補5人の戦いを振り返る。

稲葉将は新たな馬と最低基準を突破

「5人は頭ひとつ抜けている」

日本障がい乗馬協会の嘉納寛治副会長は、すでに東京パラリンピック出場の最低基準62%を超えている選手たちをこう評している。

大会3日目、5人はフリースタイルで優勝または準優勝を果たした。出場1選手のグレードIは鎮守美奈が得点率64.167%で、グレードIII は稲葉将が65.667%で優勝。2選手によるグレードIVは高嶋活士が62.167%で制した。グレードII は吉越奏詞が65.611%で1位、宮路満英が47.889%で2位だった。

稲葉とカサノバ号。稲葉は、反省点は多いが手ごたえを感じたと語る

このうち充実の表情を浮かべていたのは、グレード IIIの稲葉だ。3月に最低基準を突破しているピエノ号、7月に手に入れたカサノバの2頭でエントリーした稲葉は、ピエノ号とチームテスト65.343%、インディビジュアルテスト64.559%と6月の大会の成績を上回る得点率を残した。カサノバとはチームテスト65.294%、インディビジュアルテスト58.873%に留まっている。

結果はピエノ号が上回ったが、稲葉が手応えを感じていたのは、今回、最低基準を突破したカサノバ号だ。CPEDI3★大会に出場するのは初で、「信頼関係はまだまだ。僕も練習のときより力が入ってしまった」(稲葉)と反省点が多く、結果は2位だが、「ポテンシャルは明らかに高い。来年、パラリンピックでより上に行く勝負はカサノバでしたい」と決意を固めている。

いかにカサノバ号に思い入れがあるかは、その経緯からも分かる。12歳の馬とは、出会ったときから「これだよね」という相性のよさを感じ、借入金による自己資金での購入を決めた。「値段は4ケタ行かないくらい。社会人2年目にして……」と口調は穏やかだが、そこには大きな決断をした跡があり、東京パラリンピックで結果を残したいという熱さが汲み取れる。

充実した表情を見せる稲葉

ビーマイボーイ3号、ピエノ号に続く、3頭目のパートナーを得た稲葉は、「カサノバとはこれからもっとコミュニケーションを図って信頼関係を高めていきたい」とさらなる飛躍を誓っていた。

日体大1年生の吉越奏詞も成長を強調

日体大・児童スポーツ教育学部で学ぶグレード II の吉越奏詞もまた進化をアピールした。6月に最低基準を超えたバイロンエイティーン号に騎乗し、チームテスト62.828%、インディビジュアルテスト64.608%と6月の得点率を上回った。

バイロンエイティーン号に騎乗した吉越は進化をアピール

2位に留まったチームテストは「上へ上へと高みを目指す気持ちが強すぎて、駈歩(かけあし)で前に攻めすぎてしまった」と反省を口にしたが、インディビジュアルテストは「人と馬のコンビネーションをしっかり保てた」と1位を確保。目標だった70%には及ばなかったが、「まあまあいい演技ができた」との自己評価を下した。

バイロンエイティーン号との安定感を示した形だが、吉越はもう一つ新しい挑戦を始めている。オランダから新たに呼び寄せたエクセレント号との練習を始め、東京パラリンピック出場を目指している。

今回は調整不足で出走できなかったが、「3月の大会ではしっかり最低基準を超えたい。エクセレント号なら75%から80%を狙える」と、厚い信頼を寄せる。能力が高い馬だけに乗りこなすのは簡単ではないが、吉越は大学でバランスボールを使ったトレーニングなどで体幹を鍛え、馬にどう気持ちを伝えるか、日々、試行錯誤を重ねている。

「馬とは全身でコミュニケーションをとるんです。それこそ深呼吸ひとつで変わります」と生き生きとした表情で語り、「日本のトップになりたい」と気を吐いた。

グレード II は吉越とベテランの宮路のトップ争いが熾烈に

この吉越のライバルといえるリオパラリンピック日本代表の宮路満英も、今大会では負けてはいなかった。オロバス号でチームテスト64.646%を叩き出し、東京パラリンピックの最低基準を超えた。宮路にとって最低基準を超えた馬はこれで2頭目で、グレード II のトップ争いは今後も熾烈を極めそうだ。

さらにジアーナ号に騎乗したグレード I の鎮守美奈は、チームテストこそ58.845%と振るわなかったが、インディビジュアルテストは62.976%で、本番に強いところを見せている。

チームテストでは振るわなかったが、インディビジュアルテストで本領を発揮した鎮守

課題に直面する高嶋は壁を超える覚悟

一方、悩ましい表情を見せていたのは、2016年にパラ馬術のキャリアをスタートさせた元日本中央競馬会(JRA)騎手の高嶋活士(グレードIV)だ。

課題を残してしまった高嶋とケネディH号

2頭目の最低基準突破を狙ってフェラガモ号に騎乗したが目標に到達しなかった。加えて組んで2年経つケネディH号とは、チームテスト61.125%、インディビジュアルテスト59.431%と得点率が伸びず。「去年(インディビジュアルテスト)、ケネディとは66%(66.259%)を出した。でも、今回は60%もいけず……。本当にひどい成績だなと……」と声を絞り出していた。

壁にぶつかっているのは、「もっとよくしようと思ってやった結果、よくない方向に行ってしまったから」だという。右半身にまひが残る高嶋には、右手だけが揺れてしまう傾向があり、今後いかにフォローしていくか、課題が残ると明かす。焦りを隠せなかった高嶋だが、それでも「なんとかしていきたい」と今後も歩み続けることを誓っていた。

悩ましい表情を見せたグレードIVの高嶋

なお、インディビジュアルテスト終了後、日本障がい者乗馬協会・嘉納寛治副会長が日本代表人馬について総括した。「今後は入賞ラインの68%を目指したい」と強化の目標を語り、本番に向け、暑さに弱い馬に対し、対策を講じていくプランなどを明かした。

大会には、世界ランキング2位のグレードⅣのロドルフォ・リスカーラ(ブラジル)が招待され、2日目にデモンストレーションを行っている。会場を訪れていた「私も障がいがある」という女性は、「ロドルフォ選手の腕や座面の使い方などが見事で感激しました」と大きな拍手を送っていた。

【CPEDI3★Gotemba 2019 リザルト】

■グレードⅠ
チームテスト:1位細川裕史/藤風 2位鎮守美奈/ジアーナ
インディビジュアルテスト:1位鎮守美奈/ジアーナ 2位細川裕史/藤風
フリースタイル:1位鎮守美奈/ジアーナ
■グレードⅡ
チームテスト:1位宮路満英/オロバス 2位吉越奏詞/バイロンエイティーン 3位井上力/プリンセス・クラリス
インディビジュアルテスト:1位吉越奏詞/バイロンエイティーン 2位宮路満英/オロバス 3位井上力/プリンセス・クラリス
フリースタイル:1位吉越奏詞/バイロンエイティーン 2位宮路満英/オロバス
■グレードⅢ
チームテスト:1位稲葉将/ピエノ 2位稲葉将/カサノバ 3位常石勝義/ヴェズレイS
インディビジュアルテスト:1位稲葉将/ピエノ 2位稲葉将/カサノバ 3位常石勝義/ヴェズレイS
フリースタイル:1位稲葉将/ピエノ)
■グレードⅣ
チームテスト:1位大塚宗毅/リトルアトム 2位高嶋活士/ケネディH  3位高嶋活士/フェラガモ 4位木谷美紀/ファムファタール 
インディビジュアルテスト:1位大塚宗毅/リトルアトム 2位高嶋活士/ケネディH 3位高嶋活士/フェラガモ 4位木谷美紀/ファムファタール
フリースタイル:1位高嶋活士/ケネディH 2位大塚宗毅/リトルアトム
■グレードⅤ
チームテスト:1位石井直美/ゴールドティア 2位髙橋宗裕/フェルレ
インディビジュアルテスト:1位石井直美/ゴールドティア 2位髙橋宗裕/フェルレ

エキシビジョンで演技したロドルフォ・リスカーラ

text by Yoshimi Suzuki
photo by Atsushi Mihara

『馬術「CPEDI3★Gotemba 2019 Autumn」、東京パラリンピック出場有力選手の明と暗』