レジェンド藤本vs新エース瀬戸、しのぎ合いの結末は? 全日本視覚障害者柔道大会

2019.12.18.WED 公開

12月8日、寒さも厳しさを増す中、東京・講道館は選手たちと応援に訪れた観客の熱気に包まれた。この日、開催されたのは第34回全日本視覚障害者柔道大会。合計41名の選手が集い、男子8階級、女子6階級の王者が決まった。東京2020パラリンピックの代表は、国際大会での獲得ポイントによって各階級1人が選出されるが、国際大会に参加するためには、この大会で入賞することが必要なので各選手はいつも以上に力が入っているように感じられた。今大会で目立ったのが、ベテランと新鋭の激しいしのぎ合い。とくに白熱した争いとなった階級についてクローズアップしてお伝えしたい。

~男子~66kg級の新エース瀬戸とレジェンド藤本の緊張感溢れる勝負

今年は国際大会で実戦を積み、力をつけている瀬戸

とくに注目を集めていたのは、男子66kg級の瀬戸勇次郎vs藤本聰の一戦。観客や報道陣だけでなく、選手や関係者もこの試合を注視していた。この階級は5名によるリーグ戦で王者が決まるが、この2人の対戦が事実上の決勝戦と目されていたからだ。昨年の覇者である瀬戸は、まだ19歳で高校までは健常者の柔道で活躍し、団体戦では全国大会にも出場。2017年から視覚障がいの柔道に取り組み始めた若手のホープだ。対する藤本は44歳で、パラリンピックで金3つを含む合計5つのメダルを獲得している”レジェンド”。両者の初対決は2017年の全日本で、藤本が背負い投げで一本勝ちを収め、瀬戸に「何もできなかった」と言わしめるほどの格の違いを見せつけたが、その後の直接対決では瀬戸が3連勝中だ。とはいえ、両者の実力は伯仲しており、試合は毎回緊張感の溢れたものとなる。今年3月の東京国際でも、試合はゴールデンスコア方式の延長戦までもつれ込んでいる。

瀬戸は背負い投げから藤本を抑え込む

試合は例にもれず緊迫したものとなる。かつては、組み合った状態で始まる視覚障害者柔道の形式に不慣れな部分もあった瀬戸だが、パワー強化に取り組んでいるだけあって上半身もたくましさを増しており、藤本の強力な引きつけに対しても体幹がブレない。藤本が得意とする巴投げも側転のような形で着地し、再三しのいでみせる。だが、今回の藤本は投げ技から寝技へのつなぎがスピードを増しており、そこから素早く腕十字や三角絞めといった寝技を仕掛ける。復活の銅メダルを獲得したリオパラリンピック前から取り入れているブラジリアン柔術の練習の成果だ。とくに三角絞めは試合後に瀬戸が「深く入っていて、心が折れかけた」と語ったほどだったが、瀬戸は体を捻ってなんとか脱出。「あの三角で足の力を使いすぎて踏ん張りが効かなくなった」という藤本がそれでも仕掛けるのに対して、返しの背負い投げで技ありを奪い、そのまま抑え込んでの合わせ一本勝ちで勝負を決めた。

「このまま負けるのか」と瀬戸が感じたというほどガッチリ入っていた藤本の三角絞めだが
決め切れず

勝負を決めた背負い投げについて「狙っていたが、それまでは全部防がれていた。あれが決まらなければ、もうできることはなかった」と振り返った瀬戸。東京パラリンピックに向けては「国際大会でのポイントで決まりますが、国際試合での経験は藤本さんのほうが上」と謙虚に語る。「東京パラリンピックに出られれば、1つでも上を目指したい」としつつも、「東京で終わりではないですから」と“その先”も見据えて語った。

表彰式では笑顔を見せた瀬戸(中央)と厳しい表情を崩さなかった藤本(左)

一方の藤本も「負けはしたけれど、チャンスもあったし通用しないわけではないという希望を持てた」と試合を振り返る。東京パラリンピック代表に向けて瀬戸とのポイント差は約40あるが、「その差を埋めるために、やれることを1つずつやっていく。引退の2文字はいつも頭にあるが、東京は有終の美を飾れるステージ。そこに向けて、瀬戸選手はいい緊張感を持たせてくれる存在でありがたい」と語る。国際試合での経験の多さについては「リオパラリンピックから世界のレベルが一気に上がっていて、昔の経験は一切役に立たない」と勝負師らしい眼差しで緊張感をにじませた。

6名のトーナメントで行われた男子60kg級は、昨年優勝の平井孝明が得意の巴投げからの寝技に冴えを見せ、2試合連続の一本勝ちで連覇を達成。「勝ちパターンに持ち込めたが、課題である立ち技のバリエーションを増やしたい」と優勝の味を噛み締めつつ、東京パラリンピックに向けた課題を語った。

6名のトーナメントとなった男子73kg級は前年も同階級を制した永井崇匡が2試合とも1本勝ちで、昨年に続いて日本一の座を射止めた。観客席には永井の名前を書いたうちわを持った応援団が駆けつけていたものの、試合後は「完成度はまだ1割。東京パラリンピックで金メダルを獲ることが目標なので、こんなんじゃ全然ダメ」と反省しきりだった。

初戦は秒殺で一本勝ちを収めた永井だが、決勝では終了間際に合わせ一本勝ちとなった

3名でのリーグ戦となった男子81kg級は北薗新光が初戦は寝技で、2戦目は投げ技でそれぞれ一本勝ちを収め、「東京では金メダル以外いらないという気持ちで挑む」と決意を語る。男子100kg級は松本義和が、男子100kg超級では絶対王者の正木健人がそれぞれ連覇を果たした。

「強い相手と試合するのが楽しくて、しかも投げることができたのでテンションが上がった」と
語った北薗

5名でのリーグ戦を全勝で制し、昨年に続き男子90kg級を制したのは廣瀬悠。「カメラのシャッター音がよく聞こえたので、何としても投げているシーンを撮ってもらいたかった」と語るように、最後の試合は見事な投げ技で相手を裏返して優勝を決めた。近年は、この日は試合のなかった女子57kg級王者の妻・廣瀬順子のコーチも務めているが、「順子さんの攻撃的な柔道を取り入れるようになって、国際大会での勝率も上がり、強くなっている実感がある。東京では夫婦でメダルを獲ります」と手応えを掴んでいるようだった。

4試合全てで一本勝ち、しかも寝技でも投げ技でも一本を取るという調子の良さを感じさせた
廣瀬悠

~女子~白熱の3連戦を藤原由衣が制し52kg級初優勝

参加選手が2名の階級は、3回試合を行い、2回勝ったほうが優勝という形式が取られたが、その中で唯一3回戦が行われたのが女子52kg級。昨年の覇者である石井亜弧と藤原由衣で争われたが、1戦目は石井が先に技ありを奪われながらも、終盤に一本を取り返して先取する。2戦目はゴールデンスコア式の延長戦にもつれ込み、藤原が技ありを取って優勢勝ちを収めた。腰が重く、どっしりと構える藤原に対して、石井は細かくステップを使い崩していく戦法と対象的な2人。3試合目も4分間を闘い切る熱戦となり、技ありのポイントを守り切った藤原が昨年の雪辱を果たし、初優勝を決めた。

3試合ともほとんどフルタイムを闘う熱戦を制し、初優勝を決めた藤原(右)

高校時代は健常の柔道に取り組み、20歳のときに視覚障がいが判明したという藤原は7年のブランクを経て、2年前から視覚障がいの柔道を始めたという新鋭。「組んだ状態から始まるのは、力の入れ方などコツがあり、今でも違和感があるくらい難しい。その部分を研究してきたことで勝てるようになりました」と手応えを語る。国際試合の経験はまだ5試合程度と浅いが、普段から手足の長い海外選手を想定して階級が上の相手と練習を積んでいるという。

連覇を果たした半谷に対し、よく動き好試合を展開した島田も期待の若手だ

女子48kg級の半谷静香と島田沙和の試合も、場外に出ても展開の止まらない好勝負となった。会場からも熱い声援が両者に送られる。結果は、1試合目を技ありによる優勢勝ち、2試合目をゴールデンスコア式の延長で技ありを奪った半谷が連覇を達成。女子63kg級は工藤博子が細田園子を破り連覇。女子70kg超級は昨年王者の土屋美奈子を西村淳未が2試合ともに一本勝ちで勝利し、新王者となった。

なお、女子57kg級と女子70kg級は試合が行われなかったが、廣瀬順子と小川和紗がそれぞれ王座を守る形に。ちなみに、廣瀬は現在、世界ランキング2位につけており、東京パラリンピックでは金メダルを期待される存在。ライバルとなりそうな選手を想定した練習を重ねているといい、モチベーションも高い。

試合はなかったものの、東京パラリンピックで金メダルを期待される廣瀬順子

大会後、強化本部長の佐藤雅也氏は「海外のレベルは高くなっており、遠征に行く度に新しい選手が育っている」と語り、日本でも若手選手の育成が必要との考えをしめす。この日、優勝した瀬戸と藤原はそんな中にあって「東京パラリンピックだけでなく、その先のパリパラリンピックでも活躍できる選手」と期待を集める存在。こうした新鋭の台頭がベテラン勢にも刺激を与え、レベルの底上げがなされれば、パラリンピック本番への期待度はさらに高まる。

※世界ランキングは12月8日現在
【第34回全日本視覚障害者柔道大会 リザルト】
男子優勝者:
-60kg級 平井孝明
-66kg級 瀬戸勇次郎
-73kg級 永井崇匡
-81kg級 北薗新光
-90kg級 廣瀬悠
-100kg級 松本義和
+100kg級 正木健人

女子優勝者:
-48kg級 半谷静香
-52kg級 藤原由衣
-57kg級 廣瀬順子
-63kg級 工藤博子
-70kg級 小川和紗
+70kg級 西村淳未
41名の選手が集い、男子8階級、女子6階級の王者を争った

text by TEAM A
photo by Yoshio Kato

『レジェンド藤本vs新エース瀬戸、しのぎ合いの結末は? 全日本視覚障害者柔道大会』