チョコレートとの運命的な出会い。常識を覆したサスティナブル経営<前編>

2020.03.09.MON 公開

いよいよオリンピック・パラリンピックイヤーを迎え、世界中の人たちが日本を訪れることもあり、経団連もD&I(※)社会の実現を急務と位置づけている今日。大きく変わりつつある社会の中で、企業もビジネスパーソンも新しい価値観や成長を求められている。そこで、創業時からD&Iな企業経営やマネージメント方法などを行い、わずか5年で全国38カ所に拠点を持つまでに急成長を遂げたチョコレートブランド「久遠(くおん)チョコレート」の代表である夏目浩次さんに、その成功の秘訣を伺った。
※D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)= ダイバーシティとは多様性、インクルージョンとは包括・包含の意。マジョリティ(多数派)やマイノリティ(少数派)を区別せず、あらゆる全ての人を含んだものの見方や考え方。

ブランド誕生のきっかけは、「仕方ない」への反骨精神から

久遠チョコレートを立ち上げから5年で年間売り上げ8億円にまで成長させた代表、夏目浩次氏。

全国の百貨店から催事のオファーが次々と舞い込む、今、話題のチョコレートブランドがある。愛知県豊橋市に本店を構える、久遠チョコレートだ。味やおしゃれな見た目が支持されていることに加え、大きな特徴は障がいのある方など多様な人々が作り手として関わっていることだ。障がい者雇用の現状を変えたい!という代表夏目さんの思いが実を結び、フランチャイズを希望する福祉事業所も次々と名乗りを挙げ、急成長を遂げている。

―――最初は障がいのあるスタッフ3名とパン屋を開業されたとのことですが、障がい者雇用に関心を持ったきっかけは? 

夏目さん(以下、夏目):私はもともと土木工学が専門で、駅などのバリアフリーの計画・設計に携わる機会がありました。みんなが使いやすい場所にエレベーターを設置したくても、経済的な制約から遠い場所に追いやられることも。意見しても、周りや上司から「仕方ないということを覚えろ」と言われ、仕方ないってなんなんだろう?と悶々としていました。

そんなときに、障がいのある人たちの暮らしを知ろうと本を読み、障がい者が福祉作業所で働いても工賃が月に1万円になるかならないかだと知り、衝撃を受けました。作業所の労働はそういうものだから仕方ないという空気になってしまっている。物事を仕方ないで片づけてしまったら、何の成長もない。障がいがあるから=1万円という方程式が、どうしても自分の中で成り立たなかったのです。ほかの正解があるはず。やり方を考え、この状況を変えたいと思いました。当時はまだ具体的な道筋はないものの、達成すべき目標に、彼らの工賃を10倍にする!というのがありました。

どんな人にも可能性はある。一緒に成長できる方法は必ずあるはず

―――実際に障がいのある方を雇用し、パン屋を経営してみていかがでしたか?

夏目:最低賃金を保証して、知的障がいのある3人の女性スタッフと店を始めましたが、商売の実績がない状態で始めたので、非常に苦労しました。みるみる赤字が膨らんでいった。でも、そんな悲惨な状況の中でも、それぞれのスタッフが自立する瞬間があったのです。レジ担当の人は計算が苦手で、最初はパニックになって自分の頭をぽかぽか叩いてしまうことが度々ありましたが、給料でノートとペンを買って、パンの名前と値段を書いて覚える努力をし、レジの使い方を徐々にマスターしていった。毎日パンを焦がしていた人が、コツをつかんで徐々にうまく焼けるようになった。人は障がいの有無にかかわらず、可能性は等しくある。それを生かすも殺すも環境次第だと実感しました。借金してでも、このパン屋は絶対に辞めない! 彼女たちの可能性を信じて、どう寄り添い、ともに成長していけるか、そのやり方を考え続けようと。

―――なるほど。パン屋の経営から見えてきた課題はありますか?

夏目:障がい者が作ったパンだからということではなく、「価値があるから買いたい」そうでないと経営としては成功しない。そのためには、作り手の都合ではなく、お客さんの満足度を上げることが必要です。お客さんの買いたい時間に豊富な種類を並べる。一般のパン屋と同じ視点です。ただ、たとえば朝10時に50種類のパンをそろえるとしたら、それぞれのパンの作り方が異なるため、厨房の中は動線が混在。障がいの特性によっては、そのスピードについてこられない人も出てきてしまい、できる人で回すことになる。一緒に働ける人を選ばないとサービスの質を維持できない。そこが自分の中で課題となりました。

パン事業が軌道にのってからは、障がい者就労の場として、カフェやクリーニング、印刷関連など、さまざまな事業を展開しましたが、どの仕事でもどうしても一緒に働ける人を選ぶ必要に迫られる。トライ&エラーを繰り返しながら、みんなで一緒に働きながら成長できる事業を探し、考え続けました。考えることをあきらめては、そこで終わりですから。

チョコレートとの運命的な出会い。みんなで一緒に、かつ労働生産性が高く、買う人も笑顔に

主力商品の久遠テリーヌ。スタンダード15種類に加え、日本全国のおいしい食材を再探求するディスカバリー・ジャパンシリーズが好評で、現在約150種類を展開。

―――チョコレートに着目した経緯は? どういうところに魅力を感じたのですか?

夏目:きっかけは、野口和男さんというショコラティエとの出会いです。「正しい材料を正しく使えば、おいしいチョコレートは作れる」彼の言葉は目から鱗でした。それまではチョコレートは障がい者が働く事業としては難しいという先入観がありましたが、彼の工房で数週間働かせてもらって、これはいける!と思いました。

チョコレートは溶かして型に流す単純作業のくり返し、危険な器具を使わない、材料のロスがない。そして、作業の途中でチョコレートが固まってきたときは、少し熱を加えれば扱いやすい状態に戻るのです。チョコレートはその人のスピードに寄り添ってくれる。これなら障がいのあるスタッフも焦らずに作業できます。そして、パンに比べてかかる時間が格段に短く、でき上がった商品は高単価で労働生産性が高いことも利点です。

―――確かに!チョコレートは障がいのある人の作業に見事にマッチしますね。

10年探し続けてようやく、人に時間を合わせてくれる食材に出会いました。チョコレートをもらって嫌な顔をする人はいません。作り手も買う人もみんなが笑顔になれる。この先は、チョコレートで障がいのある彼らと共に生きていく!と心を決めました。そして2014年に日本財団の実施する「夢の貯金箱」の「ゆめちょ総選挙」の当選事業に選ばれたことも転機となり、チョコレート事業が大きく展開したのです。5年で国内38カ所に拠点を構えるようになり、直営店の月給は平均16万円を超え、工賃1万円の10倍増という目標も達成しました。

障がいの特性だけにとらわれず、個人と向き合う。凸凹を補う組み合わせで生産性を向上

―――御社は創業時からD&Iを推進されていますが、どのような人たちが働いているのですか?

夏目:現在、社員350名のうち、230名が障がいのある人です。そのほかに、小さいお子さんがいるお母さんや、不登校や引きこもりなど悩みを抱える若者たちも働いています。それぞれが社会の中で生きづらさを抱えている、そんなスタッフたちにこのブランドは支えられています。

―――まさに多様性のある人たちの集まりですね。現場のマネージメントで工夫されていることはありますか?

夏目:労働時間や勤務日数は、スタッフの特性や状況に合わせてフレキシブルに対応しています。例えば日に5時間、週4日というシフトで働く人もいます。障がいのある人については、障がいの特性は傾向として捉えますが、大事にしているのは一人ひとりと向き合うこと。問題に直面したときは、現場の当事者間だけで話すのではなく、中間支援団体など第三者を交えて、双方で支援し合う形をとっています。プライベートでのストレスや現場の人には言いづらいことなども、受け止める場が必要ですし、現場の人には見えてこないことでも、客観的に判断できる第三者だからこそ気づき、改善に繋がることもあります。

ラボ(工房)では、それぞれに得意不得意があるのでペアを組み、互いの凸凹を補い合って作業をすることも多いです。例えば、Aさんは細かい作業は苦手だからチョコレートを流す係、Bさんはひたすら同じ位置にドライフルーツやナッツを置く係。Bさんは自閉症で、視覚認知すれば材料を決まった位置に置くことができ、同じ作業を飽きずに続けられるのです。コミュニケーションをとるのが苦手な人は、一人で完結する作業を担当するなど、それぞれに合った形で担当してもらっています。

―――マッチングがうまくいくと、作業効率がアップ。一般企業でも参考になりそうですね。

夏目:一般の社会でも、人はみんな多少の凸凹はあるものだから、「できないからダメ」で終わらせるのではなく、どうやったらうまく機能するのかを考えて、人と人、人と仕事をマッチングさせる発想も大事だと思います。

みんなが輝ける社会。そのためには「仕方ない」をやめて、真剣に考えるべき

全店舗の中で売り上げトップを誇る久遠チョコレート豊橋本店。続いて売り上げ上位の常連は、新潟店や徳島店、旭川店だそう。

―――夏目さんが考える、これからの日本が向かうべきD&I社会のあり方とは?

夏目:障がいの有無とは関係なく、すべての人に可能性があり、それぞれの特性がある。多様性を受容しつつ、経済的にも成長する社会がこれからのあるべき姿、つまりD&I社会ですね。今まではできない人や型にはまらない人を切り捨てて平準化してきた社会でしたが、これからはパズルを組み合わせるみたいに、個々の凸凹の違い、できるできないを組み合わせながら、どうやったらそれぞれの可能性を引き出し、共に成長できるかを考えることが求められています。企業の経営に携わる人も働く人も、目の前の課題を「仕方ない」で終わらせずに、あきらめずに考えること。壁にぶつかり考えれば考えるほど、企業も個人も足腰が強くなり、ひいては日本の社会が強くなる。私はそう考えています。

企業もビジネスパーソンも考え抜いたその先に、成功のカギがある。久遠チョコレートの成功がその証明でもある。<後編>では、夏目さんが注目しているSDGs(エス・ディー・ジーズ)の達成につながる新しいビジネスモデルや今後の目標について、語ってもらう。

この記事の<後編>
人気のチョコブランド大成功のヒントはSDGsな発想だった!<後編>
https://www.parasapo.tokyo/topics/24986

PROFILE 夏目浩次
ラ・バルカグループ代表。2003年、愛知県豊橋市において、障がい者雇用の促進と低工賃からの脱却を目指すパン工房を開業。その後社会福祉法人を経て一般社団法人化し、障がい者雇用に関わる事業を幅広く展開。2014年に久遠チョコレートを立ち上げる。現在は、豊橋本店をはじめ、フランチャイズを含めると全国に38カ所の拠点をもつ。全国の福祉作業所にノウハウを指導したり、上場企業との協業で地方に工場を設立するなど、常に一歩先を行く就労促進を図っている。
・久遠チョコレート:https://quon-choco.com
・ラ・バルカグループ:https://labarca-group.jp

参考サイト:日本財団「夢の貯金箱」https://yumecho.com/about/

text by Makiko Yasui(Parasapo Lab)
photo by Megumi Yoshitake

『チョコレートとの運命的な出会い。常識を覆したサスティナブル経営<前編>』