効率が格段にUPするビジネス脳に!NY生まれの「対話型アート鑑賞」って?

2020.03.27.FRI 公開

ある調査で、美術館に来る学生とそうでない学生を比較した場合、前者のほうが読み書きする力、論理的思考力、問題解決能力が高いという結果が出たそうだ。アートがもたらすこうした効果をいち早く取り入れたのが、海外のグローバル企業。アートスクールや美術系大学のエグゼクティブトレーニングに、自社の幹部を送り込むケースもあるという。
そこで注目したいのが、近年、ビジネスパーソンの脳を活性化すると言われ、日本の学校教育でも導入されている「対話型アート鑑賞」というプログラム。このプログラムを企業に提案している磯村歩氏に話を伺った。

大手グローバル企業も注目する対話型アートの効果とは

「対話型アート鑑賞」プログラムを提供する株式会社フクフクプラスの代表取締役、磯村歩氏。

編集部:「対話型アート鑑賞」は、耳慣れない言葉ですが、いったいどういったものなんでしょうか?

磯村歩(以下磯村):もともとは、教育プログラムとして1980年代にニューヨーク近代美術館(MOMA)で開発されたものです。私たちは、それに独自のアイデアを加えて「脳が脱皮する美術館」というサービス名で企業導入しています。

当社では30~90分で、10名程の参加者が3~4点のアート作品を鑑賞しながら、1人のコンシェルジュの問いに答える形で進めていきます。

実際の対話型アート鑑賞プログラムの風景。 ©︎フクフクプラス

磯村:たとえば、ある1枚の絵を参加者全員で鑑賞して、コンシェルジュが次のような問いかけをします。

――この絵にタイトルをつけてみてください。

そこで、それぞれの参加者がめいめいタイトルをつけていくのですが、ある参加者は、その1枚の絵に「ブラジルの熱い夏」というタイトルをつけたとしましょう。すると、コンシェルジュは続けて次のような質問をします。

――この絵のどこでそう思ったのですか?

すると答えた人は、心の中で「なぜそう思ったのだろう」と自分に問いかけるわけです。考えるうちに「かつてブラジルで見た風景に似ているからかもしれない。さらにその時は、夏で、とても暑かった」と記憶を辿って言葉に変換していきます。

一方、別の参加者は「花で覆われた絨毯」と答えたとすると、「あ~そういう見方もあるんだね」と参加者全員の新しい発見につながります。このように参加者全員とアートを題材に様々な視点を交換していきます。

編集部:頭の中に浮かんだふわっとした印象を言葉にするって、結構大変そうですね。でも、そのプロセスがビジネス脳をつくることに繋がるのでしょうか?

磯村:右脳で感じた抽象情報を言語化するというのは、通常のビジネスにはなかなかないシーンなんですよ。そもそも組織が一体感をもって動くためには情報に対する理解の齟齬があってはならないわけで、アートのような言語化しにくい抽象情報は避けられてきたわけです。

ただ、企業活動にイノベーションが求められる中、組織全体が一定の理解を持ちうる非抽象事象だけでは限界があるのは自明で、昨今、直感によるひらめきなど右脳の感覚が注目されてきています。

さらにプログラムのアプローチは、脳科学的に、軽度の認知症の改善や、ストレス軽減、論理的思考力の向上につながると言われています。アメリカの大学受験にはSATという一種の共通試験のようなものがあるのですが、ある調査によると、アートを積極的に教育に取り入れている学校の方がSATの得点が高いという結果が出ているそうです。こうした効果があることから、実は対話型アート鑑賞は多くのグローバル企業で盛んに実施されているんですよ。

「匿名」のアートが、効果を最大限に引き出す?

編集部:磯村さんが行っている対話型アート鑑賞プログラムには、特徴があると伺いましたが、それはどんな点ですか?

磯村:NYのMOMAで始まったこのプログラムは、現在は日本でも行われていて、いくつかの美術館でもビジネスパーソンに向けて実施されています。ただ、実施するにあたっては、いくつか課題があるように思っています。たとえば美術館でこのプログラムを受けようと思うと、当然美術館に行く必要があります。研修だからといって、就業中に大勢の社員が特定の場所に特定の時間に行くというのはなかなか難しい。場合によっては美術館やアート作品を借りるなど、それなりの費用もかかりますから、どんな会社も簡単に導入できるというわけではありません。

編集部:近くに協力してくれる美術館が必ずあるとは限らないですからね。その問題を解決したのが磯村さんたちが提案する対話型アート鑑賞なんですね?

磯村:そうです。私たちがこのプログラムで使用しているのは、約2万点ある障がい者アートのデジタルアーカイブです。高精細にプリントした作品(ジグレー版画)を額装し、それを持って会社に行く、“出張型”として行っています。

編集部:つまり、コストが安くなるし、場所にも依存しないというわけですね?

磯村:はい。会議室さえご用意いただければ、それで十分。さらに障がい者アートを使う大きなメリットは、一定レベルの匿名性が担保されているということです。たとえば、美術館にあるような宗教画には、その絵が持つ文脈や意味がありますよね。あるいは現代アートにも、見る側は作家がその作品にどういう問いを込めたかといったことを考えてしまいます。美術館の絵のそばにはキャプションが書かれていますが、みんなそれに近いことを言わなければいけないと思ってしまうんです。

編集部:確かに、ピカソのような有名な画家の絵だと、その絵の知識がないことを恥ずかしいと思ってしまいますよね。部下や後輩に「なんだこの人、全然わかってないな」と思われたくないですし。

磯村:そうなんですよ。美術館で行う対話型アート鑑賞の場合、「アートには詳しくないから場違いなことを言って、恥をかいたらどうしよう」と考えてしまう心理的なハードルがあります。その点、障がい者アートは、特定の文脈がなく自発的な動機で描かれたものが多い。よって解釈に関して「こうである」という正解がありません。そして、色彩や筆のタッチが純粋な印象も相まって、親しみやすく、とてもフラットな対話の場がスムーズに成立するんです。

編集部:お互いの答えに対して意見を言い合うということはないんですか?

磯村:もちろんありますよ。ただ、当社のファシリテーターがどんな意見も受け入れ、全ての意見に優劣をつけない関係性づくりをしながら進行しますので、グループ内に心理的安全性が担保され、プログラムの最後には、「みんな違って、みんないいね」という互いの多様性を認め合う関係性が生まれます。

編集部:そういう意味でも、余計なことを考えなくていい障がい者アートは、すっと心に入ってきますし、感じたままを言葉にすることができるので、より高い効果が出るのかもしれませんね。

磯村:すでに20社以上の企業、2,000人以上のワーカーにこのプログラムを体験していただきましたが、「他の人の視点によって化学反応が起きたように、自分の創造力が増した」とか、「普段は使わない脳を使った感じがした」というような、脳に刺激を受けたという意見をいただきました。同時に、「同じグループの人と信頼感が生まれた」などのチームビルディングにおける効果、そして「リラックスできた」「いつも以上に楽しそうに笑っている自分に気づいた」といったメンタルの効果など、多種多様なポジティブな感想をいただいています。

障がい者アートの活用が企業価値の向上につながる?

障がい者アートを活用したトートバッグやポーチに企業名を入れてノベルティグッズに。

磯村:さらに1回のプログラムだけで終わるのではなく、就業時間中にいつでもこうした思考力を身に着けられるように、私たちは、アートレンタルも行っています。ファシリテーターの問いのプレートを添えた障がい者アートを社員食堂やエレベーターホールなど、社内のいろいろな場所に飾って、日常的に社員同士で対話型アート鑑賞を楽しんでもらうことで、脳を活性化するだけでなく、社員同士のコミュニケーションにも役立ててもらっています。利用料の一部が障がいのある方たちに還元される仕組みにもなっていますし、さらに、自社で雇用している障がいのある方たちがアートに携わる支援もして、その作品を会社のノベルティグッズに利用するといったことにも取り組んでいます。

編集部:では、社員研修をしながら、同時に社会貢献をすることができるんですね。

磯村:はい。障がい者アートはCSR(Corporate Social Responsibility=社会貢献)としてとらえると、単に購入してその売り上げを還元するだけになりがちなのですが、そうなるとサステナブル(Sustainable=持続可能)ではなくなってしまう傾向にあります。そうではなく、企業にとっても、障がいのある人にとっても、互いにwin-winになるCSV(Creating Shared Value=共通価値の創造)のツールとして使えば、結果的に永続的な社会貢献になるはずです。こういう視点を、もっと多くの人に知ってもらい、役立てて欲しいですね。


障がい者アートを使った対話型アート鑑賞は、ビジネス脳を作るのに有効であると同時に社会貢献、そして企業価値の向上にもつながる。特に今、世界的にも企業が力を入れていかなければならないSDGs(※1)やD&I(※2)への興味喚起にもなることから、今後ますます注目を浴びることになりそうだ。
※1:SDGs(Sustainable Development Goals)=2015年の国連サミットで採択された、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標で、17のゴール・169のターゲットから構成されている(外務省HPより)。
※2:D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)= ダイバーシティとは多様性、インクルージョンとは包括・包含の意。マジョリティ(多数派)やマイノリティ(少数派)を区別せず、あらゆる全ての人を含んだものの見方や考え方。

「脳が脱皮する美術館」https://fukufukuplus.jp/artservice/
プログラム監修:東京工芸大学 教授 福島治

text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
photo by Kazuhisa Yoshinaga

『効率が格段にUPするビジネス脳に!NY生まれの「対話型アート鑑賞」って?』