テレワークがもたらす新たなチャンス。高まる働く人の多様性
新型コロナウイルス感染拡大による外出自粛で、自宅でリモートワークを余儀なくされていた(あるいは現在も継続中の)方は多いだろう。「強制的に“働き方改革”が進められた」などと言われる一方で、“ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)”のダイバーシティ(多様性)への注目が社会的に高まっていくという見方もあるのだそうだ。それはいったいどういうことなのか? 多様性をいかす組織のあり方について研究されている早稲田大学大学院教授の谷口真美氏にお話を伺った。
リモートワークで多様性の活用が進む!?
ITツールやオンラインを活用して、会社に出社せずに自宅で仕事をする。最初は難しいと思ってもいざやってみたら、通勤時間の短縮にストレス軽減、家族と過ごす時間が増えるなど、さまざまな利点があることがわかった。さらに視点を変えると、意外なメリットが見えてくる。
「リモートワークが進むと、ワークとライフの境界が曖昧になるなどの新たな問題への対処も必要でしょう。しかし、ITツールを使用している人がどんな人であるか、という“表層の多様性”をみんな気にしなくなってくるんです。やり取りはメールやオンラインですから、仕事の出来栄えの良し悪しがより重要で、それを達成した人の性別や国籍、年齢、さらに障がいがあるかないかは、ほとんど関係ありません。その仕事の中身で評価されることになります。そこで人の“深層の多様性”が注目されるようになるのです」(谷口真美氏。以下同)
ここで、多様性には“表層の多様性”と“深層の多様性”があることを知っておく必要がある。表層の多様性とはジェンダー、年齢、人種・民族、障がいの有無など、その人の外見的な特徴。自分の意志では変えられないものなので、それによって差別されてはいけないということで、法律の整備などが行われてきた。多様性というと、まず言及されるのがこの表層的な側面だ。
一方で深層の多様性とは、その人が住んでいるところ、家族構成、職歴、趣味、パーソナリティや価値観、知識、スキルなど、一見しただけでは判断がつかない属性を意味する。
「同じ空間で働いていると、何となく頑張っている雰囲気の人、パフォーマンスが上手な人の方が評価されたり、本来は仕事そのものには関係のない、外見や所作によって偏見を持たれることがあります。けれど、リモートになるとそういうことは目に入らないので気にならなくなります。どんな成果を上げているかで判断されるので、できている人とできていない人との差は、どんどん開いていくでしょう。もちろん、仕事を頑張るプロセスは、周りの士気を高める意味で大事です。でも、今まで表層の多様性によって差別を受けていた人には、成果に基づいて公平に評価されるチャンスが得られるので悪いことではないと思います」
ダイバーシティ(多様性)を受け入れない企業は生き残れない?
谷口氏がダイバーシティ・マネジメントを研究対象としたのは、海外に進出している日系企業が、現業部門において現地従業員を活かす一方で、管理部門などの意思決定は日本人中心のままであることに気づいたことがきっかけだったという。同じことが国内の企業で、なかなか活躍の場を与えられていない女性の状況にも当てはまると思ったのだそうだ。
「ダイバーシティという言葉が人事用語として、アメリカで使われるようになったのは1980年代の前半です。当時、アメリカ経済が停滞する中で、少数派優遇施策が緩和され、いかに経済を回復させるかがテーマになっていました。その後、80年代後半には、2000年までに、労働力の新規参入者の8割が、女性やマイノリティの人種・民族で占められるようになるという報告書が出され、さまざまな人材を活用しないと企業は生き残っていけないという危機感が高まっていきました。そこでマイノリティの格差是正から、ダイバーシティの活用への発想の転換ということが、盛んに言われるようになっていったんです」
しかし日本は、さまざまな面で海外とは事情が異なっていたため、同じような流れにはならなかった。ダイバーシティという言葉を使いながら、多様性をどのように活用していくか、が議論されるようになったのは2000年に入ってから。アメリカに遅れること約20年だったという。
「それまでの日本では、同じような属性の人が集まった組織がなぜ良いのか、多様な人がいると組織はどうして上手く行かないのか、という議論ばかりでした。でも、海外に目を向ければ、多様な人材を活かしてどうやってプラスにしていくか、という研究が始まっていました。それが、ダイバーシティ・マネジメントです。これは新しい方向性だなと思って、自分の研究テーマにすることにしました」
多様性は表層=外見的な違いだけじゃない。
誤解されやすいダイバーシティの概念
昨今では、東京でパラリンピックが開催される予定ということもあり、障がいのある人を等しく受け入れ、障がいのない人との格差をなくすという意味で、ダイバーシティという言葉を聞くことが多くなった。しかし、ひと口にダイバーシティといっても、それぞれがイメージしている属性、期待する姿が違うため、目指すべき目標が未整理のままで効果が期待できない、ということも多いのだそう。
「ダイバーシティというと、まずジェンダー。女性の活躍という文脈で語る人もいるし、障がい者の話をする人もいます。そういった自分の意志では変えることのできない表層のダイバーシティだけにこだわっていると、ただ女性をもっと管理職に登用しようとか、障がいのある人をもっと雇用しようとか、単なる数合わせの話になりがちです。でも、多様性にはその人の経験してきたこと、身につけている知識やスキルという、バックグランドにある深層の多様性といった側面もあるのです。自分たちがダイバーシティという時に、どっちの観点で話しているかをきちんと明確にしておくことが、大事ですね」
表層の多様性だけに注目していれば、「女性を登用する」、「障がいのある人を雇用する」ということが目標になり、それが満たされればOKということになるだろう。しかし、本当のダイバーシティ・マネジメントとは、メンバーのより深いところの「違い」を、組織にとってプラスにするにはどうしたらいいかを考えること。では具体的な方策を考えるに当たって、どのようなことに注目すれば良いのだろうか。
一言で多様性といっても3つの捉え方がある
多様性には、表層的・深層的といった視点とはまた違った捉え方があるのだそうだ。
◆「格差」の多様性
その組織や社会に属するメンバーの中での影響力や分配の格差に着目する。格差が大きいと、意見が通る人、通らない人が出てきて、メンバーが互いに触発し合う可能性が期待できない。
◆「種類」の多様性
その組織や社会に属するメンバーが、知識、スキル、能力が違う、いくつかのカテゴリーにどのように分散しているかに着目する。Aさん、Bさん、Cさんは、それぞれ違う知識、スキル、能力を持っており、誰が優れていて、誰が劣っているということがない。3人いるからこそ、さまざまな問題解決ができるという捉え方。
◆「距離」の多様性
その組織や社会に属するメンバーの持つ価値観のへだたりに着目する。心理的に距離があると、コミュニケーションがうまく取れず、価値観の違いが仕事の進め方ややる気に影響して、メンバー間の分断をまねく。
「これら3つの多様性の捉え方は、どれが良い悪いではなくて、今自分たちは何について議論をしていて、どのような目標に向かって進んでいくかを知るのに大事な観点です。たとえば、ある流通系の企業では、それまで男性だけが登用されてきた店長ポストに女性を登用しました。これはまず、“格差の多様性”の観点で格差を埋める作業なのですが、結局は手段でしかない。本当の意味で多様性を活用するには、そこに“種類の多様性”の観点による、意見の相互触発が活性化するような場所を作らなければいけないし、“距離の多様性”の観点も無視することはできません。いろいろな視点からダイバーシティをテコにしてお客さんを増やす、新しいビジネスモデルを創造していくという、個人と組織が共有する目標を達成するのがダイバーシティ・マネジメントなんです」
社会が目指すべきは、同化、分離を経て、多様性の「統合」へ
2015年に政府が「女性活躍推進法」を制定するなど、ダイバーシティに対する関心は高まっていると言えるだろう。国内でも多くの企業がD&Iへの取り組みを始めている。しかし、一方で外形的に格差を埋めるだけの、ダイバーシティのためのダイバーシティになってしまいがちな企業が多いのも事実だ。そうならないためには、どうしたらいいのだろうか?
「企業のダイバーシティに対する取り組みには、いくつかの段階があります。まず最初は“同化”。うちは女性を何割管理職に登用していますとか、障がいのある人を何人雇用していますとか、外形的にダイバーシティを尊重しながら、その実は既存の組織風土・慣行を変えていないので、それらへの同化圧力を意図せずかけてしまうという段階です。でも、それだけだとさっきも言ったようにただの数あわせです。また、同化圧力をかけないまでも、ただ多様性を受け入れ定着させるだけで、一人ひとりの持つ深層の特性をいかすまでに至っていない“多様性尊重”という段階もある。
次の段階にあるのが“分離”。本体とは別の組織を作って、そこで障がいのある人の特性をいかす雇用をしたり、既存の従業員とは異なる処遇を施したりする。すると、それまで雇っていた従業員と対立したり、うまくまとまらないといったマイナス面がないので、うまくは行きます。でも、それも本当の意味でダイバーシティを活用しているとは言えないでしょう」
日本には法制上、ある一定の条件を満たせば、障がいのある人を雇用するために作った会社を子会社として認める「特例子会社」というものがある。これも、谷口氏が言うところの“分離”の段階といえるのかも知れない。しかし、そんな風に分離された状態では種類の多様性の良さが発揮されず、新しいものを生み出すことができないのではないだろうか。
「そこで目標とすべきなのが、“統合”のステージです。『障がいがある人は可哀想だから、雇用してあげる』というのでは格差を埋めるだけ。市場として必要とされていることにはなりません。その人のアイデア、その人の技術を採り入れることによって、他のものとは全く違うもの、新たな価値があるものになっていれば、それは新しい市場を作り出しているということになる。市場の動向を見ながら、新たなビジネスモデルを思考し、そのビジネスモデルを実現する上で、こういうバックグランドがある人と、また別のバックグラウンドがある人を組み合わせて、このように活かしていこう。そういう相互触発を通じて創造につなげていくのが“統合”で、多様性をシナジーとしてイノベーションにつなげていく。一人ひとりが各自の持ち場で、最大限の力を発揮する以上の効果を得ることができる。それが、これからの企業に求められることだと思います。」
冒頭にも述べたように、新型コロナウイルスの感染拡大により、私たちはさまざまな生活スタイルの変更を余儀なくされ、ビジネスにも大きな変化が起きつつある。まさにパラダイムシフトの時に、さしかかっていると言えるのかもしれない。
しかし、こんなときこそダイバーシティに目を向け、以前の働き方、ビジネスのあり方の良い点を残しつつ、今のテレワークの利便性やビジネスのあり方の利点を融合していく。そんな中から、新しい価値観、新しい社会が見えてくるような気がした。
text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)