タイの子どもたちの差別・偏見を払拭! 場外から世界を変える浦和レッズのSDGs

2020.12.10.THU 公開

いま世界では「SDGs」の大きな潮流が生まれ、先進的な企業や人々を中心にスタンダードな理念として定着しはじめてきた。もちろん、その流れはスポーツ界にも浸透してきており、スポーツの力を活かして社会に貢献しようという様々な取り組みが各地で行われているのも事実だ。そうした中で注目したいのが、Jリーグに加盟するプロサッカークラブ、浦和レッドダイヤモンズ(以下、浦和レッズ)が実施している「ハートフルクラブ」という活動。サッカーを通じて子どもたちの「こころ」を育もうと、国内外で独自のプログラムを実施し、2018年には優れた社会貢献活動を表彰する「HEROs AWARD」も受賞した。場外から国内そして世界の子どもたちへ届ける、そのユニークな試みとは? ハートフルクラブでキャプテンを務める落合弘氏に話を伺いながら、その全貌に迫っていきたい。

タイの子どもたちの救世主に! 浦和レッズが紡いだ友情ストーリー

「HEROs AWARD」受賞の報告でバーンロムサイを訪れた時の様子

タイの首都・バンコクから北へ720kmほど離れた場所にある、タイの第2の都市・チェンマイ。この地で1999年より活動をはじめた「バーンロムサイ」は、HIV/エイズに母子感染した孤児たちが暮らす生活施設だ。当時タイではエイズが猛威をふるい、多くの人々が感染し亡くなっていた。エイズにより両親を失い、自らも母子感染してしまう子どもたちが増え続けていたことから、バーンロムサイが受け皿となり、彼らを支えていたのだった。

もちろん、病気が与える社会生活への弊害は大変なものであったが、なにより深刻だったのはHIV/エイズ感染者への偏見や差別だ。病気への理解があまり進んでいなかったことから、村と施設との交流はまったくと言っていいほどなく、迫害を受けることすらあったという。

しかし、そんなバーンロムサイに救世主が現れることとなる。アジア各国の子どもたちにサッカーの楽しさを届ける社会貢献活動「ハートフルサッカー in ASIA」を行なっていた浦和レッズが、現地を訪問する機会に恵まれたからだ。現状を憂いた落合氏をはじめとするコーチ陣たちは、村の子どもたちとバーンロムサイの子どもたちをひとまとめにし、一緒にサッカーを教えるという試みに挑戦する。

バーンロムサイで子どもたちに指導する落合氏

「サッカーはチームでやるスポーツなんだから、みんなでやってみようよって提案したんです。もちろん、最初はお互い張り合っていたんですが、プレーをするうちにどんどん仲良くなっていって。蓋を開けてみれば、ともに汗を流した仲間として打ち解けていましたね。パスというコミュニケーションを通じ、ゴールという同じ目標に向かうサッカーには、メンバーの気持ちをひとつする魅力があるんです」(落合氏)

事実、落合氏はその成果がわかる、驚きの光景を目にしたという。

「試合後に、バーンロムサイの子どもがペットボトルの水を飲んでいたのですが、その水をなんと村の子どもがそのまま口をつけて飲んだんです。以前はエイズへの差別や偏見から、同じペットボトルで水を飲むなんてあり得なかったそうですが、一緒にサッカーをすることで村の子どもたちとバーンロムサイの子どもたちの間に新たな絆が生まれたんだと思います。地元の先生たちも『サッカーの力はすごい!』と感銘を受けていましたよ」(落合氏)

子どもは周りにいる大人たちの言動から、よからぬ固定観念を植え付けられることも多い。しかし、サッカーがお互いの「こころ」をつないだことで、自然と「同じ人間なんだ、友だちなんだ」と気づかせてくれたのではないだろうか。

こうしたHIV/エイズへの差別・偏見を払拭するきっかけをつくったハートフルサッカー in ASIAの活動は国際的にも高い評価を受け、2018年にはスポーツを通して社会貢献活動を促進したアスリートや団体に贈られる「HEROs AWARD」を受賞する。その後も継続的に行われたバーンロムサイとの交流は、村の子どもたちとの合同サッカーチームの結成、さらにはバーンロムサイの子どもたちの中から国の代表選手が選ばれるといった成果を上げ、サッカーの普及という点においても大きな実りを結ぶ。

他のクラブチームとは一味違う! ユニークな練習方法が成功の鍵

ハートフルクラブのスクール開校式の様子

このようにタイで目覚ましい結果を残したハートフルサッカー in ASIAの活動だが、どうして差別や偏見を払拭するほど、現地の子どもたちのこころを強く動かすことができたのだろうか?

もともとハートフルサッカー in ASIAとは、浦和レッズが2003年よりはじめた「ハートフルクラブ」というホームタウンでのスクール活動が母体となっているのだが、このハートフルクラブは通常のクラブチームが運営するサッカースクールとは一味違った特徴をもっている。それは技術や戦術を教えるのではなく、こころの育み方を教えるということ。海外でも大きな成果をあげられた理由は、この点に隠されているのだ。

「チームを支えてくれる地元の人たちに恩返しをしようとはじめたハートフルクラブでは、設立当初より『仲間を信頼し思いやるこころ』『お互いに楽しむこころ』『何事も一生懸命やるこころ』の3つのこころを育むことを大切にしています。そのため、授業内容も一風変わっていて、まずはみんなで仲良くなろうと鬼ごっこをしたりするんですよ(笑)。サッカーが上手くなりたいと思って参加するお子さんの中には、拍子抜けしてしまう子も少なくありません」(落合氏)

落合氏がこころに注目するのには訳がある。なぜなら、体を鍛え、テクニックを磨くだけでは本当の意味でサッカーを上達させることはできないから。技術を覚える前にこころのあり方を学ぶことで、サッカー選手としての基本を徹底的に身につけてもらおうというのが狙いなのだ。

また、受け入れる生徒も男女の性別やサッカーの上手い下手を問わないのもハートフルクラブの大きな特徴。その結果、個々のプレーに差が出てしまうのだが、実はこうした状況こそ、こころを育む絶好のチャンスなのだと落合氏は語る。

「サッカーの上手い子がゴールを決めても、『お前が上手いのはよくわかったから、もう点を取るな』って言うんです(笑)。それよりも下手な子が活躍できるようにアシストすることが大事なんだぞって。自分の技術を他の人のために生かすという喜びを味わえば、自然と人を思いやるこころがわかるものだし、相手が望むところへパスを出す精度を上げることもできますから」(落合氏)

スクールで子どもたちに指導するコーチ

個人や集団の間に存在する「違い」を認めて生かしていこうとする姿勢は、昨今のダイバーシティの考えそのものだが、ハートフルクラブではそうした概念が注目されるずっと前から取り入れていることにも驚かされた。やはり多様性を学ぶということは、相手の立場になって考えるというこころのあり方につながるのだ。

「見学に来た子どもに『すぐにサッカーを教えてくれないの? そんなスクールは嫌だ』なんて言われたら、『そうか、残念だ。サッカーが上手くなる機会を失うよ』と言ってあげているんです(笑)。我々が教えているのは、小手先ではない本当の意味で大切なことなんだって」(落合氏)

日本サッカーリーグで得点王と最多連続出場の記録をもつ落合氏が技術よりもこころの大切さを説くことは、子どもたちにとって非常に意味のあることだ。人間として生まれてきたからには、こころを動かされるという経験をたくさん積んでもらいたい。そんな想いがハートフルクラブの活動の源泉となっている。

日本と世界でどう違う? あまりにも素直な子どもたちの反応

タイ山岳民族の小学校で話を聞く子どもたち

ホームタウンへの恩返しからはじまり、アジアへと広がっていくこととなったハートフルクラブの活動。先に紹介したタイをはじめ、インドネシア、ミャンマー、ベトナム、ブータンなど、10年間で延べ27ヵ国40都市以上を訪問し、8000人以上の子どもたちとこころの交流を行なってきた。

もちろん文化の違いから、国によって子どもたちの授業を聞く姿勢や反応はさまざまだが、教えていることは日本と同じことだという。それはハートフルクラブのこころの教育が世界共通で子どもたちに伝わることの証ともいえる。

「アジアの途上国の中には信号があるかないかの国もあり、まだ社会のルールがしっかりと確立されていない地域も多いんですね。すると、子どもたちも『授業を座ってじっと聞く』といった基本を身につけておらず、好き勝手してしまうこともよくあるんです」(落合氏)

そうした状況でも落合氏は真剣に子どもたちと向き合い、サッカーを通して決まりごとを守る大切さをしっかりと教える。ルールがある中でいかに自由を楽しむかがサッカーの醍醐味であることがわかると、子どもたちもコーチや先生の言うことをちゃんと聞くようになるそうだ。

カンボジアでの活動の様子。しっかり目を見て挨拶することを教えている落合氏

一方で、世界一幸福な国として知られるブータンを訪れたときには、こんなエピソードがあったという。

「ほとんどの子どもたちは普通の運動靴を履いて授業に参加していたんですが、いざ試合をやろうとなったときに、数名の子が『今日は特別だからスパイクでやりたい』と言い出したんですね。もちろん、『いいよ』と許可すると、なんとその子たちはスパイクを片足ずつ履いて試合に参加したんです。どういうことかと言いますと、『自分だけが良い思いをするのではなく、みんなでその思いを味わいたい』と、できるだけ多くの子がスパイクを履けるように自分の片足を他の子に貸していたんです! 他人を思いやるその姿には本当にびっくりさせられましたね」(落合氏)

ブータンでの指導風景。民族衣装を着たままサッカーを楽しむ子どもたち。
スパイクの片足を友だちに貸してプレーをするブータンの子ども

優しさを身につけていることはもちろん、どんな小さなことでも一生懸命であろうとするブータンの子どもたち。こうした一つひとつの行いの積み重ねが、この国を世界一幸福にしているのだろうと落合氏は振り返る。

そして、落合氏はこうした海外での体験を日本の子どもたちに話すことで、さらなる相乗効果が生まれているとも語る。

日本の小学校で、海外の子どもたちとの活動について話す落合氏

「アジアには大変な思いを抱えながら、一生懸命サッカーに取り組んでいる子どもたちがいっぱいいるんだぞと写真を見せながら話すんです。その後に『みんなはどうなの?』って問いかけると、それまでふざけていた子たちも真剣な表情になって態度をガラッと変えますよ」(落合氏)

開発途上国に行くと、モノやカネではなく、やはりこころが大切なんだということをあらためて実感するという。物質的に豊かな日本ではなかなか学ぶことのできない体験を落合氏の話を通して、子どもたちによりリアルに想像してもらうことは、自分の頭で考え、精神的に成長するまたとない機会になるのだ。


プロ選手たちの卓越したプレー以外でも、人々のこころを揺さぶり、感動与え、世界を変えられることを証明した浦和レッズの社会貢献活動。それはスポーツのもつ可能性をグッと広げる試みとなった。そして今年起きた新型コロナウイルスによって、他者への配慮・思いやりの意識が高まっている今、こうした子どもたちのこころを育む活動は、これからの時代のニューノーマルとしてさらに根付いていくに違いない。

text by Jun Takayanagi(Parasapo Lab)
photo by 浦和レッドダイヤモンズ「ハートフルクラブ」

『タイの子どもたちの差別・偏見を払拭! 場外から世界を変える浦和レッズのSDGs』