コロナ禍でも成長! 道下美里が防府読売マラソンで今年2度目の世界記録更新

2020.12.23.WED 公開

12月20日、第51回防府読売マラソン大会が行われ、IPC登録の部(視覚障がい)女子は、東京2020パラリンピック金メダル候補の道下美里が自身の持つ世界記録を9秒更新する2時間54分13の世界新をマーク。コロナ禍でも進化する走りでライバルたちに強さを見せつけた。

2時間54分13の世界新で優勝のゴールテープを切る道下と志田ガイド(右)

冷静なペース配分が生んだ記録更新

気温は9度。冷たい北西の風が吹いていた。狙っていたのは世界記録の2時間52分台。しかし、防府では過去に向い風の影響で失速した経験がある。序盤はガイドの青山由佳さんとペースを抑え気味で走る作戦を立て、それでも世界記録ペースで安定した走りを見せると、中間点では今年2月に世界新をマークした別府大分毎日マラソンを上回るタイムに。その後も順調にタイムを刻み、自身が設定した目標には届かなかったものの、後半を担当したガイドの志田淳さんと世界記録更新のゴールテープを切った。

地元・山口で世界記録を更新し、波乱の2020年を笑顔で締めくくった道下

レース後、道下は安堵の笑みを浮かべながらも、悔しさが入り混じった複雑な思いを口にした。

「うーん、嬉しいより、悔しいという感じ。40㎞走を40㎞過ぎてから失速してしまい、そこからもう一度ギアを上げたかったけれど、余力がありませんでした」

記録更新の手ごたえは確かにあった。30㎞を過ぎてかなり余裕があったといい、練習で40㎞走を増やして臨んだことによる「いい準備ができている」収穫も感じられた。だからこそ、終盤の失速は「向かい風の影響で(体が)硬まったのか、エネルギー切れなのか……」と、すぐに原因をつかめない様子だった。

高低差がなく、記録の出るコースとして知られる防府読売マラソン

それでも記録を更新できたのは、1年前と比較し、風など外的要因にもうまく対応できるようになったから。序盤のペース設定も功を奏し、「レースを組み立てられるようになったのが成長できた点」と東京パラリンピックに向けた好材料もしっかりと手にしていた。

成長を実感したのはレースの組み立て方だけではない。「上半身の筋力がつき、全身を使って走れるようになった」と道下。コロナ禍で複数の伴走者と頻繁に練習をするのが難しくなると、ひとりで取り組める筋トレに注力。これまで以上に効率的に走れる体を作った。

「初心を思い出し、ひとりでもできることをやろうと思って始めたら、地味な筋トレも楽しくなって。(この機会に、見えていないことで正しいかわからなかったフォームも)しっかり指導してもらい、上半身に筋力がついたなと思います」

序盤は青山ガイドと笑顔で走る余裕も感じられた

離れていても“密”なチームが原動力

来年の夏は44歳で迎える。新型コロナウイルス感染症拡大による東京パラリンピックの1年延期の影響は計り知れない。それでも、2020年を振り返り「初心を思い出すことができ、走ることが本当に面白かった」とポジティブに捉えている。

道下は言う。

「(ガイドや練習パートナーなど)仲間のみんなと会えない期間に密に連絡を取り合うことが多くなった。だから合宿などで会えることが素直にうれしかったし、仲間の練習や自分の記録を更新しようという意識で合宿に臨んでいる姿を見て『私も頑張らないと』と力をもらったり。その結果、チームの結束力が増したなと感じています」

一般ランナーらに混ざって視覚障がいランナーも力走

ともに戦う仲間ともうひとつ、道下の原動力になっているのが“沿道の声援”だ。今大会はコロナ禍での開催で応援の自粛が要請され、いつもとは違う雰囲気の大会になった。そんななかでも、所属先のSNSグループで、鳴り物を使い、応援してくれるという人の存在などを知り、ゴールに向かう力にしたという。

「(沿道の人の少なさは)あまり気にならなかった。見えないので、沿道に人がいると想像して走りました」

おそらく、東京パラリンピック前の最後のレースとなる。ときどき笑顔を浮かべながら走った道下は、本来だったら東京パラリンピックが開催されるはずだった2020年に2度マラソンを走り、2度世界記録を更新した。

「目指すところは金メダル。ライバルが私のタイムを見てプレッシャーに感じるタイムを出したかったんですけど……まだまだ強くならなければ獲れないと思っている。もっと自信をつけて、みんなで金メダル目指したいと思います」

アジア新の堀越も東京パラリンピックに弾み

自己記録を大幅に更新し、ガッツポーズで応えた堀越

一方、2019年のロンドンマラソン兼WPAマラソン世界選手権で男子3位に入り、女子優勝の道下とともに東京パラリンピックの日本代表に内定した堀越信司も好調だ。今大会は2時間22分28のアジア新記録で制し、自己ベストも3分以上更新。

東京パラリンピックを見据えて「35㎞以降、ギアを上げられなかった課題をクリアしなければならない」と反省点も口にしたうえで、「世界のライバルにプレッシャーをかけることができたかな。東京では今回より自信を持ってスタートラインに立てるように精進したい」と充実の表情で語った。

男子の堀越(左)とすでに推薦2枠目を決めている熊谷(右)

また今回は東京パラリンピック視覚障がいマラソン代表推薦選手追加選考大会を兼ねていた。リオパラリンピック銅メダルの岡村正広は堀越に次ぐ2位。「(推薦3枠目を決め)タイムはよくなかったが、最低限の目標は達成できた」と胸をなで下ろした。

特筆すべきは、コロナ禍で国内外のマラソンレースが相次いで中止になるなか、限られたチャンスで結果を出す選手たちのたくましさだ。メダルも期待される日本選手は、東京パラリンピック本番でも力強い走りを見せてくれることだろう。

リオパラリンピック銅メダルの岡村が2位に食い込んだ
【第51回防府読売マラソン リザルト】
視覚障がいマラソン男子:
1位 堀越信司(T12)
2位 岡村正広(T12)
3位 山下慎治(T12)

視覚障がいマラソン女子:
1位 道下美里(T12)
2位 藤井由美子(T12)
3位 近藤寛子(T12)

パラリンピック未採用のT13クラスでは松本光代が3時間13分10の世界記録を樹立!

text by Asuka Senaga
photo by Jun Tsukida

『コロナ禍でも成長! 道下美里が防府読売マラソンで今年2度目の世界記録更新』