普通の大学生がDVで傷ついた子どもたちのメンターに!? 子どもの心を開く絆のつくり方

2021.04.16.FRI 公開

いきなりだが、あなたが子どもだった頃を思い出してほしい。辛いことや困ったときに支えになってくれる人、素直に甘えさせてくれる人、会えなくても心の拠り所になる大人が周りにいただろうか…。たくさんの顔を思い出せた人は、幸せな子ども時代を過ごした人かもしれない。しかし、DV(家庭内暴力)被害経験のある子どもの中には、誰かに甘えたり頼ったりすることはおろか、自分の感情や考えさえも素直に表現できない子どもが多く存在する。
そんな中、スポーツメンタリング・ジャパン(SMJ)はスポーツの力を活用し、DV被害経験で傷ついた子どもたちに自信や笑顔、人を信じる力を取り戻してもらうプロジェクトを展開。子どもたちの寄り添い役であるメンターを担うのは、専門家やDV経験者ではなく、スポーツ専攻ではない一般の現役大学生だという。一体どんな対話が行われているのか。SMJマネージャーで元大学生メンターの野口奈央さんに、スポーツメンタリングのプロジェクト内容について教えてもらおう。

子どものメンターには、専門家よりも「大学生」が適している理由

イギリスのブラッドフォード大学で平和学を専攻し、スポーツの力で社会をよくする方法について学んだ野口奈央さん。Sport For Smileの活動に共感しメンター参加を決めたそう。社会人となった現在も運営スタッフとしてSMJの活動を支えている
 © Sport For Smile

メンタリングとは、人材育成などで用いられる手法のひとつで、メンター(指導・相談役)とメンティー(受け手)が信頼関係を構築し、本人の自発的・自律的な成長を促す方法。最近では多くの企業や大学がメンター制度(メンターシップ)を導入。歳の近い先輩を相談相手としてマッチングし、後輩や新入者をサポートしている。

SMJのスポーツメンタリングでは、DV被害経験のある子ども(メンティー)とメンターが1対1のペアになり、半年の活動期間を通してスポーツセッションを10回程度実施。各スポーツセッションは4ペア合同で行われるが、毎回、メンターがメンティーを自宅もしくは最寄り駅まで送り迎えし、2人きりで話す時間を確保する。メンターはボランティアとして応募してきた大学生または24歳以下の社会人から選出されるそうだ。

「メンティーとメンターは、信頼し合い何でも話せる関係が理想です。スポーツメンタリングにおけるメンターは、家族でも学校の先生でもない、歳が遠すぎず近すぎない大学生が最適と考えます。理由はプログラムの目的がDV被害をなくすための直接的な“支援”よりも、スポーツ活動を通して友だちや他のメンターと触れ合う機会をつくり、“子どもらしく走り回り笑顔になれる時間”や“人を信じる素晴らしさを学ぶこと”に焦点を当てているからです。特に、DVを経験している子はトラウマを抱えていることも多いので、自分の味方でいてくれて、安心して本心を打ち明けやすいお兄さん・お姉さんの存在が大きな意味を持ちます」(元メンター野口奈央さん)

一般的なメンタリングでは豊富な知識と経験でメンティーをサポートする必要があるが、スポーツメンタリングでは専攻も経験も不問。指導力よりも、メンティーに“寄り添うこと”が重要だという。

子どもが「子どもらしくいられる場所」をつくるために

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日本でスポーツメンタリングが始まったのは2014年。“スポーツの力で世界を変える”を理念に活動する一般社団法人Sport For Smile(略称SFS)の代表理事 梶川三枝氏が、韓国で行われていた『ドリームバス・スポーツメンタリング』プログラムとの出会いをきっかけにSFS傘下にスポーツメンタリング専門運営団体としてSMJを開設、現在SFSとSMJとの共催でプログラムを実施している。韓国では脱北者家族などの経済的・社会的に苦しい状況にある子どもたちを中心に実施されていたが、日本では参加対象をDV被害経験のある小学校高学年の子どもに限定。そこには、PTSD(心的外傷後ストレス障がい)やネグレクト(育児放棄)によって“子どもらしくいられる時間“を失ってしまったスポーツから最も遠い子どもたちにスポーツを届けたいという想いがあるそう。

「DV被害経験のあるご家庭には、自分の感情を表現することを許されない環境にある子や学校に行けなくなってしまった子、友だちの輪に入れない子、放課後も自由な時間がない子など、さまざまなお子さんがいます。そんな子たちがリラックスして、友だちと一緒にスポーツを楽しみながら信頼できるお兄さん・お姉さんをつくる機会を提供することが私たちの役目。メンティーを送り迎えするのは、親御さんの負担を減らし、お子さんが安心して外出しやすい状況をつくるためでもあります。中には、DV被害者であるお母様が、それまで誰にも頼らず1人で抱え込んでいたけど、このプログラムを通して『人に頼ってもいい』という考え方に変わったという嬉しいお話もありました」(野口さん)

海外に比べて日本はまだ「スポーツ=エクササイズ・競い合う」というイメージが強いが、スポーツが持つ力の大きさに改めて気付かされた。そして、もっとスポーツの力で社会をよくする活動が広まることを願っているという。

「私たちのプログラムにおいて送り迎えの時間が1対1の関係構築(対人関係)を学ぶ機会だとしたら、毎回のスポーツセッションは集団生活を学ぶ機会と考えます。体を動かしてストレスを発散するだけでなく、ルールをみんなで確認したり(ルールを守る)、うまくパスが回せる方法を考えたり(問題解決能力)、チームで作戦会議をしたり(コミュニケーション・リーダーシップ)、セッションで困っている人がいたら手を差し伸べたり(助け合い)、実は日常生活の大切なスキルまで楽しみながら習得することができます。」(野口さん)

各セッションでは運動が苦手な子や体力がない子でも楽しめるよう、風船バレーボールのようなレクリエーションスポーツや、ブラインドサッカーなどのパラスポーツを積極的に取り入れているそう。

「スポーツメンタリングで実施するスポーツは、みんなが活躍できるように配慮しています。障がいのある方に向けて考案されたパラスポーツは、性別や年齢、運動能力などに関係なく楽しめるものが多いので、初めてやった子でも主役になれるんです。ボッチャを実施した時は子どもたちも大喜び。盛り上がり過ぎて時間を延長しました(笑)。また、残念ながら私は参加できなかったのですが、ブラインドサッカーの全日本代表選手を何度かお招きした時も、視覚に頼らないゲームや選手に関するクイズで大変盛り上がり、セッション後に選手がサイン攻めにあったとも聞いています。子どもたちの感想文に目を通すと、スポーツを通して障がいのある人の世界を疑似体験することで、子どもたちは大きな勇気をいただき、有意義な学びの機会となったようです」(野口さん)

「別れ」を経験して力強く生きていく。そのために子どもたちに繰り返し伝えること

社会貢献活動を行うアスリートや団体に贈られるHEROs AWARD 2019をSFSが受賞。SMJの活動がDV被害経験のある子どもだけでなく、家族や大学生メンターにもよい変化をもたらす点などが高く評価された
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スポーツメンタリングはスポーツを楽しみながら、生きていく上で必要な強さを学ぶことができる。約束やルールを守ること、自分の想いを自分の言葉で伝えることなど、簡単に思えることでもDVで傷ついた子には難しい場合がある。その最大の試練がメンターとの別れだ。

「半年間のプログラムが終わったら、メンターとメンティーが会うことはありません。寂しいけれど、この先ずっと一緒にいることはできませんから、別れを学ぶ大切な機会です。プログラム終了後も、会えなくても応援してくれている人がいると信じて頑張る強さを持ち続けてもらえるよう、別れの日の1ヶ月前から各メンターは『遠くからずっと応援している』という内容のメッセージを何度も繰り返し伝えました」(野口さん)

担当メンティーともお別れから1年以上。今、メンティーがどうしているかわからないが、深い信頼関係があるので不安よりも「変わらず一生懸命頑張っている姿が目に浮かぶ」と語る野口さん。メンターを経験後、考え方が大きく変わったと言う。

「DV被害経験で苦しんでいる子も、外からは普通の子と何ら変わらないように見えます。大人も子どももみんな、表に出さなくても何かしら心の内に苦しい経験や辛い経験を持っているのではと思えるようになり、見えていることだけをすべてと捉えるのでなく、相手の見えていない部分を想像しながら接することができるようになりました。よい社会にする大切なヒントをメンティーから教わりましたね」

もしかすると、人は見えない部分を思いやることで、やさしくなれるのかもしれない。ただ、本心を打ち明けられる関係になるためには信頼が必要だ。そこで最後に、野口さんがメンターの経験で得た、信頼関係を深めるヒントを教えてもらった。

【信頼関係を深めるヒント】
・自分の感覚で相手を決めつけず、1対1の人間として接する
・『あなたを信じている』というメッセージを伝え続ける
・相手のことを信じて話に耳を傾ける

「本音で話してもらうためには信頼してもらわないといけないし、信頼してもらうためには『あなたを信じている』ということがちゃんと伝わらなければなりません。でも、すぐに打ち解ける必要はないと思います。思えば、長い時間を共にした家族同士だって、分かり合えない時や上手くいかない時もありますよね。私はメンティーとの関係構築までに時間がかかったので、プログラムの後半からやっと心と心で通じ合えた気がしました。相手のことを決めつけないことや信じることは一人でもできますから、焦らずに根気よくコミュニケーションを取ることが大切だと思います。メッセージさえ伝わっていれば、会えなくても絆が切れることはないと私は信じています」(野口さん)

見えづらいだけで、実はDVは身近な問題。少しでも違和感を感じたら相談を

内閣府が行った「男女間における暴力に関する調査」(令和2年度調査)によると、女性の4人に1人、男性の5人に1人が、配偶者から身体的暴行、心理的攻撃、経済的圧迫、性的強要などのDV被害を受けたことがあると回答。さらに、配偶者暴力相談センターに相談した人の半数以上が、未成年の子どもと同居しているという(内閣府男女共同参画局令和元年度集計)。その上、今年1月、内閣府は、2020年度に全国の配偶者暴力相談支援センターなどに寄せられた相談件数が、前年の1.4〜1.6倍で推移していると発表。新型コロナウイルスの感染拡大によるストレスや生活不安などが原因ではないかと推測した。

悲しいことに、子どもがDVを目の当たりにするリスクがかつてないほどに高まっている。DVによってPTSDに陥った子どもが、トラウマから抜け出せずにDV当事者(加害者または被害者)になる可能性も少なくないという。家族以外から見えにくい場所で起こるDVを未然に防いだり助けを求めたりするのは難しいかもしれないが、DVの連鎖を止めるためにも、少しでもおかしいと感じたらDV相談ナビ(電話 #8008)やDV相談プラス(電話、メール、チャット)などに相談してほしい。


新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、今期のスポーツメンタリングは一部オンラインでの開催となったが、今後はDV被害者家庭に限定せず、より広い視野で心を傷めた子どもたちにスポーツの機会を提供することを視野に入れて継続していくそう。世界的に厳しい状況が続く今こそ、スポーツメンタリングのような取り組みがさらに広がっていくことを期待したい。

一般社団法人Sport For Smile
https://www.sport4smile.com/

DV相談プラス
https://soudanplus.jp/

text by Uiko Kurihara(Parasapo Lab)

『普通の大学生がDVで傷ついた子どもたちのメンターに!? 子どもの心を開く絆のつくり方』