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「シャーッ!」水泳・鈴木孝幸、クールな男が13年ぶりの金に吠えた!
パラリンピックの水泳競技に出場している鈴木孝幸が、26日に男子100メートル自由形(S4)の決勝に臨み、1分21秒58の大会新記録で優勝した。自身13年ぶりの金メダル。2004年のアテネ大会から5大会連続で出場し続けている34歳のベテランは、パラリンピックへの挑戦を今回で最後とする意向を示していた。集大成となる舞台で、今大会、日本勢初となる金メダル。頼れるパラ水泳チームの主将が大仕事を成し遂げた。
普段は至って冷静、マイペース
左手を胸に当てて準備を終えた鈴木は、スタート直後から先頭を争った。前半は、隣の第4レーンを泳ぐルイジ・ベジャト(イタリア)とレースを引っ張る展開。50メートルのターンをわずかに先に通過したベジャトが一度はリードを広げたが、鈴木はぐいぐいと追い上げた。そして、残り10メートル付近でベジャトを抜き去ると、1位でフィニッシュ。鈴木は、少し目を細めて電光掲示板で優勝を確認すると、左腕で力強いガッツポーズを作るとともに「シャーッ!」と叫んだ。内に秘める闘志が顔をのぞかせた瞬間だった。
そんなレース直後の姿とは対照的に、取材エリアに姿を見せた鈴木はいたって冷静。気持ちを聞かれると「とても嬉しかったです……ハハハ。すごく単純な言葉になってしまうんですけど、自分のレースをしようと臨んで、なかなか良い、自己ベスト(1分21秒53)タイくらいのタイムが出たので、そこにも満足しましたし、1位だったのもすごく満足でした」と軽やかに話した。
レース後のガッツポーズについても「自然に出ましたね。あとで消しておいてください。やり過ぎました。反省しています」と少し笑う程度。興奮した様子も見せなければ、涙を浮かべるわけでもなく、サラッと答えた。まだ今大会の他種目のレースが残っており、感慨に浸るには早いのかもしれない。それにしても、クールだった。
成長にまだまだどん欲な34歳
鈴木の挑戦は、細かいところまで逃さず成長させようという意欲と、その努力を続ける力で成り立っている。先天性の四肢欠損という障がいのある鈴木の右腕はひじまで、左手は指が3本、そして両足はひざ下がない。しかし、その体で3泳法のメドレーも泳ぐ。「全身を使う」とは、まさにこのことだと思わされるような泳ぎには、何度見ても驚かされる。
自由形も左腕ばかりに頼らず、短い右腕でもしっかりと水をとらえる。近年は腹筋などのおなか周りを強化。動かす部分へ力を伝える能力の改善に注力してきた。
ちょっとしたところを見逃さず、やれることすべてを成長の糧にする。この日は午前に泳いだ予選で、隣のレーンの世界記録保持者アミ オマル・ダダオン(イスラエル)がフライングで失格となったが、鈴木はスタートには前の日から注意を払っていた。「Take your marks」のコールから号砲までの時間が少し長いことを、自分や他の選手のレースで確認していたのだ。
過去は振り返らない。リオ大会後に引退考えるも再び頂点へ
ベテランになって頂点に返り咲いたのは、持続力の賜物だ。前日の男子50m平泳ぎ(SB3)で銅メダルを獲得したとき、鈴木は「表彰台に戻ってこれてうれしい」と話した。同種目では2008年の北京大会で金、2012年のロンドン大会で銅と2大会連続でメダルを獲得しているが、前回のリオ大会は4位でメダルに届かず。競技引退も頭をよぎったが、過去との比較より、とにかく前進することを選んだ。
「タイムが伸びなかったらやめよう」という気持ちに切り替えながら競技を続ける中で、転機が訪れた。2018年のクラス分けで自由形のクラスがS5からS4に、障がいが一つ重いクラスに転向することになり、メダル争いに加わる可能性が大きく膨らんだのだ。
自分でメリハリをつけながら、全力で前進し続ける。その歩みは、決勝の泳ぎと重なる。鈴木は「落ち着いて前半を入るように泳いで、うまく粘れたかなと思う」とレースを振り返った。外からは前を追って追い上げているように見えた終盤も「自分の中では粘るという感じだったんですけど、向こうのほうが先に落ちてくれた。テンポを崩さないことだけを考えていました」と自分の描いた目標に、ただ挑み続けた結果だった。
13年ぶりの戴冠について「北京の金メダルをほぼほぼ忘れていますので、また新しい気持ちで金メダルをもらえたような感覚になっています。まったく別物のような」と話した言葉も印象的だった。まわりに影響されることなく、自分の挑戦を続ける。そのクールな姿勢の中に見えたあの叫びは、すべてを一瞬のために注ぎ続けてきた証に思えた。
edited by TEAM A
text by Takaya Hirano
key visual by AFLO SPORT