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柔道・瀬戸勇次郎、銅獲得で男子66kg級のレジェンドからバトンつないだ!
8月28日から始まった東京2020パラリンピックの柔道競技。日本武道館の畳の上に立った、パラリンピック初出場の瀬戸勇次郎(66kg級)は、いつになく大きく見えた――。
準々決勝の相手は強敵だったが……
瀬戸は高校まで健常者の柔道に打ち込み、金鷲旗高校柔道大会に出場した実績も持つ選手だ。2017年に視覚障害者柔道に転向。組んだ状態で試合が始まるこの柔道に適応していく中で、上半身の筋肉はどんどんビルドアップしてきた。実際、この日の体つきは今までで一番大きく見えた。
見た目だけではない。試合が始まっても、相手選手が体勢を崩そうと盛んに引きつけてくるが、瀬戸は体の軸が全くブレない。組み合っているうちに、相手の体力がみるみる消耗していくのが分かるほどだ。試合中の立ち居振る舞いも堂々としていて、瀬戸の体をより大きく見せていた。
ただ、そんな中で本人は「思ったように動けない」と違和感もあったようだ。1回戦を得意としている大内刈りで一本勝ちしたものの、続く準々決勝では、ウズベキスタンのウチクン・クランバエフに合わせ技一本で敗北を喫する。この後金メダルを獲得する強敵相手だったとはいえ、「1試合目の良くないイメージを切り替えられないまま、2試合目に臨んでしまった」と、なかなか歯車がかみ合わなかったようだ。
重圧を克服し、一本勝ちで決めた銅メダル
敗者復活戦となった3試合目でも、モンゴルのムンフバト・アージムを相手に、先に技ありを奪われる。それでも1、2試合目に比べると動きもほぐれていたようで、相手が仕掛けてきたところに合わせる大内刈りで一本勝ちを収め、3位決定戦に駒を進めた。
試合後のインタビューエリアで「次、勝たないと」と短く答えた瀬戸の表情は、これまで見たこともないほど厳しいものだった。実力者の瀬戸でも、感じたことがないほどの重圧なのか。見ている者にそう思わせるほど、緊張感が漂っていた。
そして迎えた3位決定戦。銅メダルをかけたこの試合でも、瀬戸は相手に技ありを先取される。しかし、そこからの冷静さが、ここまでの試合とは違っていた。すぐに浮技で技ありを取り返すと、相手が内股を仕掛けてきたところを内股すかしで反撃。きれいに背中から落とす一本勝ちで初出場での銅メダル獲得を決めた。
パラ3連覇のレジェンドに追いつく日
66kg級で瀬戸と代表の座を争ったのは、1996年のアトランタ大会から2004年のアテネ大会まで、パラリンピックを3連覇したレジェンド、藤本聰だ。藤本はその後の北京大会とリオ大会でもメダルを獲得している。過去5大会メダルを日本に持ち帰ってきた藤本からのバトンを、瀬戸はしっかりとつないでみせた。試合後に「最低限の役割は果たせた」と語ったのは、そうした思いがあったからだろう。
二人の初顔合わせは2017年。藤本に完敗を喫した瀬戸だが、その後は急速に力をつけ、両者は毎回緊張感のある闘いを繰り広げてきた。瀬戸自身、試合を通じて藤本から受け取ったものは「自分の一部になっている」という。瀬戸は国際大会の前に藤本からアドバイスを受けることもあり、今大会に向けても、技術や体の使い方などを教わっていた。
まだ21歳と若い瀬戸が、かつての藤本のようにこの階級に君臨する日も、そう遠くはないのかもしれない。この日唯一の敗戦は金メダリストが相手。瀬戸は「勝てない相手ではない」と言葉を残したが、銅メダルを決めた試合運びを見れば、その実力は十分備わっているといえるだろう。
次に藤本に会ったとき、今大会のことをどのように報告するのかと問われた瀬戸は、こう答えた。
「メダルの報告もですが、『次も負けませんよ』と伝えたい。藤本さんも『次は勝つ』と思っているはずですから」
瀬戸にいつもの柔和な笑顔が戻っていた。
edited by TEAM A
text by Shigeki Masutani
keyvisual by JunTsukida