フィジカル強化で威力増! 世界が幻惑したゴールボール男子・宮食行次のバウンドボール

2021.09.02.THU 公開

「この幸せな時間が終わってしまうんだ……」

試合終了と同時にコートに倒れ込み、天井を仰いだ宮食行次(みやじき・こうじ)の頭には、そんな思いが込み上げていた。

宮食が点を取れば勝つ

東京2020パラリンピックのゴールボール男子日本代表は、予選リーグで快進撃を続けた。初戦のアルジェリア戦を13-4、アメリカ戦を11-1、リトアニア戦を10-2といずれも快勝して3連勝。予選最後の試合では格上のブラジルを相手に3-8で敗れるが、初めてのパラリンピックという緊張感の中、予選リーグを1位で突破したことには大きな価値があるといえるだろう。

予選リーグでキープレーヤーとなったのが、冒頭の宮食だ。勝った3試合では、いずれも途中出場ながらポイントゲッターとして活躍し、それぞれ3得点を挙げている。一方、ブラジル戦では宮食の得点はなかった。「宮食が点を決めたときは勝つ」というのが、予選までのパターンだ。

予選リーグ第1戦・アルジェリア戦で積極的に攻撃を仕掛ける宮食
photo by Jun Tsukida

8月31日に迎えた準々決勝は中国との対戦となった。いつものようにベンチスタートだった宮食の出番は、予想よりも早くやってくる。前半の残り時間3分、中国に3点リードされた状況での交代。「自分が入って流れを変える」と意気込んでコートに立った宮食は、スピードのあるグラウンダーのショットで積極的に攻めるが、中国の堅固な守りを崩せない。0-4とリードを広げられて前半を折り返すことになる。

変幻自在の攻撃で中国を翻弄

初得点は後半1分過ぎ、宮食がこれまでのグラウンダーのボールから一転して、大きく跳ねるバウンドボールを投げ込むと、ディフェンスの足を越えて中国のゴールネットを揺らした。低く速いグラウンダーに慣れさせてからのバウンドボール。こうした戦略的なボールの投げ分けこそ、男子代表チームが東京大会に向けて強化してきたポイントだ。

その後も、宮食はバウンドボールで得点を重ねるが、その間にはグラウンダーだけでなく、投げる位置を逆サイドやセンターに変えるなどし、重層的な攻撃を織り交ぜた。宮食は後半だけで4点を挙げ、一時は中国に対して4-6まで詰め寄った。しかし、最後はペナルティスローを決められ、4-7で惜しくも敗退。宮食が点を取れば勝つという“勝利の方程式”も崩れ、ベスト4進出はならなかった。

準々決勝で中国に敗れ肩を落とす宮食行次、金子和也ら
photo by AFLO SPORT

フィジカル強化で威力あるボールが投げられるように

男子代表チームはこの1年、選手個々の強化を進めてきた。宮食自身、パラリンピックの舞台でその成果を実感したと語る。

「一つは、真っすぐ投げるだけでなく、大きく位置を変えて投げたり、くの字に助走してから投げたりといった点の精度が上がったこと。もう一つはフィジカル面の強化によって、そうした技術の再現性が上がったことですね」

中国の固い守備を破って挙げた4得点は、こうした強化の賜物だったといえる。フィジカルの強化によって、ボールの質は明らかに変わった。後半の得点につながったバウンドボールは、いずれも相手ディフェンスの体に当たりながらも、それを乗り越えてゴールを割った。これも威力のあるボールが投げられるようになったからだ。

6人の経験をほかの強化指定選手たちにも

中国戦の試合後、コートに倒れ込んだ際の気持ちを聞かれた宮食は、「今回の東京パラは多くの人たちの支えがあってできた。こんな幸せな経験はない。この時間がもっと続いてほしかった」と答えた。「こんな楽しい、うれしい時間が今日で終わってしまう」と考えると、自然に涙がこぼれてきたという。

世界のトップレベルと競い合い、その中で自分たちの確実な成長も実感できた。

「ここまでの経験ができたのは、ここに立てた6人だけ。それをほかの強化指定選手たちにも還元していきたい。これまでやってきたことを続けていけば(パリ大会までの)3年でもっともっと成長できる」

コートから立ち上がった宮食の目には、もう涙はなかった。

ゴールボール男子日本代表のパラリンピック初挑戦は、ベスト8で幕を閉じた
photo by Takashi Okui

edited by TEAM A
text by Shigeki Masutani
key visual by Takashi Okui

『フィジカル強化で威力増! 世界が幻惑したゴールボール男子・宮食行次のバウンドボール』