新競技にチャレンジするパラアスリートたち

2022.08.01.MON 公開

東京2020パラリンピックをきっかけに、それまで取り組んできた競技を引退し、新たな競技にチャレンジしている選手たちがいる。再スタートを決断した背景と、新たな競技にかける思いとは。

【車いすラグビー→自転車競技】官野一彦の場合

官野はハンドサイクルを使用するカテゴリーでパリを目指す photo by X-1(写真は、2022全日本パラサイクリング選手権・ロード大会)

ロンドン、リオと2大会連続でパラリンピックに出場し、リオの銅メダル獲得に貢献した車いすラグビーの官野一彦。出場できれば3度目となるはずだった東京大会を目指し、務めていた市役所を退職して渡米。トレーニングに励んだが、代表入りを逃したことをきっかけに引退した。

「アメリカでのトレーニングを通して、世界って広いなと改めて感じた。新しい場所に行って新しい人たち、新しいことと出会いたいと思うようになり、車いすラグビーは東京大会で引退と決めていた。もちろん東京は本気で目指していたし、何が何でも選ばれなくてはと自分を追い詰めすぎて、うつになるほど苦しんだ。だから、代表に選ばれなかったときは本当に悔しかったが、(新しい挑戦に向けて)いいタイミングでもあった」(官野)

引退後の官野は、仕事の紹介など多くの人からサポートを得た。

「一人でがんばっているつもりでも、人は一人では何もできないとつくづく思う。感謝しているし、僕自身も人間として成長できたと思う。謙虚でいることの大切さを実感していて、いまはどんなときでも、『おかげさまです』『ありがとうございます』という気持ちでいる」

そんななかで出会ったのが、自転車競技だ。もともとインドアよりアウトドア派で、団体種目より個人種目の方が向いていると笑う。しかし、自転車競技は、どちらかというと合っていないともいう。

22歳のとき、サーフィン中の事故で頸椎を損傷した photo by Hiroaki Yoda(写真は、第1回静波パラサーフィンフェスタ)

「楽なものより、うまくいかないものをどうにかして自分のものにしていく方が成長を感じられて好き。車いすラグビーでの実績なんて通用せず、ゼロからのスタートだったが、日本パラサイクリング連盟の合宿やレースに参加するたびに発見があって新鮮」

昨年の全日本パラサイクリング選手権・ロード大会では、試走でケガをして出場がかなわなかったが、今年は完走した。

「体力的にも技術的にも上がってきていると思うが、まだ全然足りない。先輩方の話を聞くと、もっと練習の質を上げていかなければと思う。車いすラグビーは、ミスしてもだれかがカバーしてくれたし、自分もだれかのために走った。でも、ハンドサイクルではすべて自分でやらなくてはならない。そのためにも、もっと自分自身と向き合わなければならない」

本格的に取り組むスポーツとしては、野球、サーフィン、車いすラグビーに次いで4競技目。「僕のスポーツキャリアの集大成」という自転車競技で、パリを目指す。

「まずは世界に出て、自分の現在地を見極めたい」

【水泳→陸上競技】一ノ瀬メイの場合

NAGASEカップパラ陸上競技大会で100mに出場した一ノ瀬 photo by AFLO SPORT(写真は、NAGASEカップパラ陸上競技大会)

昨秋の電撃的な引退会見から約8ヵ月。一ノ瀬メイがパラスポーツの舞台に戻ってきた。水中から陸上のトラックへと舞台を移し、7月3日に東京・駒沢陸上競技場で行われたNAGASEカップパラ陸上競技大会の女子100mに出場。14秒97で走り切った。

「大会当日は朝から緊張していた。試合の流れなどわからないことばかりで、必死についていってるうちに、あっという間に終わった」とデビュー戦を振り返る。今回100mで出場したのは、「まだ100mしか走れないから」。

辻沙絵選手(リオパラリンピック400mの銅メダリスト)から、初レースのタイムが14秒台だったと聞いていて、同じ14秒台を出せればと思っていた。もっと出せればよかったが、ぎりぎりクリアかなと思う」

陸上競技への挑戦を決めたのは、パラ陸上界のレジェンド・山本篤からの誘いがあったからという。

「実は2010年の広州アジアパラ競技大会でお会いしたときから12年間、ずっと陸上に誘われていた。でも、水泳でやっていくと決めていたので、断り続けていた。引退してからしばらくはゆっくりしていたのだが、フィジカル的にもメンタルヘルス的にもまた何か運動をしたいと思っていたところに、山本選手から『そろそろ走れよ』と連絡をいただいた。このとき、素直にやってみたいと思えたし、篤さんがいろいろな競技をしていることにもインスパイアされて、チャレンジしてみることにした」

発信力のある一ノ瀬の陸上競技挑戦は多くのメディアから注目を浴びた(写真は、NAGASEカップパラ陸上競技大会)

水泳と陸上競技では、あらゆることが違うという。

「水中では重力を感じずにスポーツをしていたが、陸上は真逆で、使う筋肉も、練習の質や取り組み方も違う。でも、一番違うのは、自分のマインド。私が陸上の試合に出場すると言ったときから、パラ陸上の皆さんは本当にウエルカムで温かい。水泳では交わることがなかったマスターズ世代の方が声をかけてくださるなど、いろいろな人と交わったり、助けられたりしながら競技ができていて、面白い」

目標はまだ定めていない。

「何年も先の大会に向けて目標を立て、逆算して取り組むということは水泳を通してめいいっぱいやったと思っている。目標を立てても、東京大会のように一瞬でなくなってしまうこともある。今回の種目では、逆算ではなく、一つずつ積み上げていけたら。また、引退後、自分の体を観察していたのだが、結果を求めていろいろなものを犠牲にしてきた代償が出てきている。今は自分の体や感情を大切にしつつ、一歩ずつ進んでいきたいし、楽しいという気持ちを守り抜きたい」

とはいえ、やるからには真剣にというのは変わらない。

「どうせならタイムを出したいという気持ちはあるので、練習は真剣に取り組んでいる」

水泳引退後、一歩引いたところから見ることで、改めてパラスポーツの存在の大きさを感じたという一ノ瀬。新たな舞台に挑戦することで、障がいのあるなしに関わらず混ざり合うコミュニティの実現に向けた取り組みも加速しそうだ。

text & photo by TEAM A

『新競技にチャレンジするパラアスリートたち』