モビリティ企業のアクセシビリティ最新事情 〜サービス提供者が知らない、当事者目線の配慮とは?〜
東京2020オリンピック・パラリンピックの開催をきっかけとして、国や民間企業がアクセシビリティの向上に注力している昨今。モビリティ業界のアクセシビリティの進化には目覚ましいものがある。今回、アクセシビリティへの取り組みを積極的に行っている日本航空株式会社(JAL)に、モビリティ企業のアクセシビリティ最新事情や、同社が取り組む「心のバリアフリー」、そしてJALの社内研修から見えてきたアクセシビリティサービスの本質についてお話を伺った。
「心のバリアフリー」に注目が高まる、アクセシビリティの今
以前よりアクセシビリティ、心のバリアフリーに力を入れ、社員の意欲も高いJAL。今回筆者は、JALの社内研修となる「あすチャレ! Academy」(主催:日本財団パラスポーツサポートセンター)に参加後、社内でダイバーシティ&インクルージョン(D&I)を推進する上野さんと様々な企画を発案・推進している村上さんに、アクセシビリティやJALの取り組みについて詳しく話を聞いた。
――東京2020オリンピック・パラリンピックの開催や世の中へのダイバーシティ&インクルージョンの浸透によって、各サービス業界でもアクセシビリティの対応レベルは変わってきていると思います。その中でもモビリティ企業として、最近はどのようなサービスが増えてきていると感じていますか?
村上華奈さん(以下、村上):やはりMaaS(Mobility as a Service) はモビリティ企業全体が取り組んでいると思います。弊社にも出発地から到着地までお客さまをご案内する「JAL MaaS」というサービスがあり、例えばご自宅から徳島空港までをオンラインで検索したときに、地上交通と飛行機の空路まで、および空港と目的地間をダイレクトにつなぐ移動手段の手配ができるサービスなどを提供しています。地上交通の部分では、東日本旅客鉄道株式会社が提供するリアルタイム経路検索サービスを利用し、本邦航空会社で初めて空の便と地上交通の遅延状況も反映するリアルタイムな経路検索を行えるようにしました。
――JALは以前からアクセシビリティについての取り組みをされていますが、ここ数年の動きとして、JALがアップデートしていることは?
上野桃子さん(以下、上野): 最近では、「心のバリアフリー」の実践に力を入れています。ハード面のアクセシビリティ向上はかなり整ってきていますが、ソフト面に関しても私たち社員が理解を深めて、さらには実践に移していくことが必要だと思っています。国が定めている障害者週間が12月にありますが、その期間に「JAL心のバリアフリー週間」を設け、弊社の障がいのある社員とコミュニケーションを取りながら障がいへの理解を深めるといったような取り組みを進めています。昨年度は東京都の「心のバリアフリー好事例企業」に選んでいただきました。
義務化された「合理的配慮」の提供。難しい?どう実践する?
民間企業に義務化された「合理的配慮」。上野さんと、国内専任教官として社員にアクセシビリティを教える立場にある下舘さんは、「合理的配慮」をどのように分かりやすく伝え、実践に移していくか。そのヒントを「あすチャレ! Academy」から得たそうだ。
――2021年5月に民間企業に「合理的配慮」の提供を義務化する、改正障害者差別解消法が成立しましたが、その後、JALではどのような取り組みを行っているのですか?
上野:まず、“合理的配慮”という言葉がすごく難しいですよね。JALグループ全社員に障がいへの理解を深めるためのアクセシビリティ研修を毎年受けてもらっていますが、実はその中に“合理的配慮”というキーワードを入れています。ただ、社員も言葉としては知っているのですが、「意味は何ですか?」と聞かれると答えられないようで、そうなると実践するのがなかなか難しいですよね。そこで今回、明るく楽しく“合理的配慮”を理解できる研修があると知って、「あすチャレ! Academy」を実施しました。本当に分かりやすくて“合理的配慮”のイメージがガラリと変わりました。
――合理的配慮とは簡単にいうと、どういうことなのでしょうか?
下舘麻美さん(以下、下舘):合理的配慮とは、”自分の負担のない範囲で配慮すること”です。漢字の羅列だけ見ると固いイメージで、何をすればいいんだろうと身構えてしまいがちですが、今回の山本さんの講義を聞いたら、”あなたが(サポートを必要とする)誰かの選択肢になる”ということだと教えていただきました。例えば車いすの方が階段しかないレストランに入りたいというのであれば、「お手伝いできることはありますか?」と声をかけたり、お店に入るお手伝いをする。それだけで車いすの方は諦めることなくそのレストランを楽しめます。お金をかけなくてもできるバリアフリーがあるのだと、すごく私の中でも印象深い言葉でした。柔軟な考え方が必要だなと思いましたね。
当事者目線の配慮とは?「車いすは、荷物じゃないんです」
下肢に障がいのある人にとって車いすは、毎日の生活を支えてくれるもので、自分の体の一部も同然。配慮も一般的な考えや視点から見るのではなく、想像力を膨らませ、当事者の目線に立つことが大切なのだという。
――「あすチャレ! Academy」の研修では、山本さんが当事者の立場から色々と語っていらっしゃいましたが、サービス提供者側としてどのような気づきがあったでしょうか?
下舘:私は現在JALのアクセシビリティを教える立場なのですが、以前は現場で車いすのお客さまにお会いすることもありました。山本さんがおっしゃっていた「車いすをモノとして扱われるのが悲しい。体の一部がなくなった感じになります」という言葉が、心にズキンときました。業務の一連の流れとして取り扱うのではなく、お客さまの想いまで考えを巡らせることが大事なんだと自覚しました。すごく印象深い言葉でしたね。
それから、まずは会話を大事にするということに気を付けて、これから接客をしていきたいなと思いました。世間でも多様性の時代と言われ、多様な人、多様な選択肢がありますが、言葉では分かっていても行動に移すのはなかなか難しいですよね。意識改革はすぐにはできませんが、まずは自分が率先してやらないとまわりも変わっていかないので。今回の講演を機に、学んだことを実践していきたいですね。お客さまの要望はどういったものか、自分の偏見や思いが先行しないように、しっかりと考えながら行動していこうと思います。
日本の航空会社のサービスは安心な反面、CAに声をかけづらい?
日本のサービスは世界一と言われるほどに丁寧な対応が特徴だ。だが、障がいのある人にとって、その丁寧さが逆に気を使う理由となってしまうときもある。上野さんとレベニューマネジメント推進部に所属し、今回の研修に参加していた小島さんは、山本さんが話す体験談を興味深く聞いていた。
――山本さんが、「日本の航空会社はすごく安心できる一方で、とても丁寧なのでCAの方に声をかけるのに気を使ってしまうことがある」と講義で語っていました。それに比べて「海外の航空会社だとそもそも特別扱いされないので、CAの方にも気軽に声をかけられる」ともおっしゃっていました。この話を聞いて、どう思われましたか?
上野:どうしても私たちはお客さまに安心安全に飛行機にご搭乗いただきたいという想いから、もしかしたらお客さまにとっては過剰と思われるようなサービスをしてしまっているかもしれません。お話を聞いて、当事者視点が足りていなかったなということに気付きました。日本の航空会社の飛行機だとすごく安心するというお話には、私たちも救われましたが、コミュニケ―ションの取り方は海外の航空会社に学ぶところがあるのかなと思いました。
小島寛子さん(以下、小島):私自身も障がいがあるので、同じような立場で話を聞いていました。障がいのある方は、意外と自分のことを客観視しているというか、ドライに見ているところがあるんですよ。助けを求めるのもうまいですし。なので、過剰に配慮し過ぎずに、どう気付いてあげられるか?というのもポイントかなと。明快なものではないので、難しいところではありますが。講義では山本さんのように障がいのある方自身が明るく、フランクに語ってくれるというのが救いでしたし、こんな配慮を考えてくれると嬉しくて、逆に行き過ぎた配慮ってこんなことだ、ということを例に示してお話しくださったことがすごくありがたかったです。
――まずはコミュニケーションをとって、何を求めているのか本人に確認する。先回りをして気を使い過ぎると、逆にそちらも気を使うというのがありますよね。
小島:うまくできることとできないことを、障がいのある人は分かっていて。ここまでは自分でできるけど、ここから先は誰か助けてくれませんかと、自然と人を探すような性質は持っているので、それを頼みやすくするような環境、この人だったら手伝ってくれるというのが可視化するといいなと思っていて。障がいのある人って、それほど不便だと思っていないんですよね。毎日それで生きているから。必要な時に必要なサポートをしてもらえればベスト。お互いが聞きやすく、言いやすくするのも合理的配慮のひとつなのかなと思います。
アクセシビリティの今後は?多様な人に多様な選択肢を
アクセシビリティについて、社員の人たちが率先して理解を深め、様々な行動に移そうとしているJAL。アクセシビリティを通して、今後もいろいろな展開を考えているそうだ。
――今後、JALとしてアクセシビリティについて、どのようなことを考えていますか?村上:現在、アクセシブル・ツーリズムを推進しています。これまでも航空機利用にバリアを感じられているお客さまに向けて、まずは全てプランが組まれたツアーなら安心して楽しんでいただけるだろうということで、「ファミリーで行く 車いすde感じるハワイ」や「車いすで行く沖縄」などのアクセシブルツアーなどを提案してきました。また、今年10月には発達障がいのあるお子様と、そのご家族を対象とした「秋のアクセシブルツアーin山形」ツアーを実施いたしました。発達障がいのある方は音や光に敏感で、航空機利用に大きなバリアを感じられているようなので、今回のツアーに関しましては事前に二回の搭乗体験会を実施いたしました。今後は障がいの有無に関わらず、好きなときに飛行機に乗り、好きなときに旅を楽しんでいただけるようなツアーを企画していきたいと思っています。
上野:D&Iの視点からだと、講義の中でエクイティ(公平性)の話が出てきましたが、平等に、本当に多様な選択肢をご提供できるようなサービスを私たちは目指しています。ただ、D&Iを進めていく中で私たちだけでは分からないこと、気付けないこともあるので、障がいのある社員をどんどん増やしたいと考えており、企画に関わってもらい、色々な場面で当事者目線を活かした活躍をしてほしいです。
今回の取材で、Maasの導入や社員の「心のバリアフリー」「合理的配慮」への積極的な取り組みなど、モビリティ企業がアクセシビリティについて、常にアップデートし、非常に意識を高くもっていることが分かった。今後も各業界がアクセシビリティのさらなる向上を目指していけば、多様な人々がもっと気軽に、行きたいところへ移動できる未来も近いはずだ。
text by Jun Nakazawa
photo by Noriaki Miwa, 日本航空, Shutterstock