部員約160人の高校サッカー部がまるで会社?生徒の主体性を最大化する強豪校のユニークな「部署制度」とは

2023.12.26.TUE 公開

慶應義塾高校が107年ぶりに夏の甲子園で優勝し、“主体性”というキーワードが注目されている。そんな中、2017年から、部署制度を導入し生徒たちの主体性を育んでいるのが山口県の高川学園高校サッカー部だ。約160人もいるサッカー部には、サッカーにちなんだ部署だけではなく、「おもてなし部」「農業部」などさまざまな部署で主体的に活動を続けている。その生徒たちの様子と、部署制度に込めた思いを、同校サッカー部の江本孝監督に伺った。

部署活動から生まれた生徒考案の奇策「トルメンタ」とは?

手を繋いでグルグルまわり、相手チームを混乱させる「トルメンタ」をしかける、同高校の女子サッカー部

高川学園高校サッカー部は、2021年度の第100回全国高等学校サッカー選手権大会でベスト4に進出した、山口県を代表するサッカー強豪校。このときの大会で、同サッカー部が見せたセットプレー「トルメンタ」は前代未聞の奇策として海外メディアにも取り上げられて話題を呼んだ。

スペイン語で「嵐」を意味する「トルメンタ」は、フリーキックやコーナーキックの際、複数の選手がゴール付近で輪になって手を繋ぎながらグルグルと回転。キッカーの助走に合わせて手を離すと、四方八方に散らばり、相手のマークを混乱させるというオリジナルの奇策。

このトリックプレーは監督やコーチによるものではなく、生徒たちが自ら考案したそうだ。普通ならば、試合中に選手同士が手を繋いでグルグル回るといった発想は出てきそうにないし、出てきたとしても、実際にやってみようとは思わないだろう。そのあり得ないことを実現したのが、同サッカー部の“主体性を育む部署制度”なのだ。

驚きの充実ぶり!分析部から農業部まで多彩な11の部署制度

グラウンド横の畑で野菜を収穫する農業部の皆さん

高川学園高校サッカー部の部署制度とは実社会の企業さながら、11の部署のいずれかにサッカー部の選手やスタッフ全員が所属して、それぞれ活動するというもの。11の部署の中にはグラウンド部や分析部などサッカーに直接かかわるもののほか、農業部やおもてなし部など、サッカーとは一見関係なさそうな部署も含まれる。

たとえば、農業部は学校の敷地内にある畑を生徒達が一から耕して、野菜を栽培。育てた野菜は学校近くの道の駅で販売したり、部の活動資金を募るクラウドファンディングの返礼品として活動資金源になるほか、地元農家の方々に農作物の育て方を教えてもらうなど、地域とのコミュニケーションにも一役買っているそうだ。

遠征等で来校するチームの宿泊用の布団の準備をするおもてなし部
また、おもてなし部は対戦校の出迎えや会場の案内、サッカー部を訪れた来賓などのおもてなしを行う部署で、ある雑誌の記者が取材に行ったときには、手作りのカフェメニューが用意されていて、お茶がふるまわれたという。

どの部署に所属するかは生徒が自分で決め、各部署の活動内容についても基本的にすべて生徒が自分たちで考え、行動しているのだそうだ。まさに主体性が発揮されているわけだ。

引退する3年生がもらした一言が気づかせてくれたこと

農家の方に玉ねぎの苗を分けてもらっている農業部のメンバー

今でこそ、こうして主体性を持って活動をしている生徒たちだが、部署制度が導入されたのには、ある苦い経験があると江本監督は言う。

「ある年の3年生が卒業でサッカー部を引退するにあたり『これでやっと終われる』と言ったのを偶然耳にして、がっかりしてしまったんです。子どもたちも覚悟をもって一生懸命やってきたはずですし、我々指導者も子どもたちのことを思って休みも返上するような状況で接してきたんです。でも最後にそんな思いしか残してあげられなかったなんて、自分たちは何をやっていたんだろうと思いました。指導者のやりがいは子どもたちが喜ぶ姿であるのに、我々指導者が『チームを強くしてあげたい』『なんとかしてあげたい』と一方通行な指導をするだけで、実際の子どもたちの感じ方や、捉え方を尊重できていなかったんじゃないかと考えたんです」(江本監督 以下同)

その頃、たまたま江本監督がテレビで目にしたのが筑波大学・蹴球部が実施していた部署制度。早速、当時のキャプテンに相談したところ、「ぜひチャレンジしてみたい」とのことで導入が決まった。その際、そのまま筑波大学の部署を真似するのではなく、高校生らしく、さらには地元に密着した形の部署を生徒達が考えたという。

「サッカー部には支援してくれるいろいろな方がいるので、その方たちをおもてなしする部を作ろうとか、地域に農家の方が多いので農業やろうか、そんな風に自分たちが興味あることや、少しでもやれそうなことを考えて部署を作っていきました」

どんな部署を作るかも、新入生がどの部署に入るのかも、すべて生徒に任せているので、監督は活動を円滑に進めるためにアドバイスをする程度で、口出ししないという。しかしそれだけで生徒の主体性が育つものなのだろうか?

10代のうちに失敗を体験することで人生の経験値を上げる

新入部員の歓迎会を兼ねたオリエンテーションでは、野外炊飯などでコミュニケーションを図る。こうした企画も生徒が発案する

高川学園のサッカー部の部員数は約160人、その内の120人近くが寮生活を送っている。江本監督は1日24時間のうち、サッカーの練習をするせいぜい2~3時間だけでなく、それ以外の時間での人間としての成長も、部活動での大きな役割だと考えているそうだ。

「生きていれば、いろんな過ちや失敗が当然ありますよね。そのときに自分の判断や対応がいいことなのか、悪いことなのか、ということをきちんと理解し判断できる人になってほしいなと思うんです。大人になるまで過ちや失敗にきちんと向き合わずに成長してしまうと、いざ社会に出て本当に失敗をしたときに困ることになります。ですから、今のうちにいろんなことを考え、体験し、いろいろなことを感じる回数や時間をいかに増やしてあげて、どれだけ経験値を上げてあげられるのかが大切だと思います」

そこで、子どもたちの経験値を上げるために、指導者は具体的に何をすればいいのだろうか。江本監督は、どんなことに気をつけているのかを聞いてみた。

「生徒がやらされていると、感じないようにすることです。あくまでも指導者主導ではなく、子どもたちが主導であることが大切です。ついガミガミ言ったり、ああしろこうしろと言ってしまいたくなることもあるので、そこをぐっと我慢することが大事。おかげで一緒に成長させてもらっています。一方で、ただやらせっぱなしではなく、生徒たちがやっていることはしっかり見ておく必要があります。この子は、率先してこんな活動をしているなとか、逆にあまり気づかないタイプだなとか。そうやって見ていて気づいたことを、各部署のリーダーと我々スタッフで作っているSNSのグループトークで提案することもあります。そのときも、あれをしろといった直接的な表現ではなく、これってどうなってたっけとか、他の部署はこんなふうに頑張ってたよなどと、間接的に伝えることで、気づきや、他の部署がやっているなら自分たちも、という向上心に繋がっているようです」

完成形がないからこそ自由な発想ができる

生徒たちに胴上げされる江本監督

部署活動の良さのひとつは学校の必須科目や、試合ではっきりと勝ち負けが決まるサッカー部の活動とは違い、「完成形」が決まっていないことだと江本監督は言う。

「学校生活では3年間、約1100日間という限られた時間の中で、決められた課題をこなさせなければいけないとか、サッカー部の活動でもこういう練習をして、こういうレベルまで持っていかなくてはいけないという、目標というか目指すべき『完成形』がありますよね。でも部署活動はいつまでにこれをしなくてはいけない、というものがないので、生徒も自由ですし、指導する側も生徒の主体性を尊重した問い掛けができます」

そんな環境の中で生まれたのが先に紹介した「トルメンタ」なのだ。サッカー部の強化を担っている強化部からの提案だったそうだが、初めてこの案を聞いたとき、江本監督はどう思ったのだろうか?

「めちゃくちゃ面白かったですね。こいつら何やってんだろうと思いましたが(笑)、まさにこれが部署制度をやってきた答えだと思いました。我々がすべて完璧にやれてるかというと全然そうでない部分ももちろんあります。でも、こうした面白いことを考案できるのは、強化部として日頃から活動しているからですし、生徒一人ひとりの発想力によるものじゃないでしょうか」

指導者がこうしなさいと言って成功するプレーも当然あるが、子どもたちの発想力をうまく利用して自由にさせたことが、こうした奇抜な発想に繋がったのではないだろうか。また自分たちの意見が採用されるという自由な空気は、チームを盛り上げ全体のモチベーションアップにも繋がったという。自分が一生懸命考えたことが採用される、やったことが評価されるという体験は、日常のさまざまな場面で子どもたちの主体性を高めることに役立っているようだ。

たとえば、大会が近くなると分析部の生徒たちが、チームが一丸となって頑張るための資料を主体的に作って「メンバーみんなに見てほしい」と提案してきたり。強化部が朝練のメニューを考えて、他の生徒たちよりも早くグラウンドに来て準備をしていたり。

また、2023年は生徒たちが自分たちの力だけで自主運営の「SGリーグ」を立ち上げた。運営、出場メンバーの選考、チームの指揮など、指導者は介入せずすべてを選手主体で行っている。そんな自立した子どもたちの姿を見た江本監督が、ひとり密かにじーんと胸を熱くしていることは内緒なようだ。


7年前、「やっと終われる」と言われてしまったサッカー部の活動だが、現在では卒業生が「部署活動をやっておいてよかった」と言ってくれるようになったそうだ。現在のサッカー部のSNSなどを見ても、生徒たちが楽しそうにしている様子が伝わってくる。子どもたちの主体性に任せるということは、任せても大丈夫だという指導者側の気持ちと、何を言っても聞いてもらえるという子どもたちの気持ち、お互いの信頼関係がなくてはならない。それは決して簡単なことではないが、卒業生の言葉や在校生たちの笑顔や充実した活動を見れば、部署活動がいかに多くのものをもたらしてくれているかが見えてくる。

text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
写真提供:高川学園高校サッカー部

『部員約160人の高校サッカー部がまるで会社?生徒の主体性を最大化する強豪校のユニークな「部署制度」とは』