デッドヒートの末の記録更新。水泳・日向楓と田中映伍のRoad to Paris
木村敬一と富田宇宙のワンツーフィニッシュで沸いた東京パラリンピックから3年が経とうとしている。「ライバル争いの活発化が国内における切磋琢磨を生み、世界につながる」。2022年のジャパンパラで日本代表の上垣匠ヘッドコーチはこうコメントしていたが、まさにそれを体現している2人がいる。両上肢欠損の日向楓と田中映伍。ともに神奈川で育ち、現在は練習をともにする大学生の2人は、抜きつ抜かれつのレースでパリ2024パラリンピック前、最後のジャパンパラを盛り上げた。
5時間で取り返した100m自由形の日本記録
先に世界に羽ばたいたのは50mバタフライを得意とする日向楓。高校時代に東京パラリンピックに出場したが、もともとターゲットにしてきたパリパラリンピックにかける思いは強い。
東京パラリンピックに3選手を送り出した、パラ水泳の強豪である宮前ドルフィンで練習を重ね、2022年の世界選手権(ポルトガル・マデイラ)では出場全種目で日本記録を更新し、50m背泳ぎと50mバタフライ(ともにS5)でメダルも獲得。しかし、その後、伸び悩んだ。
2023年の世界選手権(イギリス・マンチェスター)では、ベストを更新できず、一つ年上の田中に先着され、日本記録を次々と奪われたのだ。
「少しずつ取り返していきたいと思います」と話しつつも、見据えるのはあくまでも世界の高み。田中と高め合うことで、S5クラスを席巻する中国勢とブラジル選手の背中を追いたいと誓っていた。
前半のスピードを強化して挑んだ3月のパリパラリンピック日本代表選考会では50mバタフライで派遣基準記録Bを突破。今回のジャパンパラでも大会記録を更新したが、決勝で田中に敗れ、悔しさを隠さなかった。
しかし、翌日、100m自由形では笑顔を見せた、予選で田中に日本記録を奪われるも、5時間後の決勝で取り返したのだ。
「予選は前半を抑えて後半に行くというプランがハマらなくて、決勝はガラッと変えて前半から飛ばして後半は体力が残っていたら頑張ろうというプランで行き、それがハマったかな」
と、安どの表情で振り返った日向。決勝のタイムは1分18秒11。自己ベストを2秒近く縮める大ベストだった。
そして、「田中選手の記録更新がなければ、レース展開を変えることはなく、ベストも更新されなかった」と日向は言う。インタビューでこそライバル心をむき出しにするものの、世界選手権では気合いを入れるために2人で坊主頭にするなど仲がいい。
ライバルの存在も力にし、長いスランプから抜け出した日向。パリでは世界のトップ選手たちに食らいつく泳ぎを見せてくれるはずだ。
パラリンピックの目標は全種目ベスト更新!
一方の田中映伍も負けてはいない。大会中日は100m自由形で日向に敗れたものの、初日と最終日は50mの背泳ぎとバタフライで優勝。エキシビジョンのリレーも泳ぎ切り、課題だったスタミナも向上した様子だった。
ジャパンパラの自身のタイムを振り返り「満足のいく結果ではなかったが、これからの自信につながるタイムだった」と話した。
高校時代からパラ水泳に本格的に取り組むようになった田中。記録が伸び出したのは、ここ最近で、東京大会当時、パラリンピックは遠い存在だった。初のパラリンピック出場がかかった、3月のパリパラリンピック日本代表選考会は「すごく緊張した」と明かしており、無事に内定を得た今は、「集中して練習できるようになりました」。
「初めてのパラリンピックは、楽しみたい。前回の東京では、日向選手をテレビで応援していたが、今度は夢の舞台に立てる。まずは楽しむことを目標にし、その上で自分の泳ぎをする全種目でベスト出せるようにがんばりたいです」
そう話した田中は、選考会の後、専門種目を変えた。2023年の世界選手権で日本新(34秒47)をマークし、5位になった50mバタフライではなく、伸びしろのある50m背泳ぎを本命種目にした。
「バタフライは呼吸のときに(泳ぎが)完全に止まってしまうので、苦手な呼吸がない背泳ぎがいいと思った。(ジャンプ力が向上している)飛び込みも、下(水中スタート)のほうが得意なので合っているかなと思ったのが理由です」
常に成長しようとチャレンジする姿勢を見せている。成長著しいS5クラスのエースは、自身の泳ぎをさがしているところだという。
「今まではピッチに頼った泳ぎだったが、それではタイムに限界があるかなと思っているので、次にどういう泳ぎにしようか模索中です」
同年代で近いタイムで泳ぐ日向については「心強い」と話し、国内で切磋琢磨して高め合う。パリでもともにタイムを競い、世界の強者に立ち向かうつもりだ。
text by Asuka Senaga
photo by X-1