「武器の代わりにスポーツシューズを手にしてほしい」東京2020大会後も続くホストタウンの絆

「武器の代わりにスポーツシューズを手にしてほしい」東京2020大会後も続くホストタウンの絆
2024.10.01.TUE 公開

北海道恵庭市は、新千歳空港と札幌市のほぼ中間に位置し、降雪もそれほど多くない穏やかな気候風土の街だ。そんな過ごしやすさもあってか、東京2020大会では、グアテマラ共和国のホストタウンとして競歩選手団の事前合宿の受け入れを行った。その時にできた縁が、現在の恵庭市、グアテマラの両者の絆につながっている。どんな結びつきをもたらしたのか、恵庭市に伺った。

使わなくなったスポーツ用品を現地の子どもたちへ

スポーツ少年団を通じて集めたシューズ、ウェアなどは5つの箱に一杯になり、グアテマラへと送り届けられた(写真提供:CDAG)

恵庭市とグアテマラがホストタウン提携をしたのは、2020年12月。東京2020大会の陸上競技をはじめとするいくつかの競技が北海道で行われるということで、もともと陸上競技が活発に行われていた恵庭市はホストタウンに立候補した。その結果、グアテマラ・オリンピック代表団競歩チームの事前合宿が恵庭市で行われることになる。その後、スポーツ用品を現地の子どもたちに届けるきっかけとなったのは、代表選手が発した一言だった。

「2012年のロンドンオリンピックでグアテマラで初めてのメダル(銀)を獲得した競歩のエリック・バロンド選手が、“子どもたちが武器の代わりにスポーツシューズを手にとってくれることを願う”という発言をされました」

そう経緯を説明してくれたのは、恵庭市役所企画課の吉成祐輔氏だ。グアテマラは36年間も続いた内戦で多くの人が亡くなった。その後も、失業率は高く、治安が極度に悪いため、子どもたちも武器を持たざるを得ない状況が続いている。

「そんな状況でも熱心にスポーツに取り組んでいる子どもはいるものの、貧困のため専用の靴や道具が買えず、思うように活動できないこともあるらしいのです。それを知った副市長が深く受け止め“恵庭市として何かできることはないだろうか”と声を上げました」

せっかくできた縁をホストタウンの期間だけで終わりにせず、交流を続けていこうということで市が動き始めた。市のスポーツ少年団やスポーツ協会に依頼して、身体が大きくなって使えなくなるなどして不要になったスポーツの用具、ウェア、靴などを集めていく。その結果、量としては大きな箱5つ。靴27足、シャツ66着、ジャージ38本、ウィンドブレーカー16着、パンツ18本ほどを現地に送ることができた。受け取ったグアテマラの子どもたちは、どんな反応だったのだろうか。

「送ったあと、現地に到着したのを確認してオンライン交流会を行いました。こちらからは、たくさんのスポーツ用品を提供してくれたバスケットボールの少年団の子どもたちに参加してもらい、グアテマラの人たちから感謝の言葉をもらったり、バロンド選手にいろいろ質問をしたりして、とても良い経験になったのではないかと思います」(吉成氏、以下同)

心温まるおもてなしと応援が喜ばれた事前合宿

農道で練習する選手たちを、国旗のプラカードを掲げて市民も応援

そもそも、恵庭市とグアテマラの交流のきっかけとなったオリンピック選手団の事前合宿はどのような様子だったのだろうか。

「当時私は広報課という部署にいたので、広報誌でグアテマラとはこういう国ですという紹介をしたり、大会の日程をお伝えしてみんなで応援しましょうと呼びかけたりしました。ただ、残念だったのは、コロナ禍が収まらない中での合宿だったので、市民と選手たちとの交流が思うようにいかなかったことです」

対面での交流はできなかったが、選手が滞在するホテルには市民から寄せられた千羽鶴などの飾りつけを行い、歓迎の気持ちを伝えるとともに、日本文化や日本の四季を表現するなど、有志が心温まる対応をしたそうだ。

「選手は毎朝ホテルでPCR検査を行って健康管理をするなど、かなりナイーブになってはいたようですが、練習会場となった農道では、周辺の農家の方たちが応援のプラカードを掲げているのを目にすると、喜びの声を上げてくれていたようです。自分の国じゃないのに、こんなにたくさんの人が応援してくれて嬉しいという声もありました」

グアテマラの選手団は、恵庭市での合宿後、選手村に移動して本番に臨み、帰国前にもう一度恵庭市に立ち寄った。その際には、対面での交流会が実現したという。

「選手のみなさんは、オリンピックが無事終わってホッとしたということもあったかと思いますが、みなさん“こんな会をやってくれて嬉しい”と言っていただき、よかったなと思いました。市民にとっても、それまで名前ぐらいしか知らなかった国のことを身近に感じる機会になったのではないでしょうか」

共に生きる外国人と一緒に暮らしやすい街作りを目指して

オリンピック出場後の事後交流会では、やっとお互いに思いを伝え合うことができた

恵庭市がホストタウンに立候補したのは、陸上競技が盛んであることのほか、多様性の尊重に積極的な街であることも理由の一つだそう。

「ホストタウンとして名乗りを上げた当時、市には500人程度の外国人の在住者がいたのですが、今では1000人を超えています。外国の方々も地域で一緒に暮らす仲間なので、そういった方々も暮らしやすい街になっていくことは重要です。そのような流れの中にあって、外国の選手を受け入れることにより、多文化共生を図れるといいのではないかという理由もあったと思います」

今回ホストタウンになったことで、グアテマラの子どもたちにスポーツ用品を送るという取り組みが実現。その後この交流に追随するような動きはあるのだろうか。

「最近では、ある大学が中心となってスリランカに野球の道具を集めて送るプロジェクトがありました。また、ちょっと意外なところでは、恵庭市ではなく別の自治体がグアテマラに救急車を寄贈することになったのだけれど、使用方法を現地で説明するための動画作成に協力してもらえないかという依頼も。それで消防の方にお願いし、動画を作成して送るということも行いました」

もともと、外国人の居住者が多いという恵庭市だが、多文化共生をより推し進めるため、市が事務局となって外国人向けの日本語教室を開催するなど、積極的に取り組んでいる。このような市の姿勢に加え、グアテマラの選手団のホストタウンとなったことは、これからの市を作っていく子どもたちにとっては、どのような影響があるのだろうか。

「オリンピックはテレビで競技を見たりすることはあっても、なかなか身近な物として捉えることはできなかったと思います。しかし、地元の北海道で競技が開催され、外国の選手と交流できたことにより、もしかしたらこれから自分もそういう高みを目指せるのではないかと思うようになったこともあるのではないでしょうか。これからも外国の方との交流の機会はますます重要になりますから、市としてもいろいろ取り組んでいきたいですね」


“子どもたちが武器の代わりにスポーツシューズを”との言葉は、現在も複数の国が対立して戦争状態にあり、武器を手にする子どもたち、武器により命を奪われる子どもたちがいることを思うと、なおさらの重みを持って心に突き刺さってくる。その言葉に即座に反応して市民に声がけを行った市の取り組みは、みんながより暮らしやすい街作りに確実に繋がっていくだろう。

text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
key visual provided by CDAG
写真提供:恵庭市、CDAG

『「武器の代わりにスポーツシューズを手にしてほしい」東京2020大会後も続くホストタウンの絆』