オランダの「パラスポーツの伝道師」が子どもたちに伝えた、「できないをできるに変える」考え方のヒント|パラスポーツと教育
英語や国際教育に力を入れるグローバルモデル校である、神奈川県横浜市立義務教育学校西金沢学園。2024年11月、この学校の小学6年生を対象に、「チガイ」から共生社会について考えるプログラム「あすチャレ!ジュニアアカデミー」の特別版が実施されました。講師として特別参加したのが、オランダから来日した「パラスポーツの伝道師」リタ・ファン・ドリエルさんです。
パラスポーツの振興に長く携わっているリタさんは、2009年から2021年までの13年間にわたり国際パラリンピック委員会の理事を務め、現在も障がいのあるなしに関係なくスポーツを通じた社会参加についてのコンサルタントとして活躍しています。そんな彼女が日本の子どもたちに伝えたこととは? 大人にも学びになるヒントが詰まった、授業の様子を取材しました。
オランダの考え方に興味津々
この日、パラ・パワーリフティングの山本恵理選手と一緒に講師を務めたリタさん。体育館に集合した小学6年生たちは、大きな拍手で迎えました。
オランダ語で「こんにちは」という言葉を教わり、大きな声であいさつした子どもたちに向けて、リタさんが自身の経験について語ります。
もともと体育の教員だったというリタさん。バレーボールや水球、スキーなどさまざまなスポーツを経験する中で、クロスカントリースキーに本格的に取り組んでいました。ある時、視覚障がいのある人と一緒にクロスカントリースキーを行う機会がありました。
「目の見えない人と一緒にスキーをするにはどうしたらいいのだろう?」
この出来事がリタさんの原点となり、それ以来障がいのある人と一緒にスポーツをすることについて考え続けるようになりました。普段なかなか出会えない人のお話に、子どもたちは真剣に耳を傾けます。
続けてリタさんは、子どもたちにオランダでのスポーツのあり方を紹介。オランダでは障がいのある人のスポーツ参加が進んでおり、「誰でもできる」ようにすることを大切にしているそうです。
「みんなでサッカーをしたいと思ったとき、どこでやるのか、何人でやるのか、どんな人が参加しているのかなどによって、ベストなやり方やルールは変わってきますよね。大切なのは『そこに参加している人が全員楽しめるかどうか』なんです」
スポーツにおいて、ルールを変えたほうがみんなが楽しめるのであれば、柔軟にルールを変えてプレーすればいいという考え方をするそうです。たとえば小さな子どもが多ければ広すぎない場所で行う、走るのが大変な高齢の方がいれば歩いてプレーするといったように、参加している人たちに合わせて、工夫をします。
「『できない』という言葉はありません。『どうすればできるか』を考え、『自分たちでゲームを作る』ことが大切なのです。歩くのが難しい人のためのサッカーとして、フレームフットボールというものがあります。視覚に障がいのある人は、鈴の入ったボールを使ってブラインドサッカーができますね」
多様なかたちの「サッカー」を例にして、創意工夫で柔軟に取り組めば、さまざまな人が一緒にスポーツを楽しめるのだという考え方が、子どもたちにも伝わっていきます。
やってみよう!「全員が参加できるボールゲーム」にするには?
「今日はみんなと一緒にやってみたいと思うんです」
オランダの考え方について学んだところで、「みんなが参加してスポーツをする」ことを経験するため、全員でボールゲームを実際にプレーすることに。リタさんが伝えたこの日の約束は、次の3つです。
- みんなが楽しいと思えること
- 少しチャレンジングであること
- みんなが一緒に参加できること
一見当たり前の約束のようにも見えますが、どのようなゲームになるのでしょうか。
児童は6~7人ごとのグループに分かれ、円の形を作ります。プレーが始まったらグループのメンバーにボールを投げてパスをしていきます。初めは簡単そうに投げ合う子どもたち。そこでリタさんから声かけが。
「いいですね。ちょっと簡単そうなので、ルールを付け加えてみましょう」
「円を広くし、ボールを投げる距離を遠くする」「ボールを床に落としてはいけない」「となりの人に投げてはいけない」など……少しずつ条件が足されていく中、子どもたちは夢中になってボールを投げ合います。
そこで再度リタさんから声かけがありました。
「どのグループも、一人は片手を使わずにプレーするようにしましょう!」
投げるだけでなく、キャッチするのも片手です。初めは苦戦していた児童たちでしたが、徐々に優しく投げたり、山なりに投げたりするといった工夫で、何とかボールをパスし合います。
ここでさらに条件が追加に。片手でプレーする児童のほかに、グループのうち一人がアイマスクをし視界を遮断してプレー、またもう一人がいすに座ってプレー、という2つの条件です。もちろん今日の3つの約束、「みんなが楽しいと思えること」「少しチャレンジングであること」「みんなが一緒に参加できること」も守った上でのプレーであることが前提。さまざまな条件が追加された中で、どうやったらゲームを楽しめるか、各グループとも作戦会議をします。
「こうしたらうまくいくのかも!」
ホワイトボードを囲みながら、思いついたアイデアを出していく子どもたち。
「片腕でプレーする友達には優しく投げたらいいんじゃない?」
「アイマスクをしている友達には声をかけてから投げよう」
それぞれの状況に応じてどうしたらボールをパスしやすいか、考えていきます。さらに、「声をかける」と言っても、どのように声をかければ相手がわかりやすいか、他の人にとってもわかりにくくないか、など、実際のプレーを想像しながら具体的に考えていきます。
出し合ったアイデアをもとに、全グループ、プレーをしてみます。うまくいったものもあれば、うまくいかなかったものも。再度、グループごとに作戦会議の時間です。
「アイマスクをしている友達には、どの方向に投げるか声をかけてから投げたほうがいいんじゃない?」
「いすに座っている友達は、ボールの軌道がずれると取りづらそう。まっすぐに投げることが大切だよ」
「ボールを受ける側は『取る準備ができたよ』と示してくれるとスムーズにパスができそう」
このようにして、「実際にやってみる」ことで、「こうしたほうがもっとうまくいく」というアイデアが数多く出てきました。
児童たちの話し合いやプレーの試行錯誤を見守っていたリタさん。児童からの「初めはうまく取れなかったけれど、工夫したら2回目からは取れるようになった」などの感想を聞き、その創意工夫とチャレンジを讃えました。
「みんなで協力して、想像力を働かせ、工夫して考えることができましたね!」
このゲームを通じて、児童たちはさまざまな立場や状況について考え、柔軟に変えて「みんなが参加できるゲーム」を作るプロセスを経験しました。「できる」「できない」で線引きするのではなく、一緒に活動するにはどうすればいいかを全員で考えるという経験は、とても大切なものとなったのではないでしょうか。
みんなに「おいでよ」と言える人になってほしい
スポーツに限らず、「さまざまな人と一緒に活動を楽しむ」ことを考えるためには、相手や相手の環境への理解が欠かせません。お互いのことを知り、それぞれのできること、やりたいこと、気持ちなどを理解し合っていくことは、共に生きることの第一歩だと言えるでしょう。それを感じ取れる授業になったのではないでしょうか。終わった後、ある児童はこんな感想を語ってくれました。
「やってみる前は、片手でボールを投げるのはそんなに難しいことだと思わなかったけれど、やってみたら難しかったです。でも、『できない』ではなく『どうしたらできるか』を考えるというアドバイスを受け、投げ方を工夫してみたらうまくいきました。障がいのある人とも同じ仲間として一緒に何かをやるというのは素敵なことだと思いました」
「自分が苦手なことに対しても、どうすればできるかを考えるという姿勢でやってみたいと思います」
「知る」「理解する」「どうすればできるか考えて工夫する」というプロセスを学び実践した授業を通して、パラスポーツの枠にとどまらない大きな気づきがあったようです。
担任の小塚ちえみ先生も、今日のリタさんとの出会いが児童たちにとってとてもいい学びになったと語ります。
「社会にはいろいろな人がいるということ、そして児童たちも含めてみな同じ世界の中にいるのだということを実体験として理解できればとの思いで、今回の授業の実施を決めました。やってみて気づいたことも多くあり、児童たち自身もいろいろなことに対して努力していこうと思ったのではないでしょうか。これからもいろいろな人と関わり、人生経験を増やしていってもらいたいです」
最後に、授業を終えたリタさんは、児童たちへこんなメッセージを送りました。
「自分と異なる人と会ったときでも、恐れず積極的にコミュニケーションをとってください。スポーツだけでなくどんな活動でも、『じゃあこうすればできるね』と考えて工夫することは、障がいのある人と共にどう生きていくかを考えるときにとても役に立ちます。しきたりや伝統もすばらしいものですが、何かを変えたいと思うときには壁となることもあります。時にはルールを柔軟に変化させ、みんなに『おいでよ』と呼びかけられるような人になっていってほしいと思います」
互いを知り、活動に障壁があるならばどうすれば一緒にできるのかを考えること。そのためにはこれまでのやり方やルールにとらわれない柔軟な発想が必要だというメッセージが強く伝わってくる授業でした。そうして創意工夫ができる力は、自分自身にとっても生きていくうえでの大きな力になるのはもちろん、さまざまな人と共に生きていくうえで必須のものだといえます。オランダからもたらされた考え方のヒントは、日本でもよりよい社会を実らせる種になるのではないでしょうか。
text by Ayako Takeuchi
photo by Haruo Wanibe