トップアスリートのトレーナーが明かす指導の極意。ビジネスマンも必見「教え上手と教え下手はここが違う」

スポーツの世界では、現役時代にいい成績を出した選手が必ずしもいい監督やコーチになるとは限らないという話をしばしば聞く。それはなぜなのだろうか? いい指導者とそうでない指導者の違いはどこにあるのだろうか? 今回、そんな疑問に答えてくれたのは、メジャーリーガーの菊池雄星投手をはじめとする一流アスリートのパーソナルトレーナーとして活躍する清水忍氏だ。ビジネスの現場でも役立つ、個々の能力を引き出し、高いパフォーマンスを生み出すための極意を伺った。
知識やスキルは教える力とは別物
清水忍氏は、パーソナルトレーナーとして複数球団のプロ野球選手、独立リーグ選手、名門大学や強豪高校の野球部等でトレーニングを指導している。また一方で、その指導力の高さから、現役トレーナーのレベルアップを目的とした「清水塾」を主宰するなど、「教える力」の重要性を広める活動にも力を入れている。そこで早速、前述した「いい選手が必ずしもいい指導者になるとは限らないのはなぜか?」という疑問をぶつけると、面白いたとえ話をしてくれた。
「小学校の算数の先生と高校の数学の先生、先生としてレベルが高いのはどちらだと思いますか?という質問をすると、高校の先生と答える人が意外に多いのですが、実はそうとは限らないのです。指導者という面から見れば、数学に興味がない高校生に『こんな事が分からないようじゃダメだ』と叱りながらひたすら難解な授業をやっている先生より、算数に興味が無い小学生に、話が面白くていつの間にか算数の勉強が好きになるような授業をやっている先生の方が優秀と考える事もできます。指導者の力量とは教えている内容が高等かどうかではなく、自分が教えたことが相手に関心を持ってもらえて、しっかりと伝わって、ちゃんと理解してもらえているかどうかだからです」(清水氏、以下同)
スポーツやビジネスにおける知識やスキルは、教える技術とはイコールではない。だからいいスポーツ選手だとしても、いくら優秀なビジネスパーソンだったとしても、その人たちに自分の知識やスキルを上手に教えられる技術があるとは限らないというわけだ。
良い指導者は何が違うのか?
では、良い指導者とは、どういう人のことを言うのだろうか? そのポイントはたくさんあるが、清水氏はまず大切なのは「相手が理解しているかいないかを感じ取ること」だという。
「優秀な指導者は、自分の話を相手が理解できていないと気付くことができます。そして気付いたら、理解しやすい言葉に言い換えるとか、相手の状況や状態を理解し、内容を理解できるレベルに調整するといったことができる。反対に下手な指導者は、相手が理解できていないことに気付かず、このくらいの事が分からないようではダメだというスタンスでずっと話し続ける。それでも自分は教えたつもりになっているので、相手が理解できないのは、相手の能力が低いからだと考えてしまうんです」
相手が理解できない、教えたことをうまく実践できない、実践させても効果が出ない場合、それは自分の教え方が悪いからだという自覚があるかないか、それだけでも教え方に大きな差が生まれるという。
多くの選手の意識を変えた指導の方法とは?
ここで「相手の理解」について、清水氏が経験したあるエピソードを紹介しよう。今シーズンからメジャーリーグのロサンゼルス・エンゼルスでプレーする菊池雄星選手に、清水氏が初めて会った時のことだ。知人の紹介で、菊池選手のトレーニングを見てほしいと言われた清水氏は、まず普段やっているトレーニングをやってみせてもらったそうだ。そこで、菊池選手が重い重量を使ったバーベルスクワットをしている姿を見た清水氏は、菊池選手の意識の向け方を少し修正した方が良いと感じたという。
「左ピッチャーは左脚で地面を蹴って右脚を前方に踏み出す動作で投げますが、実はこの右脚は前方に踏み出すというよりもしっかりと地面を踏み込んで下半身が前方に移動しないようにブレーキをかける事に大きな意義があるのです。右脚の筋力で下半身の前方移動にブレーキがかかると、上半身だけが前方に移動しようとします。そこで背筋力を使って上半身の前方移動にもブレーキをかけると次は腕だけが前方に移動しようとします。同じエネルギーで移動する物体は、長さや大きさや重さが小さくなると速度が上がるという物理の原則があります。すなわち、踏み出した脚の筋力でガッチリとブレーキがかけられれば、それだけ腕が速く振れる可能性が高まるという事なのです。スクワットは重いバーベルを持ち上げる能力の向上が目的ではなく、強く地面を踏み込む能力を向上させるために行うんです。そう菊池選手にアドバイスしました」
そのアドバイスの後、菊池選手は重いバーベルを上げることではなく、地面を踏み込むことや、踏み込むための足の位置などに意識を向けるようになったという。トレーナーにこうした知識があったとしても、「下半身を強化すれば球のスピードは速くなるから」としか説明しなかったら、選手はその本当の意味を理解できず、せっかくのトレーニングも効果は半減してしまう。
「教える側は、相手が何に意識を向けているかを見ようとしなければいけないんですが、そこを見ないで指導に入ってしまう人がいます。しかし大事なことは何をするかよりも、まずは何に意識を向けるかということです」
この指導によって菊池選手はウェイトトレーニングのコツを掴み、清水氏は菊池選手の専属のパーソナルトレーナーを務めることになった。
指導者に必要なのは原理原則を知ること
菊池選手の例でも分かるように、指導者にとって必要なことは原理原則を知って、それを相手に分かるように伝えることだと清水氏は言う。
「根本的な原理原則が分かっていれば、その先の末端で起きていることは派生して考えられるはずなんですが、多くの人が末端に関する知識を取り入れようとして原理原則に目を向けていないのが残念です。これは何のためなのか、どういう仕組みになっているのかといったことに意識を向けて深掘りしている人は、間違った努力をしないだけでなく、合理的効率的な努力をする可能性が高まりますよね。本人がそれに気づけないならば指導者がそれを教えてあげる。分からせてあげることが重要です。指導者の役目というのはこの話の原理原則は何かを、その人が関心が向くように伝えることです」
清水氏がそうしたことを繰り返した結果、全ての選手が常に原理原則を考えるようになったという。
「どの選手もうるさいくらい『どうしてなんですか』と聞くようになりました。この重量で行うのはどうしてですか? どうしてこの時期にこの種目をやるのですか? どうしてこの角度で動かすのですか? という感じです。ついうっかり私が話を端折ると、『なぜですか』と必ず聞くくらいです」
このように教えられる側が「なぜ?」「その意味がわかりません」と質問できる空気を作ることもまた、指導者の重要な役割なのだそうだ。
「質問をされて『なぜならば』を説明できない人は、自分もなぜだかを深掘りできていないケースが多いんですよね。だからそこを突っ込まれたくないので『いいから黙ってやれ』などと威圧してしまい、質問ができないような空気にしてしまうんです。すると今度は指導される側も、分からないことがあっても『この人はどうせ答えられないだろうな』と質問を飲み込んでしまうようになる。それはすごく残念なことで、本当ならば指導される側はその場の空気なんて気にせずに、分からないことは分かるまで聞いていい。それに答えられるように努力すること、聞きやすい空気を作ることが指導者の責務です」
また、指導がうまくいかない場合、実は指導者自身が原理原則を理解できていないことを自覚できていないケースが多々あるという。
「表面的なことは勉強しているんですが、それがなぜなのかを深く探求していないケースがよくあります。だから教えている内容が表面的な話になってしまい、聞いている側も表面的な解釈しかできないという悪い連鎖が起きてくる。だから、教える側の責務としては、なぜ、なんのために、なぜそうするのか、ということを3段階くらい深掘りし、何を聞かれても答えられるように準備をしておく努力が必要です」
3段階とはたとえば、先程の菊池選手の例で言えば、
第1段階
「なぜバーベルスクワットをするのか?」
↓
「踏み込む力を鍛えるため」
第2段階
「何のために踏み込む力を鍛えるのか?」
↓
「足でしっかりとブレーキをかけられるようになるため」
第3段階
「何のためにブレーキをかけるのか?」
↓
「足でブレーキをかけて下半身の動きにブレーキをかければ上半身だけが動くことになり、同じエネルギーなら小さい物の方が早く動くという原理から、より速く腕を動かせるようになるから」
といった具合に、1つのことを深堀りしたやりとりができるように準備をしておくということだ。
主役は指導者ではなく教えられる側
ここまで、その道における知識や経験に加え、原理原則を深堀りすることの重要性を説いてもらったが、それだけではいい教え方はできない。
「教えるというのは単に情報や知識を伝えることではなく、相手に分かってもらうことです。『教える』はこちらが主役ですが、『分かってもらう』は相手が主役です。だから教えるという発想はやめて、どうやったら分かってもらえるか、自分のこの言い方で相手に分かってもらえるかに意識を向けることが大切です。そして分かってもらうために大事なことは、相手に関心を持ってもらうことです。関心を持っていないことは頭の中に残りにくいんですよ。だから、いかに関心を持たせるかというのが重要ですし、関心を持たせる能力の高い人は、相手に分からせる能力の高い人です」
また、清水氏は教えるにあたり「正しいことと分かりやすいことは別だ」と考えているという。
「たとえば、あなたの仕事は何ですかと聞かれた時に、みんな一生懸命正しいことを伝えようとします。でもたとえば僕の場合、小学生にトレーナーという仕事を正しく理解してもらうのは難しいと思っています。だから僕は小学生に説明するときは『僕は君がかけっこで1位になるようにさせてあげられる仕事をしているよ』と言うんです。これは決して正しい説明ではないですが、分かりやすいですし、なおかつちょっと関心を持ってくれるし、これで十分事足ります」
「教える」とはどういうことなのか、上手い指導者とそうでない指導者の違いが分かったところで、知りたいのは「上手い指導者」になるためにすべきこと。後編では、その極意を伺う。
<後編は3月3日(月)公開予定!>
PROFILE 清水忍
トレーニングジムIPFヘッドトレーナー。アメリカスポーツ医学会認定運動生理学士(ACSM/EP)、健康運動指導士。1967年生まれ。大手フィットネスクラブ勤務後、スポーツトレーナー養成学校講師を経て独立。「なぜ」を追求するロジカルな指導で、メジャーリーガー・菊池雄星投手らプロアスリートのパーソナルトレーナーとして絶大な人気を誇る。トレーニング指導歴三十五年以上。NESTA JAPANエリアマネージャー、菊池投手考案の複合野球施設「King of the Hill」アドバイザー。雑誌「Tarzan」の監修など多くのメディアで活躍中。
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
photo by Shutterstock
写真提供:株式会社 INSTRUCTIONS