東京マラソン2019 車いすの部・悪天候のレースでのカギは王者の勘!?

東京マラソン2019・悪天候のレースでのカギは王者の勘!?
2019.03.05.TUE 公開

3月3日、東京都庁から東京駅前・行幸通りまでの42.195kmで競われた「東京マラソン2019」。厳しいコンディションの中、男子車いすの部は、マルセル・フグ(スイス)がゴールスプリントで敗れた2年前の雪辱を果たし、1時間30分44秒で初優勝。2位にダニエル・ロマンチュク(アメリカ)、3位にエレンスト・バンダイク(南アフリカ)が入り、外国人選手が表彰台を独占。日本人トップは洞ノ上浩太が1時間35分39秒で4位。前回大会、1秒差で優勝をつかんだ山本浩之は9位、同2位の鈴木朋樹は6位となった。

雨中のレースとなった東京マラソン兼アボット・ワールドマラソンメジャーズ シリーズⅫ

“準備”、“駆け引き”、そして“王者の勘”

雨に濡れたスリッピーなコース状況。さらに、スタート時の気温が5.7度。それもフィニッシュは5度以下まで落ち込んだ。自身も選手として出場したレースディレクターの副島正純は「予想以上の寒さで、5km地点で手先の感覚がないぐらい。後半になるほど体が冷えていった」と振り返る。結果的に、男子は26名、女子は7名の出場者の内、それぞれ11名、2名が途中棄権するという過酷なレースとなり、多くの選手がゴール直後、寒さに体を震わせていた。

そんな今回のレースのポイントは「天候対策」と「前半重視のレース展開」だった。それは、レース後の選手たちの言葉から伺い知ることができる。

グローブで後輪の外枠(ハンドリム)をとらえて走行する競技用車いす。「キャッチ」と呼ばれるその動作の効率性が、スピードに大きく影響する。そのため、雨天ではグローブが滑らないよう、各選手は対策をしてレースに臨む。グローブを加工したり、滑りにくい素材のタイプを使用したり、といった具合だ。

男子優勝のフグが「ハードなレースの中、僕の助けになったのは、良い手袋をしていたこと。しっかりグリップできるようにグローブやハンドリムに工夫をしているので、雨中のレースは得意なんだ」と言えば、日本人トップの洞ノ上も「車いすのレース中は雨が降らない予報でしたが、朝になって雲行きが怪しかったので、雨対策をしました。自分の場合は布を貼ったり、松ヤニを付けたりして滑り止めをするんです」と話す。車いすマラソンならではの工夫である。

また、今大会のようなコンディション下では“心の準備”も結果を大きく左右する。洞ノ上は「条件は皆一緒。雨だから気持ちが乗らない選手もいるだろうと想定して、『自分は全然、動じていないぞ』という雰囲気を出す。そういった細かいメンタル面の駆け引きは意識していました」と振り返る。

さらに前半重視のレース展開。男子のレースではスタート直後からバンダイクが積極的に仕掛け、フグ、ロマンチュクらが追走。集団が小さな塊で点在する展開を作り出した。日本人の有力選手は第2、第3集団に位置し、結果として勝負の大勢は前半で決まるような格好となった。

レースの流れを作り出したバンダイクは言う。

「東京マラソンは例年、大きなグループが形成されるのが常だった。そうなると、ゴール前のスプリントで不利になるから、天候に関わらず、前半から前に出ていこうと考えていたんだ」

エレンスト・バンダイク(先頭)がレースの流れを作った

そして、20km過ぎから、フグが動き出す。「最初から決めていたポイント。色々なスタイルで何度も攻めた」と小刻みな仕掛けを繰り返すと、バンダイクに続いてロマンチュクもたまらず後退。25kmからぐんぐん後続を突き放していき、フィニッシュ地点では約3分半の大差となった。

5kmごとのスプリットタイムを見ると、中間点以降、各選手がペースを落とす中、フグだけは落ち込みを最小限に食い止めた。バンダイクによって作り出された小グループでの展開に、悪天候によるライバルたちのペースダウンが重なり、ゴールスプリントに持ち込まれることなく、フグは一人旅でフィニッシュラインを駆け抜けた。

マルセル・フグが主要マラソンすべての王者に

フグは今回の優勝で、世界の主要なマラソン大会(東京、ボストン、ロンドン、ベルリン、シカゴ、ニューヨークシティ)すべての車いす部門で勝った唯一の選手となった。

厳しい条件下のレースを制したマルセル・フグ

マルセルだけではない。2位に入ったロマンチュクは、若干20歳ながら上述の6大会で構成されるシリーズ戦『ワールドマラソンメジャーズ(WMM)』でマルセルとトップを争っており、今大会で主要マラソンすべてに出走したことになる。また、女子の部で連覇を果たしたマニュエラ・シャー(スイス)も、今回の勝利によりWMMで4度目の優勝。シリーズ戦でもトップを独走している。2位のタチアナ・マクファーデン(アメリカ)は、100mからフルマラソンまでこなし、パラリンピック、世界選手権、主要マラソンで金メダルを量産してきた。単純比較はできないものの、健常者の世界では考えられないような“鉄人たち”が車いすの陸上界にはいる。

女子は世界記録保持者のマニュエラ・シャーが優勝(中央)、タチアナ・マクファーデン(左)は2位に

前述の洞ノ上は、2016年のリオパラリンピック男子マラソンで7位に入賞しているが、今大会の男子トップ3を見てこう話す。

「車いすマラソンを、上り、下り、フラットな高速区間、ゴールスプリントと大きく4つに分けると、以前はどの選手もどこかに得手、不得手があったんです。でも3人は穴が無い。雨で手のグリップに苦労するような時でも勝つ選手は勝つ。敗因というより力の差がこれだけあるということです。自分はリオ以降、ポジション(座り方)、フォーム、グローブを変えて、試行錯誤を重ねているところ。このままでは勝てないと思って、ゼロから考え直すことにしました。自国開催の東京大会で出場権を得られれば、コースを入念にチェックして、上り、下り、コーナーすべてを利用して勝ちにいきたいと思っています」

コースは違えども、東京2020パラリンピックの前年に厳しい条件下で競われた今回の東京マラソン。悪天候への対処と、レースの構成力。アスリートたちの地力が問われた大会となった。

東京駅をバックにトップでゴールテープを切ったフグ
【東京マラソン2019 兼アボット・ワールドマラソンメジャーズ シリーズⅫ リザルト】
車いすマラソン男子エリート:
1位マルセル・フグ(スイス)1時間30分44秒
2位ダニエル・ロマンチュク(アメリカ)1時間34分26秒
3位エレンスト・バンダイク(南アフリカ)1時間34分41秒
4位洞ノ上浩太 1時間35分39秒 ※日本人トップ

車いすマラソン女子エリート:
1位マニュエラ・シャー(スイス)1時間46分57秒
2位タチアナ・マクファーデン(アメリカ)1時間48分54秒
3位スザンナ・スカロニ(アメリカ)1時間54分32秒
5位中山和美 2時間2分40秒 ※日本人トップ
男女ともに海外勢が表彰台を独占した

text by Naoto Yoshida
photo by TOKYO MARATHON FOUNDATION

『東京マラソン2019 車いすの部・悪天候のレースでのカギは王者の勘!?』