厳しい結果と希望の光・東京パラリンピック出場権をかけたラストチャンス~大分車いすマラソン2020~

2020.11.22.SUN 公開

大分車いすマラソン2020が行われた11月15日は絶好のマラソン日和だった。気温や天候もよく、風もほとんどない。過去に世界記録も生まれた記録の出やすいコースだけに、高速レースが期待された。

この大会にかける選手は多かった。東京パラリンピック出場を目指す選手にとってラストチャンスになる可能性の高い大会だったからだ。

沿道の応援自粛など例年とは大きく形を変えて実施された大分車いすマラソン2020

コロナ禍で東京パラリンピックの選考レースだったマラソンワールドカップが中止になり、WPA(世界パラ陸上競技連盟)は代替策として、記録によるマラソンランキングでの参加資格割り当てシステムを公表した。2021年3月31日までに出した記録で順位を決めるというものだ。そのランキングで東京パラリンピックの出場枠を得るには、上位6位に入り、かつすでに世界選手権枠などほかの方法で出場を決めている選手を除いて2位以内に入らなければない。ほとんどの選手にとって自己ベストを超えなければならない厳しい条件だが、男子は世界ランキング15位以内が8人、女子も2人が出場していただけに、このビッグチャンスを誰がものにするのか――選手たちの戦い方、そして記録に注目が集まった。

競り合いの展開が擁されたが……

大会に先駆けてオンラインで行われた記者会見で、日本パラ陸上競技連盟(JPA)の指宿立強化委員長は、「けん制していたら、タイムは出ない。積極的にレースを仕掛けていかないと世界の選手と戦えない」と語っており、選手たちの競り合いの中で好記録が生まれる展開を期待した。だが……。

スタート後に飛び出した鈴木(左先頭)と西田

この日のレースでキーマンになったのが、出場者の中で唯一東京パラリンピックの出場切符を手にしている26歳の鈴木朋樹だ。トラックと二刀流で活躍し、スプリントにも強く、事実、大会一週間前の関東パラ陸上選手権では100m(T54)で優勝している。ランキングで鈴木を除く日本人最上位の渡辺勝やリオパラリンピック日本代表の山本浩之ら今回にかける選手たちは、当然、鈴木がリードする展開を想定していたに違いない。しかし、スタートから飛び出した鈴木の背中は遠く離れていき、追いかけた西田宗城も力尽き、6km付近から鈴木の独走を許した。

鈴木はスタート後の心境をこう振り返る。
「レース展開は考えていなくて。(スタートで前に出たので)こうなったら自分で行くしかないと思った」

一方、置いて行かれたひとりの渡辺は「前半5kmまでは、どんな走りでもついていかかなければ話にならないと思っていたが……逃げられてしまったのは大問題」と悔しがった。

鈴木は、時折苦しそうな顔を見せるも、圧倒的なスピードで一人旅を続け、1時間22分2秒の好記録で初優勝。東京パラリンピック本番でのメダル獲得の期待を膨らませる快走だった。

途中、洞ノ上浩太がリードした場面もあったが、2位集団が40kmを過ぎた時点で時計は1時間22分を超えていた。そのままフィニッシュ地点の大分市営競技場に入ると、2位は山本、3位は渡辺でフィニッシュタイムは同じ1時間26分44秒。マラソンランキングで東京パラリンピック出場圏内に浮上するには、1時間22分23秒以上が求められていたため、今大会2位以下の選手の東京パラリンピック・マラソン出場枠獲得は極めて難しい状況になった。

先頭を行く鈴木に西田(右)も食らいついたが……

マラソンはいわずもがな駆け引きがタイムや勝敗に大きく影響する競技だが、レーサーと呼ばれる三輪の車いすで走る車いすマラソンは、数人で集団を形成し、自転車競技のように先頭をローテーションして風の抵抗を避けながら漕ぐと体力の消耗を抑えられる。そこで、勝敗はもちろんのこと、タイムが重要だった今回のレースは、選手たちが互いに協力し合い、テンポよく先頭をローテーションしてスピードを出していくことも考えられたが、パラリンピックの日本代表を争奪する勝負の中で協力し合うことは難しかったようだ。「それぞれがアタックを仕掛け、飛び出したいという思惑が渦巻くレース展開だった」と渡辺は呆然とした表情で振り返る。その分タイムも伸びなかった。

今大会は新型コロナウイルスの世界的まん延の影響で、開催が危ぶまれた。だが、国内外の多くの大会が中止や延期になり、選手の力が発揮される場が失われていることにより「日本のパラスポーツ発祥の地である大分として、車いすマラソンの灯をつなげていくことが大切」と考える主催者らの熱い思いがあり、コロナ対策がなされたうえで開催された。エントリーを国内在住者に限定し、出場する選手全員にPCR検査を実施した。また、沿道の応援も自粛を要請し、レースの様子は大会特設サイトでライブ中継された。

鈴木は終始安定したペースで走り抜いた

JPA会長でもあるスポーツジャーナリストの増田明美氏は、「せっかく開いてもらった大会。選手たちはもっと頑張らないとダメ」とバッサリ。第2集団の選手らが積極果敢なレースをせず、チャンスを活かせなかったことについて、ラジオなどの電波を通じて話した。

女子は土田が優勝も目標タイムに届かず

女子は、トライアスロンと二刀流の土田和歌子が1時間39分42秒で優勝した。2位だった喜納翼と終盤まで先頭を入れ替わって体力消耗を抑え、タイムを縮めようと考えていたというが、25km地点から後続の喜納が遅れを取ったこともあり、ランキング浮上に必要な目標タイムに3分余り届かず。「残念だが、今の自分の力は出し切った」と潔く語った。

8年ぶりにトップで大分のテープを切った土田

「久しぶりのレースを楽しんだ」と終始笑顔を絶やさなかったのは、2位の喜納だ。今大会にはピークを合わせて挑んだわけではなく、1時間41分24秒は、昨年マークした日本記録の1時間35分50に遠く及ばなかったものの、「今日はタイムを出すタイミングではなかった。トレーニングの成果を感じられたし、満足している」と充実の表情で語る。

現在、ランキングは4位で、初出場のパラリンピックは手の届くところにある。「(東京パラリンピックまで)もうマラソンをする機会がないかもしれないが、もう一度がっつりトレーニングを積める」とプラスに捉えているようだった。

東京パラリンピック出場が有望視される喜納

厳しい現実を突きつけられた日本勢。だが、一方で鈴木が東京パラリンピック最終日のマラソンでメダルに絡む可能性を感じさせる大会だった。

【大分車いすマラソン2020 リザルト】

マラソン(T34/53/54クラス)男子:
1位 鈴木朋樹
2位 山本浩之
3位 渡辺勝

マラソン(T34/53/54クラス)女子:
1位 土田和歌子
2位 喜納翼

「今までの競技人生で一番ハードなレースだった」と語った鈴木

text by Asuka Senaga
photo by X-1

『厳しい結果と希望の光・東京パラリンピック出場権をかけたラストチャンス~大分車いすマラソン2020~』