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車いすテニス
車いすテニスの“挑戦者”国枝慎吾 どん底から目指すグランドスラム
2017年の年末、かつての世界王者・国枝慎吾は、挑戦者の目をしていた。2016年のリオパラリンピックでは、ダブルスで銅メダルを獲得したものの、シングルスではメダルを逃した。そしてその後の、長期の戦線離脱。本人も「地獄だった」と語る肘のケガを乗り越え、2018年最初のグランドスラムで、3年ぶりの優勝を手にした。苦しみ抜いた2年間を糧に、国枝はさらに進化を遂げる—
※本記事は2018年2月に公開したものです。痛みとの戦い。そしてフォーム改造へ
2016年のリオパラリンピックの金メダルを期待されていた国枝は、その年の4月に右肘の手術を受けた。一度はツアーに復帰したものの、6月に再び肘の痛みが再発。9月のリオパラリンピック直前まで、実戦から遠ざかり調整を続けていた。リオパラリンピックでは、ダブルスで銅メダルを獲得したが、その後も半年以上ツアーを離れることになった。
国枝慎吾(以下、国枝) (2016年6月の)全仏のころからまた痛くなり、そこからは地獄でしたね。リオパラリンピックも、試合の3日前まで、出るか出ないか決めかねていました。でも、やはりパラリンピックで棄権という選択肢はなかったので、痛み止めを打ってプレーしました。その後11月に痛みが再発し、エントリーしていたシングルスマスターズなどもキャンセルしました。 (2017年)2月に練習を再開したのですが、肘の痛みはなくならない。そこで、肘が痛くならないような打ち方に変えることにしました。バックハンドを打つときに、手首を(甲の方向に)曲げた状態で打つと痛みが出るので、グリップの握り方も変えて、手首を曲げないで打つようにフォームを変えました。
4月下旬には、週3回、2時間程度練習できるようになっていたので、神戸の大会(国際車いすテニストーナメント)に出場することにしました。5月のジャパンオープン(福岡県飯塚市)でも、まだ新しいフォームでの打ち方も分かっていなくて、とにかく、痛みもなく、相手のコートにボールが返球できればいいという感じでしたね。
6月の全仏を終えてから、ようやく練習量も戻ってきました。9月の全米のときにも、まだ打ち方が分かっていない状態でしたが、帰国後、自宅マンションのエレベーターに乗っているときに、「こういうことかな?」と、打ち方の感覚が天から舞い降りて、つかんだ感じがしました。
その後、フランス、アミアンで行われた大会の決勝で優勝できて、ようやくタイトルを争ってもいいレベルになってきたかなと感じられました。11月のシングルスマスターズでも、予選ラウンドロビンでは、アルフィー・ヒューエット(イギリス、世界ランキング2位)、ステファン・ウデ(同3位)、ステファン・オルソン(スウェーデン、同6位)という強豪相手に全勝できましたし、2017年は半年くらいしかツアーには出ていませんが、世界ランキングも7位で終わることができ、目標よりは上にいけたと思います。
「変革か、それとも死か」
昨年の国枝は、フォームだけでなく、ラケット、車いす、さまざまなものを改造していった。車いすテニスの一時代を築いた国枝でさえ、再び世界の頂点を手にするために、テニスに関わる全てを見直し改革しているのだ。
国枝 車いすとラケットは、11月のシングルスマスターズのときから、変えました。ラケットは7月から試していましたが、シングルスマスターズから正式にヨネックスと契約しました。
車いすは、3センチほど高くし、座面も調整できる仕様に変えました。そうすることで、実際にコートで動いてみて、その場で調整できるようになったので、自分が本当にベストのポジションで乗っているのかが見えてきたと感じています。
テニスのプレーに関しては、今までスピンの多いテニスをしてきましたが、少しフラット系のボールを足していこうかと考えています。特に、今の車いすテニス界では、シングルバックハンドのプレーヤーは、高めのボールを叩けないと上位には入れないと思います。バックの高いボールを叩いていくことができると、より展開が広がると感じます。
今、イギリスのヒューエットとゴードン・リード(同4位)がネットをうまくとる、最先端のテニスをしています。それを参考にしているのですが、真似するだけでは勝てないので、そこからオリジナルを作っていこうと思っています。
丸山弘道コーチとも、今は「Change or Die」というくらいの、「変わらなければ、後がない」という、それくらいの覚悟でやらないとダメだと話しています。今までの技術にこだわっていても仕方がないと思います。
今、33ですけど、この歳になっても、変えようと思えば変えられるものなんだなと思います。若いころは、30を越すと技術的なものを変えるのは難しいんだろうと思っていましたけど、変えようと思えば変えられるものなんだなと、今は思っています。
だが、すべてを見直すなか、変えられなかったものがひとつあった。
国枝 ただ、ラケットに貼っている「オレは最強だ!」というのは、変えられなかったですね。(2017年)4月に復帰したときには一度外していたんです。もう1位じゃなかったし、挑戦者になりたいという気持ちがあったので。他の言い方はないかな、他に表現はないかな、と考えたんですけど、でも、ずっとその言葉でメンタルの調整をしていたので、試合中にメンタルの持っていき方として、「オレは最強だ!」という言葉が心強いということで、継続していったほうがいいと思うようになりました。
2018年シーズンに向けて、成長できている実感があります。2017年は、全米ではもしかしたらタイトルが取れるかもしれない、シングルスマスターズのときは、自分に期待感を持ててプレーしていました。そろそろ、勝ってもいい、タイトルを手にしてもいいころになってきたかな、と思えるようになりました。
2017年の間に、全て改造を済ませたので、あとは少しずつ改良をしていけばいいかなと思っています。
年末に自身が予言していたとおり、国枝は2018年シーズン最初のトーナメントで世界ランキング1位と2位の選手を下し優勝を果たした。さらに、全豪でも決勝に進出し、決勝では、フルセットの末、ウデに逆転で勝利。3年ぶりのグランドスラムタイトルを手にした。王者が、再び頂点に君臨する日は近いだろう。
※世界ランキングは2018年1月9日時点
text by Tomoko Sakai
photo by X-1