ポスト際ギリギリを狙え! ゴールボールの“スナイパー”萩原紀佳は静かに銅メダルを射抜いた

2021.09.06.MON 公開

「私の持ち味は静かなグラウンダー」
と、ゴールボール女子日本代表萩原紀佳は語る。

正確無比のスナイパー

ゴールボールには大別して2種類のショットがある。大きく跳ねるバウンドボールと、低く転がすグラウンダー。ゴールボールで使われるボールには、視覚障がいのある選手がボールの位置を認識しやすいように、中に鈴が入っている。バウンドボールは、相手ディフェンスの体を乗り越えてゴールを割る際に、鈴の音が大きく鳴る。

対して、萩原の得意とするグラウンダーは、ディフェンスをする相手選手の体の間を通す必要があるため、スピードと正確性が求められる。萩原は鈴が鳴りにくいグラウンダーを放つため、相手にボールの位置を悟られづらい。さながら相手ゴールを正確無比に射抜くスナイパーだ。

このグラウンダーショットが、東京の舞台で冴えわたった。今大会で萩原のゴールは25。チーム合計得点33のうち、約4分の3を占めている。だが、荻原自身は「得点はチームで挙げるもの。(逆サイドウイングの)欠端(瑛子)さんのバウンドボールがあるから、私のグラウンダーが入る」と謙虚な姿勢を崩さない。

ただそれは、事実でもある。今大会の日本チームは、萩原・欠端の両ウイングが交互に中央の位置に入り、同じコースにショットを打つ戦法を何度も見せていた。異なる種類のボールを同じコースに投げることで、相手チームのディフェンスを揺さぶるのが狙いだ。萩原のゴールは、こうしたチーム戦略によるものでもあった。

監督の“英才教育”が実を結んだ

持ち味のコントロールでチームのキープレーヤーとなった

ゴールボールのゴールは、幅9m、高さが1.3mある。日本チームは、ゴールを横方向に9分割し、向かって左から0から9までの番号で呼んで戦略を立てている。萩原はこの大会、左のライン際ギリギリの隅、「左隅のゼロ番」に狙いを定めて、何度もゴールを決めてきた。

日本チームの市川喬一総監督は、狙った番号にボールを投げる萩原のコントロールの良さを高く評価する。

「それが彼女を代表に入れた理由です。その上で英才教育をしてきました」(市川総監督)

準々決勝のイスラエル戦では、映像分析から相手チームのスキができるコースを割り出し、萩原にピンポイントで狙わせた。「左隅のゼロ番」を、対角線上から狙うコースだ。萩原は作戦通りにそこを通し、4得点を挙げた。「萩原のコントロールの良さがあってこその戦略」(市川総監督)だった。

チームの中心選手に成長した萩原だが、一度は代表選考から外れた身だった。当初の予定通り2020年に東京大会が開かれていれば、その舞台に彼女の姿はなかっただろう。コロナ禍の影響により1年延期されたことで、代表の再選考が行われ、萩原の道が開けたのだ。20歳の萩原を選んだことは、市川総監督にとっても一種の賭けだったはずだが、その判断はパラリンピック本番の舞台で見事に実を結んだ。

準決勝でのミスを翌日の3位決定戦で修正

9月2日の準決勝は、予選の1試合目で1-7の大差負けしているトルコが相手。リベンジを期しての試合だった。この試合でも萩原のグラウンダーボールは冴え、次々に相手ディフェンスの隙間を突いて1人で5得点を挙げた。だが、対照的にパワフルなバウンドボールを主軸とするトルコに8点を奪われ、決勝進出はならなかった。

試合終了と同時に泣き崩れた萩原だが、インタビューでは涙を見せながらも「一度は代表に落選してしまって、オフェンスを期待されて、その面では貢献することができた」と語った。

「チームの課題であったディフェンスができなくて、失点してしまった。ミスをしっかり分析・修正して、明日の3位決定戦に勝って、メダルを持って帰りたいと思います」(萩原)

迎えた3位決定戦。「緊張しやすいタイプだけど、これまでで一番緊張した」という萩原だが、日本チームはそろって笑顔を見せながら入場する。前日の敗戦を払拭していることを感じさせる雰囲気だ。この日は課題とされていたディフェンスもほぼ完璧に機能。両足の間からショットを放ってくるブラジルの攻撃を封じ、最後に1点を与えたものの、「プラン通りの試合ができた」と、市川総監督も納得の内容だった。

終わってみれば両ウイングが3得点ずつを挙げ、6-1でブラジルを下した。萩原は、課題とされていたディフェンスでもチームに貢献できた。この大会に向けて練習を積んできた萩原は、ペナルティゴールを狙われた場面でも、好セーブで得点を防いだのだ。

収穫と反省の初パラリンピック

準々決勝のイスラエル戦の後には笑顔も見せた

チーム最年少で迎えた初のパラリンピック。萩原は、「金メダルを目指していたので、銅メダルで悔しい部分もあるが、胸を張って帰りたい」と振り返った。

「得点できて自信になった部分もあったが、失点してしまう場面もあった。今後に向けて一つずつ課題をクリアしていきたい」(萩原)

銅メダルとともに、攻守にわたる手応えと課題を手にした東京大会。この経験を胸に、20歳のスナイパーが「パリの金」に照準を合わせた。

edited by TEAM A
text by Shigeki Masutani
photo by Jun Tsukida

『ポスト際ギリギリを狙え! ゴールボールの“スナイパー”萩原紀佳は静かに銅メダルを射抜いた』